第4話 わからない

「……」


 夜の都に冷たい風が吹き抜ける。


「……」


 陰陽師と怪異がお互い見つめ合い、どれほど経っただろうか。


「つ、ついてきてください!」


 少女はくるりと方向転換し、来た道を戻りだした。

 しかし、怪異はまだ動かない。


「……むり、よ」


「え……?」


「あたし……もう、げんか……」


 言い終わる前に、怪異はバタリと床に伏した。


――――――――――


「うっ……」


 目が覚めると、柔らかいものに包まれていた。

 これは……布団だ。


「……」


 痛む体に鞭を打ち、なんとか首を動かす。

 すると、胸のあたりになにか重いものが載っていることに気づく。


「……」


 あの陰陽師だ。

 外で出会うときにはとうてい見せない緩んだ顔で寝てしまっている。


「……」


 ということは、ここは彼女の家だろうか。

 怪異はあの後、少女の家に運び込まれたようだ。


「起きなさい……」


 声をかけると、少女はゆっくりと目を開けた。

 まだ寝ぼけているようだが。


「どうしてこんなことになっているのか、説明し……」


「起きたんですね!!!」


 少女の勢いに言葉が遮られた。

 顔を輝かせるその様子を見るに、よっぽど心配していたようだ。


「えぇ……あなたのおかげで少しは回復したわ」


「よかった……」


「それじゃあ、あたしは出ていくわね」


 怪異はなんとか上体を起こし、布団から出ようとする。

 だが、少女はそれを必死に止める。


「だめです! もっと寝ていてください!!」


 本当に気遣っているようだ。

 しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。


「あたしが……物の怪が家にいるなんて知られちゃまずいでしょ?」


「それは……」


「ましてやあなた、陰陽師でしょ?」


「……」


 黙ってしまった少女。

 必死に言葉を探している。


「……いいんです」


「え?」


「どのみち、女性が陰陽師をやっている時点で失格ですから」


「……」


「私があなたを助けたい……それが理由です。それじゃあ!!!」


 そこまで言うと、少女は立ち上がってどこかへ走っていった。


「……」


 怪異はしばらく呆然として、再び布団にもぐるのだった。


――――――――――


「どうして陰陽師なんてやってるのよ?」


 お昼。

 少女が運んできた料理を食べながら、怪異は尋ねた。


「私の両親は……物の怪にやられて殺されたんです。だから、私が陰陽師になって……」


「なるほどねぇ……。つまり、物の怪が許せないのね?」


「当然です! 私達人の命をなんとも思っていない奴らなど……!!!」


 かわいらしい彼女には似合わない厳しい顔になって、声を荒げる。

 一方、布団に寝ている女は自分の折れた角を撫でながら尋ねる。


「じゃあ、あたしも?」


「あ……」


 完全に想定外の質問だった。

 彼女の顔がそうものがたっている。

 怪異であることを忘れていたようだ。


「あなた、バレバレよ?」


「な、なにがですか!」


 見当はつかないが、見透かされたことにムッとする少女。


「あたしのこと好きでしょ」


「すっ!?!?」


 好き。

 時代が時代なら友人と恋バナをしている年齢の彼女にその言葉は刺激が強すぎた。


 しかし、そんなことには構わず怪異は話を進めていく。


「でなきゃ、助けたりしないもの」


 好きかどうかはともかく。

 わざわざ敵である物の怪を助けたのだから、なにか理由はあるはずだ。


「でも、困ったわねぇ。あたしは憎き物の怪ですもの」


「……がい……す」


 ポツリと、少女がこぼす。


「え?」


「あなたは……違います」


「どうしてそう思うの?」


「人を襲わないじゃないですか」


「う~ん、そうかしら? たまたまよ。向こうから手を出されたら、当然やり返すし」


 やり返す。

 ここで一瞬少女の脳裏には、あの血まみれの検非違使が浮かんだ。

 あれは、検非違使の方から仕掛けたのだろうか。


「わ、私を襲わないのもたまたまなんですか。それとも、私のことが……す、好き……なんですか?」


 少女は、さきほどのお返しのつもりで尋ねた。

 この怪異が動揺するところが見たかった。

 しかし、返ってきたのは予想外の反応。


「ええ、そうよ。あなたのことが大好きなの」


「なっ!?!?」


 大好き。

 それが耳に入った瞬間、少女は目を白黒させる。

 一方、怪異は気にせず想い出を語るように、目を閉じてゆったりと話し続ける。


「一目ぼれねぇ。本当は天皇の妻にでもなって都を乗っ取るのも楽しそうだと思っていたのに、偶然がんばるあなたの姿が目に入っちゃって。夜闇の中でも輝いてたわ、あなた」


「そう……ですか」


 なにかとんでもないことを言っているのだが、真っ赤に頬を染めた少女には聞こえていない。


「だから、毎晩あなたに会いに行ったのよ?」


「なるほど……」


 あれは、ただ好きだから通っていたのだ。


「あたし、あなたが生きているうちなら悪事は働かないって誓うわ」


「だ、だめです! 私がいなくなってからも!」


 マジメな少女は、案外ちゃんと聞いていたようで即座にツッコむ。

 さすがに、悪事には敏感なのだ。


「うふふ、かわいいわね。でも、その条件を呑むかは条件次第ね」


「条件……?」


 ニヤリと、一層意地悪な笑みを浮かべて怪異は言った。


「あなたには私の恋人になってほしいの」

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