四
授業が本格的に始まり、早一週間が過ぎ去った。一週間というのは短いようで長く、具体的には新入生がもう新入生ではなく一般の生徒としての扱いに変わる程である。
伏見家にて依頼された学院の異常の調査だが、これといってやれることもないため、この一週間は主に他の生徒の観察をしていた。
こうやって観ると、この学院はかなり個性的な生徒が多い。例えば———
「うわああああああああ! どいてえええええええええ!」
ガラス製品が強く打ちつけ合うような激しい物音と同時にずっこける少女が、俺に突っ込んで来た。
彼女がその一人、そそっかしさとデカさでそれなりに有名なりつつある。デカいというのはポニーテールであって胸ではない。いや胸もデカい。身長もまぁまぁ高い。俺と同じくらいはある。
盛大に尻餅を突いた俺を他所に、顔面からストライクしたこの女生徒は顔中ボロボロになっていた。
「いやぁ申し訳ない! いつもいつも他人に飛び込んでしまうんでわざとなのか、と言われるけど全然そんなことはないのであります! あっはっはっは!」
こちらの事など知ったこっちゃないとでも言うかのようなテンションだが、ここ数日観ていて彼女はこういうキャラクターであると、もう浸透しているため別に腹が立ってきたりはしない。自然に落としてしまったビーカーなどに手を伸ばして拾うのを手伝ってしまいたくなる始末である。そういう意味で、彼女は甘え上手だ。
科学部室。高等部の部活は大学部の対応したサークルと一体になっており、一般の高校の部活の範囲を超えて活動できる。例えばこの科学部であれば、高校レベルでは扱えない薬品を利用する実験などを行えたりする。
彼女は、その部員である。
「私は神宮芽衣! この学校で二人しかいない科学部部員のうちの一人なのです!」
「この学院って相当人数いるよな…。どうして科学部に二人しかいないんだ?」
「私も理由は存じ上げておらんのです。部長なら知ってるかも…部長? ぶちょーーーーー!」
彼女、芽衣はドアを開け廊下に向けて叫ぶ。恥ずかしいのでやめてほしい。
「う〜ん今はいないようでありますな。まぁ、とりあえず飲み物用意いたすぞ!」
ドアを閉め、備え付けの冷蔵庫を開け、冷やしたコップを取り出し、シンクに足を向ける。
俺は既に少し居た堪れない気持ちになっているが、まさか本人にそう言える訳もないので、素直に茶を待つ。
「そういえば、そちらのお名前を伺っていなかったですな」
「あぁ、俺は白石悠斗だよ」
「なるほど! 悠斗!」
「そう、悠斗」
俺の名前を復唱しながら、コップに水道水を注ぐ。
「はいじゃあ私の特性ドリンクお召しあれ!」
「いや、水道水を注いだだけじゃないか」
「まぁまぁ、騙されたと思って飲んでみて!」
何か誇らしげにも見える表情だが、正直理解に及ばな—
「酸っぱ!?」
「フフン、そう! これが特性ドリンクなのだ!」
レモンとも酢とも違う、純粋に酸味だけ感じる水…水なのか?これ。
とにかく、この液体に俺は頬を窄める。
「私、小さい頃から水を酸っぱくする力があったんだ!」
「これ、会う人に毎回やってるの?」
「やってるぞよ!」
「やめた方がいいぞ」
ちょっとした災難だったが、能力を持つ人間であることがはっきりしたわけだから、これは収穫と言えるだろう。
すると、閉めていたドアが開く音がする。
その方を向くと、ボサボサの長髪が両目を覆い、白衣を引き摺った幼女が入ってくる。
「ぶちょーーーー!」
「わっぷ…。いつもいつも入る度にタックルして抱き付くのやめてくれよ体が壊れる」
ボソボソと捲し立てるその声は幼女だろう。
そして、幼女だと思っている彼女は俺より年上であることが、芽衣の発言で確定した。
「ん〜君は、まぁ入部希望じゃあないだろうね。芽衣の連絡先あげるから、とっとと出て行ってくれたまえよ」
「ちょっと部長ぉ〜…。いつも部員の私以外に冷たくないですか?」
「それはだね———」
連絡先をしれっと受け取り、足早に部室を後にする。
◇
授業が終わり、ふと目についた彼は、せっせとノートに何かを書いていた。
「よっ」
「悠斗くん」
彼は間野慎吾。空想が好きで、よく頭に浮かんだ物語を書き留めていたりする。彼の書く物語は面白い。この前見せて貰ったが引き込まれる面白さがあった。
「何書いてるの?」
「さっき授業で言ってたこと、勝手な解釈をしてみたら捗ってきちゃって」
彼とは共通する選択科目が多く、また話も合うので行動を共にすることが多くなった。この一週間で個人的な一番の収穫とも言えるかもしれない。
「写真撮っていい? 帰ってゆっくり見てみたい」
「全然いいよ!」
…少し、文字が動いたような気がした。気のせいだろうか?
