六
放課後。
私は駅で待ち合わせをしている。
わざわざ一度家に帰って、着替えてからここまで来ている。
別に、デートとかではない。今のところ、異性に対して恋愛的な感情を向ける意志がない。同性愛者でもない。
理由は、一週間前に遡る———。
◇
悠斗が伏見宅を後にし、私も続けて暇しようとしたところ。
「絵梨奈、少し待って」
伏見茉都香に呼び止められた。
「なんですか」
私は振り返って、応える。
「貴女には早速任務を与えるわ」
「任務……。まるでゲームをやる、みたいな言い方ですね。SF小説じゃないんですから」
「事実は小説よりも奇なり。なんて、こういう言葉もSF小説なんかで散々擦られている訳だけど、実際そうなのよ。これはね」
「漠然としていて…正直そこまで実感湧きません」
「だから、任務を与えるの」
◇
……ということで、伏見茉都香に依頼されて、今ここにいる。
曰く、私が嫌がっても、こうなる定めだから必ず起きるのだと、ならば意図的に飛び込んだ方が都合がいい、と。
有耶無耶にされたような気がするが、この件について私も少し興味が湧いてしまった。もし伏見茉都香の言っていることが真であるなら、いっそのこと覗いてみてもいいかもしれないと、そう思った。
ふと、背後から私を目的に接近してくる人影が『視えた』。
「あんたが志田絵梨奈ね」
顔を向けると、私の名前を呼んだ長髪ストレートに多少キマッたようなメイクをした女性が視界に入った。
「あなたが、日比野由良さん」
「その様子じゃ、間違いないようね」
まだ二言しか交わしていないが、気怠げな声色から性格が大体分かる。
「まぁ、問題なさそうだから、行くわよ」
「……」
無言で後をついていく。
日比野由良。
彼女は伏見茉都香の知り合いで、今回のミッションのために駆り出された人材……ということしか知らされていない。
着いた先は、繁華街だった。
所謂夜の店が、次々とオープンの時間を迎える。
その内の一件、まだ開店していない店に連れられる。
「あ〜お客さん、まだ開店前……って由良チャン!今日は来たんだぁ!」
ホストと言われる男の人だろう、ああいうのは。その一人が日比野由良に食いつく。
「今日はこの娘を紹介するわ」
日比野由良は、前置きもなくいきなり私を前に出した。
「えと、志田絵梨奈です。どうも……」
多少挙動不審になって、とりあえずお辞儀をした。するとなぜか拍手と歓声が湧き上がる。世辞のようなものだと『視える』。
「彼は?」
「アイツならまだ来てないっすね〜。あ!来た!お〜い!」
同刻、入って来た橙髪の男。確か店に入る前チラリと見えた〝ナンバーワンホスト〟とかいう人だった。
「由良チャンのご指名だよ!準備して行ってあげて!」
男は無言で手を上げる。俺は高くつくぞというカッコつけに『視える』。尤も私がこういう力を持っていなければカッコいいと思っただろう。この力は、あまり嬉しい能力とは言えない。
「じゃあ、こっちで座って待っててね」
さりげなくウィンクして去っていった。彼もまた俺カッコいいでしょとアピールしてくる。
数分後、例の男が色香を漂わせこちらへ来た。
「今日は彼女を楽しませてあげて頂戴」
「おっけい」
日比野由良の言葉を聞き、男は私の隣へと座る。
「絵梨奈ちゃん、まずは俺から自己紹介しようか。俺は神城星———」
そう、こいつが例の、ターゲットの男だ。
依頼は、彼との接触だ。
数分、互いの自己紹介と軽い会話をした。
「さて、何を飲むかい?」
「彼女は下戸なの。お酒はNG」
日比野由良は、私が未成年であることを隠した。当たり前だ。お酒を飲む店で高校生が居座るというのはどう考えてもアウトである。結構危ない橋を渡っている。
「そうなんだ、残念。じゃあ君はソフトドリンクだね」
彼はこのお酒が好みだと耳打ちされ、「大丈夫、私が奢るわ」と言ってきた。
「じゃあ、これと、これ」
◇
明け方。
気付けば、日比野由良は酔い潰れて他のホストの積み上げの上に寝転がっている。
生き残った唯一のホストは、ずっと私の相手をしていた彼のみだった。
結局、ターゲットから情報を聞き出すことは出来なかった。
当然だ。私はそういう能力に長けていない。
彼はいそいそとバックヤードに下がっていく。
数分後、身支度を済ませた彼は店のドアに手を掛ける。帰るつもりだ。
と、私の方を向いて一言。
「駅まで送ろうか」
「連絡先教えといてあげる。あと、もうあんまり店には来ないようにね」
「やっぱり気付いていたんですね」
彼が察していたことは既に『視えて』いた。
「悩みとかがあったら、俺に相談しなよ」
私の目的を概ね知っていると、暗に示している。
「……」
駅に着いた。
「じゃあ、これでお別れだね」
「どうも」
一つ、お辞儀をする。
「もう、会うことがないといいけど」
それが、私の本音だったのか、彼の発言だったのか。後から思い返すとあやふやになっていた。あるいは両方か。
神城星は、ホームに消えていく。
もし同じ電車に乗ってしまったら気まずいから、私はしばらく入り口付近で時間を潰すことにした。
◇
「———なるほど。充分な成果だわ」
「あんなのでいいんですか」
「いいのよ。所在地を確かめるだけで万々歳だったから。あぁ悟られてしまったことを悔やむ必要はないわ。それも想定内、むしろ気付かれるのを前提にしていたくらいよ」
午後。一眠りした後伏見茉都香への報告のために伏見邸まで足を運んだ。
「あの、そろそろ何をするのか教えてもらってもいいですか」
「何をするって、もうした後じゃない」
「そうじゃなくて、最終的にどうするのかってことを聞きたいんです」
普通に考えれば、接触だけで終わる筈がない。何かしらその後に別の目的が控えていると、考えるのが自然だ。
「そもそも、あの人がいるなら私がわざわざ危ない橋を渡ってまで行く必要なかったじゃないですか」
息継ぎを忘れて捲し立て、それに気が付いて大きく深呼吸をし、体と心を落ち着ける。
「いいえ。あなたにしか『視る』ことが出来ないものもあるの。こちらへいらっしゃい」
「ちょっと、はぐらかさないでくださ——」
「大丈夫 目的も 後で ちゃんと 話してあげる」
その声は、途切れ途切れに聞こえた。
私があの眼に吸い込まれるように『観られる』。
頭を押さえつけられ、視界を逸らせない。
全て見透かされる。
覗き込まれた。何もかも観られる。
この不快感、内側から冷やされる感覚。獣が格上の獣に見られたとき、その眼光に捕らえられたときの感覚だ。私は前世でどうとか、全く知ったこっちゃ無いが、多分こういう感覚なんだと分かる。
「————————————」
「うん、分かった」
「—————————っは」
意識が飛びかけた。
「これで、大方問題なく行動に移せそうね」
「………あの」
「後日、全員集めじっくり話すから、貴女はお茶でも飲んでいって」
正直、そんなことが出来る体調ではないが、今帰れば途中でぶっ倒れる気もあうるので、大人しく休ませてもらうことにした。
「……まさか、ここまで影響が酷いとはね」
ボソリと吐いた言葉を、私は『視逃さなかった』。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます