第2話

 そろそろ冷えてきた秋の頃なので、私もドレスの上からショールを掛けていた。手編みのそれは自分で編んだものだ。寒いと言っても勝手にどうにかしろ化け物、と言われ続けていたので、必然手に職が付いて行ったと言うところだろう。夜に眠れなくて暇な時は明かりも点けずに指でレース編みをすることもある。だけどそんなことは露知らないメイドたちは、私が編み棒と毛糸玉を貸して欲しいと所望したことに、きょとんとした顔を見せた。メイド長のナターリアさんは訝しげに眉を寄せ、アナスタシアさんとラリサさんは顔を見合わせて。


「何にお使いになるんです? そんなもの」

「編み物がしたくて……あ、なかったりしたら、無理に用意をしていただかなくても構いません。ごめんなさい、困らせてしまって」

「い、いえいえ困ってなんてないですよ! 確か毛糸玉は大奥様ががごっそり持っていたのがまだありますし、編み棒もそこにあると思います! 探してまいりますね!」

「私も!」

「私も行きます!」


 ぴゅーっと飛んで行ってしまった三人に、次にきょとんとした顔を見せたのは私だろう。そんなに迷惑だったかな、と思うと気が沈む。すると辺りにひゅうっと氷交じりの風が吹いた。危ない、と深呼吸すると、それは止む。家の中で風が吹くのも、私の魔法の所為だ。気を付けないと、と思って部屋に下がると、毛糸玉を両手に抱えたラリサさんたちがノックをしてから失礼します、と入って来る。いろんな色の毛玉にわあっと嬉しく驚いてしまうと、ナターリアさんは少し困ったようだった。


「取り敢えずあった分は持ち出してきましたが……お好きにお使い下さって結構ですが、かえってご負担になるのでは」

「いいえ、こんなに色とりどりの物を用意して頂けるなんて、嬉しい事です。ありがとうございます、ナターリアさん。アナスタシアさん、ラリサさんも」


 ぽんっと今度はナターリアさんの頬が赤くなる。私は一体どんな魔法で彼女たちを赤面させてしまっているのだろうかと、心配になった。とりあえず毛糸玉をラックに移してもらって、編み棒も借りる。久し振りに振れるそれは懐かしく手に馴染み、これでしばらくは暇な昼の時間を潰せると思うとホッとした。

 貴族同士のパーティーに、私は呼ばれない。いないものとして育てられてきた私には、後ろ盾も何もないのと同じだった。旦那様は治水工事や林業の書類を抱えているし、一人で行っても良い事は無いだろう。お茶会だって私は開く権利がないし、ラリサさんたちを無駄に緊張させてしまうだけだろう。呼ばれることも無いから、社交シーズン以外あまり私はすることがないのだ。


 さあ何を作ろうか、むん、と張り切ってしまうと、くすっとラリサさんが笑った。こら、とナターリアさんに怒られて。慌てて申し訳ございませんと唐突に謝られる。何かされたのだろうか、私は。


「どうかなさいましたか? ラリサさん」

「いえ、貴族の奥様であらせられるのに、毛糸玉をお見せしたら子供のように嬉しそうな顔をされたので、つい……申し訳ありません、奥様」

「そ、そんなにはしゃいだ顔を見せてしまったかしら。ごめんなさい、威厳がなかったのですね、私。編み物は昔から好きだったものだから、つい」

「そう言えばショールも手編みでいらっしゃいますよね。それも奥様がお作りになられたんですか?」

「ええ、思い出深いものだからこれだけは持って来たんです」


 他の編み物は全部燃やされてしまったけれど、これだけは。何せ初めて作ったものだから、愛着が深いのだ。それに大人しく焼かれてやる性質でもないお転婆だから、私が身に付けているのが丁度良い。

 とは言えまじまじと見られるとまだ拙い頃のものだから恥ずかしい。本当、次は何を作ろうかな。旦那様の膝掛けなんかが良いかもしれない。座り仕事だし、丁度良いだろう。黒髪に緑の眼の旦那様。萌黄色なんか良いのかもしれない。探してみると、大きな玉が見付かった。ふふっと笑うと、メイド達もつられて笑ってくれる。


「旦那様にですか? 奥様」

「ええ、喜んでくださればいいのだけれど」

「旦那様なら家宝にしちゃいますよ! 奥様の事、だいっ好きですから!」

「こら、ラリサ!」

「だってこの二か月突然なんですよ、旦那様が自主的に朝起きて来るのなんて! いつもは執事さんが適当な格好させて連れて来てたんですけど、奥様がいらっしゃってからは一人でナイトガウン着て出て来るようになったんですから!」

「屋敷の中に異物があるからよく眠れないのでは……」

「それはないです、絶対」


 アナスタシアさんがきっぱりと言い切る。そして三人のメイドはくすくす笑い合って、私を見た。


「伯爵家のご令嬢がやって来る、なんて聞いてから、心配していたのは私達の方だったんですよ。あんな旦那様で大丈夫だろうか、さっさと愛想尽かされるんじゃないか、って。でも旦那様ったらそんなの全然なくって。心配して手紙寄越してきた大旦那様にものろけたっぷりで返信したって、口述筆記してた執事さんが笑いをこらえてましたもん」

「のろけるほど私たち関係しているのかしら……」


 食事の時間とお茶の時間ぐらいしか一緒に居ないと思うけれど。旦那様のお仕事を考えると、それはプライベートな時間をすべて私に捧げて下さっていることになるのだろうか。そう思うと少し恥ずかしいけれど、悪くもない気持ちだ。だったら私もやはり、プライベートな時間を使って何か贈り物をしなくてはいけないだろう。独学に近い編み物でも、精一杯に温かくなるよう気持ちを込めなければ。

 そうだ、火の魔法を少し念じてみようか。微笑まし気に出て行った三人のメイド達を見送ってから、私は大きな毛糸玉をとって口に付け、ふぅっと息を吹き込む。

 これで保温性は増したかな。思いながら私はふふっと笑って、糸の端を探る。

 久しぶりの編み物は心を落ち着けてくれて、この二か月では一番リラックスした一日になった。

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