#9リエンと俺
「んあ…」
頭痛と体の節々の痛みで目が覚める。
しかし、内側の痛みとは裏腹に、何やら後頭部には柔らかい感覚。
目を開けると上にはリエンの顔があった。
「あ、シルウェ、起きたんだ!」
「リ、リエン…?」
少しずつ思い出してくる。俺はノアと話し合いをしていて、いきなり眩暈がしてそれから…
それからどうなったんだ?
「リエン、ノアはどこだ?というかここは?」
「シルウェ、ノアと話してる時に突然倒れちゃったんだよ。それで家まで私が送り届けようとしてたの。ここは馬車の中ね。」
マジか…聞きいたことほとんど何にも聞けてないぞ…
今更この空間が少し揺れていることに気づく。
「俺まだ何にも聞けてない…」
「大丈夫だよ、まだ時間はたくさんあるんだから。」
リエン達には時間がたくさんあるのかもしれないが、俺はそうもいかない。一刻も早く大厄災に向けての弟子でも取りたいところだ。
そこでそういえばとリエンに質問をする。
「ノアは望んで俺を貶めたわけじゃないんだろ?だったらあの噂とかもうすでに撤回してくれてたりしないのか?」
「いや…ごめんね。あのあと色々あってノアも忙しいし、何より今エルフの国がちょっとややこしいことになってるんだよね。」
そうか、と相槌を打つ。
それじゃあ次ノアと会うまではまだ村には戻れないな…ん?
頭を掻こうとすると、何か違和感が。
あ、そういえば俺膝枕されてるじゃん、と気づく。
急いで退こうと体を上げようとするが、体が上がることはなく、痛みとして帰ってきた。
「いっつ…」
「大丈夫?別にこのままでいいよ?」
何だかこの歳になって見た目が年下の女性に膝枕されてるのは何か恥ずかしいものがあるな…
と言っても体が動かないので、お言葉に甘えさせてもらうことにする。
少しの沈黙の後、リエンが口を開く。
「ねえ…シルウェはさ、ノアのこと許すの?」
「え?」
突然の質問に間抜けな声が出る。
許すの、か。ノアの話が本当だとするなら、彼女は今回の件に関しては言ってしまえば被害者だ。
しかし全てを水に流し、彼女は被害者で何も悪くないよな、とするのは流石に難しい。そもそも真偽もわからないし。
「わからない…でも、正気を失っていたら…しょうがないんじゃないか?」
「…そっか。」
リエンはこちらを見下ろして少し苦しそうな笑顔を浮かべた後、前に向き直った。
「シルウェ、着いたよ。」
「あ、そうか。」
少しうとうとしていたらリエンに声をかけられる。
痛みは少し引いており、リエンの膝枕から頭を上げることができた。窓を見てみると朝にリエンと馬車に乗った場所だ。
ここから家までは距離がある。体は痛いが頑張って歩くしかないだろう。
リエンが馬車から降り、俺も後に続く。
「リエン、ありがとうな。またノアの時間が空くのを教えるがてら遊びに来てくれ。」
「?」
不思議そうな顔をするリエン。何か変なことでもいっただろうか。もしかして大事な用以外でお前んとこになんて遊びになんかいかねえよおっさん…ってことか?
「何お別れみたいなこと言ってんの。体痛いんでしょ?おぶるから、ほら。」
リエンが屈み、背中を向けてくる。
マジで言ってんのか…しかし、少し歩くのがしんどそうなのも事実。リエンはエルフだし、見た目程力が弱くはないことは旅をした俺がよく知っている。
「リエン…何から何まですまない…」
「いいよ、……」
何かリエンが呟くが、聞き取れない。リエンの肩に手を回し、体を預けるとよいしょ、と軽々しく持ち上げるリエン。
「大丈夫か?重くな…「ひあっ!」
「ちょ、ちょっと、耳元で喋らないで…!」
「…すまん。」
こうして気まずくなった俺たちは、俺の家まで一言も交わすことなく帰路を辿った。
荒れた畑が見えてきて、奥に俺の家がある。ここまでくればあとは自分でいけそうだが、リエンが俺を降ろす気配はない。家まで運んでくれるのだろうか。
それにしても、さっきから何か忘れている気がしてならない。ノアに色々聞きそびれたとかじゃなくて…もっと何か、普通に忘れ物…
「あ!バック!」
「忘れてきちゃった?ごめんね、気づかなくて。」
別にリエンの過失でないのに謝ってくれるリエン。
まあ次来た時までノアが預かってくれているだろう…キャベ吉、今になって起きないといいが…
そうこうしているとついに家の前まで来る。
「リエン、ありが…「ベットまで運ぶよ。」
「いや…まあ、じゃあお願いするよ。」
何か彼女の背中から有無を言わさない雰囲気を感じ取り、素直に従うことにする。
リエンはドアを開けると、階段を登っていく。昨日ベットを使わせたから位置を覚えているのだろう。
ベットがある部屋のドアを開け、入るリエン。
何だろう、この何ともいえない恐怖感は。
「うわっ…」
いきなり浮遊感。数瞬間後、背中にベットがあった。リエンに投げられたのだろう。
するとリエンはベットに投げ捨てられた俺の上にのしかかってきた。
「リ、リエン…?どうしたんだ?」
じっと真っ黒な目で見下ろしてくるリエンと沈黙に耐えられず、思わず声をかける。
「何で…?」
「え?」
「何で…何で、ノアに優しくするの?」
優しくする…?