◇
奇妙な事というのは、連続して起きるものである。
例えば、くじで当たりが出ると次々と当たりが出たり、示し合わせてもいないのに同じ日にセールが行われていたり。
そうないだろうと思うことは、連続して起こるものであると、実感する。
いくらかの収穫の後に、奴と出会うことも然り。
「おっ悠斗さんじゃないっスか〜」
手を振りながら近づいてくるニット帽を被った男。あいつはシンだ。
「なんだ、お前もここの生徒だったのか」
「ま、いちお〜ね」
数日で性格が変わる訳もなく、その少し鬱陶しい喋り方を聞かざるを得ない。まぁこいつに対してキレているのは俺よりも猛だ。そっちと会わなかった分よかったかもしれない。
「そうそう、知ってる?東統の都市伝説」
東統とは、この学院の略だ。公式プロモーションでも使われているから、ほぼ公式の略称と言って差し支えないだろう。
「知らない。じゃ」
かと言って会話を続ける理由もないので、思わず話を切ろうとする。
「まぁそう連れないこと言わないでさ、少し聞いてってよ」
「ふむ、分かった」
少しの沈黙のあと、そう返す。特に考えたことなどはない。ただ聞いてやってもいいと、そういう気まぐれだ。特段渋る意図もない。
「結構色々あるんだけどね、え〜っと…」
顎を触って、きっと話すものを考えていると見える。
「そうだ! この学院には、そこには不似合いなほど身長の低い女がいるんだって…!」
妙に怖がらせる言い方をしてくるが、心当たりがあると別に怖いとは思わない。
「それ、科学部の部長なんじゃ?」
「なんだよもう! 知ってたのかい!」
「なんか口調変わってないか?」
あまり鬱陶しさを感じる喋り方ではなくなっており、かなり砕けたように変わったと感じる。
「まぁ、こっちが素、みたいな?」
「気のせいだったわ」
相変わらず鬱陶しさの残る喋り方だった。
「——オイ!」
突然野太い怒号が飛んでくる。俺とシンは反射的に体が強張った。
「芥田ァ! テメいつまで逃げ晒しとんじゃワレ!」
まっすぐシンの方へ向かってくる大男とその取り巻き。チンピラのようだが、少なくともここの生徒ではないことが容姿で分かる。
「あは〜はは…悠斗ちゃん…。ごめん逃げ—居ない!?」
俺は面倒臭いと理解したときに、既に『琥珀色の世界』を通ってその場から離れていた。
シンは、悔しいような悲しいような表情を一瞬浮かべるも、すぐに追手の存在を思い出しそそくさと逃げていった。チンピラ共もそれを追って行った。
シン、芥田と呼ばれていたが、あいつの名前か? いずれまた会った時にでも聞くとしよう。
腿が震える。スマホが着信してバイブレーションしたのだ。立ち止まっていないとまず気付かない。
メッセージアプリに通知が来ていた。送り主は———
伏見茉都香。
◆
逃げる! 全力!
「ドワッ!?」
奴の靴を『固定』し、すっ転ばせる。リーダーのアイツが止まれば、取り巻きも止まる。そういう性質があるんだ、あいつらには。
「へへっ」
その隙にとばかりに、走って逃げる!
それなりに走って後ろを振り向くと、二人の追手が来ていた!
「うっそ!?」
いつもと違うことがあると、こんな風に無様を晒す。
「待て芥田!」
どちらが言ったのか定かではない。だが関係ない! 今からどちらも振り切るからだ!
しかし既にヘトヘトだから、立ち止まってしまった。
すかさず追手は俺を捕まえようと飛び込んできたものだから、俺は思わずしゃがんだね! そしたら頭上を擦り抜けていくの!
擦り抜けていった方はそのまま瓦礫に頭から突っ込むもんだから、滑稽で面白いでやんの。
もう一人もすぐに接近してきたけど、瓦礫に混じっていたスパナを空中に『固定』してやったら、ぶつかって「ぐえっ!」とか言ってその場に崩れてやがる。
面白いが、笑ってやるより先に逃げよう。
俺はその場をすぐ後にした。
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