第3話 最愛の妹。

 旧市街区――通称ゼロ街区。


 名だたる錬金魔道技師たちの手で次々に発明される人々の生活を豊かにする便利な魔道具。その恩恵を受けながら、いまなお目まぐるしく発展しつづけるこの栄えある王都。


 ――そんな現実こととはいっさい関係なしに、魔力なしでも使える旧時代の遺物に頼り生活せざるを得ないここ旧市街区が俺たち魔力を使えないゼロの棲家だ。


「ふ〜ん。で、ここがカノンのおうち?」


「ああ。見てのとおり、狭くてボロいけどな」


 結局、断りきれなかった俺は、助けた女の子――アルケミと連れ立って帰路につくことになった。で、途中新市街区の屋台でいくつか買い出しを済まし、いまはふたり並んで俺の家の前に立っている。


 いまからだいたい6年前。俺が10歳、妹がまだ5歳の時に亡くなった母親から継いだ俺たちの家。


 父親の顔は覚えていない。女手ひとつで身を粉にするようにして俺と妹を育ててくれた母さんが言うには、どうも妹が産まれたすぐあとくらいに亡くなったらしい。


 で、いまは俺と妹のふたりきりだ。一応二階建てだけど、古い建物だけあってあちこちガタがきているのが目に見えてわかる。


「う〜ん。別にそんなこと思わないけど……」


 本心からそう思ってそうなアルケミが赤みがかった茶色の髪をさらりと揺らしながら小首を傾げた。


 と、そのとき、ガチャ! と唐突に入口の扉が開いた。が、出てきたのは、妹ではなく。


「あれ? サビー。来てたのか」


「あ! カノンのアニキ! おかえりなさいっす! 今日も仕事、お疲れっした! なんか早かったっすね? で、来てたのかって、あったりまえじゃないっすか! いまオイラも手伝って、準備してたと……こ……」


 こいつはサビー・ブロス。同じくゼロで歳は一個下で、まあ一応俺の弟分だ。近所に住んでて、昔一度あぶないところを助けてやったことがきっかけで、それ以来俺をアニキと慕うはっきり言って変わったやつ。


 特徴は一部分だけとがったトサカみたいな茶色の髪で、わりと愛嬌のある顔をしてる。で、そんなサビーの目が激しく泳ぎだし、俺ととなりに立つアルケミのあいだをきょろきょろと忙しなく行き来し始めた。


 ――あ、こいつ……!? まさか……!?


「ち、ちょっと待て!? サビー! ちがう! この娘はな……!?」


「み、みみみみ、ミニカちゃんっ!? あ、あ、あの超絶シスコンのカノンのアニキが、ま、まま、まさかの彼女、つれてきたっすぅぅっっっ!?」


 直後、家の中からドタドタドタッ! と物音がして入口の扉が開くと、うしろからドン! と「うわっすぅっ!?」などと叫ぶサビーを突き飛ばす。


 そして、背が俺の肩にちょっととどかないくらいの小さな女の子がふんすっ! と鼻息も荒く、両手に腰をあてて入口の前に立った。


「か、かかか、彼女って、どういうことなのですっ!? カノンおにいちゃん!」


 見上げるのは、赤色の俺よりもやや色の薄い、ピンクに近いくりくりとした大きな瞳。これまた俺よりもやや色味の薄い長い黒髪を耳よりも高い位置でまとめた大きめのツインテールに結う。


 そしてお気に入りだという、昔俺が贈った胸もとに花かざりをあしらったエプロンを服の上に身につけた女の子――俺の最愛の妹、ミニカ・バースタ。


「ただいま。ミニカ」


「あ、おかえりなさい! 今日もお仕事おつかれさまでした、です! ……んん! じゃなくて、聞いてるですか!? おにいちゃん! だから、彼女ってどう――」


 うん。やっぱりミニカは、こうやってぷりぷりと怒ってる顔ですらかわいいなあ。なんて俺が微笑ましく思いながめていると、スッとなにかがすばやくとなりを横切る。


「わぷっ!? い、いきなり、な、なんなのですっ!? あなたはっ!?」


「か、か、かわいい〜! かわいすぎだよ〜! えへへ! あたし、アルケミ! 今日からカノンお兄ちゃんのお友だちの、アルケミ・ペルエクスだよ! よろしくね! ミニカちゃん!」


 小動物のような妹のその愛らしさに、一発でハートを射抜かれてしまったらしいアルケミがミニカの小さな体をぎゅうっと抱きすくめた。さらに、でれっととろけたようなしまりのない笑顔でそのぷにっぷにのほっぺたに頬ずりをくり返す。


「ちょ、ちょっと、は、はなれなさいですぅっっ!?」


 半べそで、たぶん本気でいやがっているミニカ。そんな妹を俺は――


 うん。やっぱりミニカは、こうやって困ってる顔ですらかわいいなあ。なんて思いながら、うんうんとうなずき、ふたりのやりとりを微笑ましくながめていたのだった。

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