「リエン、一回落ち着け。まず退くんだ。」
「落ち着いてるよ?むしろおかしいのはシルウェじゃないの?」
「…どういうことだ?」
リエンの様子はどう見ても落ち着いてるようには見えない。
今の体ではリエンを押し戻すことはできない…なんとか言葉で冷静にさせなければ。
「…ノアに優しくしているつもりはない。さっきも言ったが、正気を失わされていたのだとしたらどうすることもできないだろ?」
「あんなの本当じゃないに決まってるでしょ!?」
「…!」
声を荒げられ驚く。リエンがこんなに凄んでいるの初めてだ。
「ノアは嘘をついてるつもりじゃない。でも、シルウェにしたことに対する罪悪感と後悔で壊れちゃったの!あれはノアにとって都合のいい設定なの!」
「何を…」
ぽつり、と頬に雫が落ちる。リエンの黒い目には涙が滲んでいた。
「シルウェはノアを信じたいの?信じたいから、こんな嘘に騙されちゃうの…?」
息が詰まる。何て声をかけたらいいかわからない。
「まだ、ノアの事が好きだから、騙されてあげてるの…?」
再び訪れる静寂。今度それを終わらせたのは、俺の弱々しい声だった。
「…正直わからない。でも、仮にそうだったとしても、リエンにも言った通り俺は二人とは…さ。」
これが彼女の求める答えでないのはわかっている。しかし、この状況で下手なことは言えない。
「…明日、答えをしっかり聞かせてね。」
俺の上から降りるリエン。
明日、ということはリエンはまた俺の家に来るのだろうか。
リエンが冷静になってくれて助かった…
疲れが出たのか、今にも寝てしまいそうだ。
「わかった。おやすみ、リエン。」
するとベットの中に入ってくるリエン。
「おい…」
「こんな夜中に女性をひとりで帰らせる気?」
言われてみればそれもそうだ…もう別の場所に移動するほどの気力も残っていない。
「わかったよ…一緒に寝るか。」
「ほら、そっちもうちょっと詰めてよ!」
一人用のベットなのでなので流石に狭い。密着するような形で普段なら眠れるわけがないが、今日は何故か今にも意識が飛びそうだ。
「ばか…」
何か聞こえたと思った時には、すでに俺は睡魔に負けていた。
「おーい、周りのモンスターは…」
言いかけていた言葉を止め、思わず近くの木の裏に身を潜める。
野宿をするときは、交代で周りの安全を確認する。
私の番になり、少し冷える日だったので、大雑把に確認し、急いで行って戻ってきていた。
「シルウェ、少しいい?」
「ん?どうした?ノア。」
二人が話をしている。ノアとは幼馴染で、その少し恥ずかしがり屋な所は彼女の短所であり、可愛いところでもある。
私がいないところを見計らって話しかけた。
考えられる可能性は一つしかない。
聞き耳を立てる。褒められた行為ではないが、やはり気になってしまうものはしょうがない。
「あのさ、シルウェ。この旅が終わったら…」
「…」
二人で暮らさない?
聞き間違いではないだろう。私は目と耳がよく、偵察でもその能力をふんだんに活かしている。
聞こえた単語と口の動きに差異はない。
そうか、ノアも彼が好きなのか。
今考えてみると少し彼に対してよそよそしかったりする彼女の姿が目に浮かぶ。
彼は少し驚いた表情をしたあと、確かに頷いた。
「おーい、周りにモンスターは見当たらなかったよ!」
「サンキューな、リエン。」
これでいい。旅を通して結ばれる人間の勇者とエルフのお姫様。そこに私は不要だ。
幼馴染、そして主人である彼女に彼を大人しく渡そう。私のこの感情は、この3人の仲を引き裂いてしまう。
その後、魔王を討伐して、彼と会ったのは二ヶ月後。信じられなかった。
なんとノアは彼の功績を人間の王室と協力し、なかったことにするどころか彼を貶めた。
「シルウェ…いないの?」
彼の家は落書きや魔法跡で埋め尽くされている。
クズ勇者、最低、いなくなれ。
ドアをノックするが、返事は返ってこない。最悪の事態が頭によぎり、思わずドアを開けてしまう。
鍵はかけられていなかった。
少し奥に行くと、椅子に座っている彼の姿。
よかった、最悪の事態にはなっておらず、そっと胸を撫で下ろす。
「シルウェ…?久しぶり…」
「リエン…?」
痩せた姿に、弱々しい声。
こちらの姿を見ると、少し止まったのち、椅子から立ち上がり後退りし始める。
「な、何しに…?違う違う違う…俺は何も…」
「落ち着いて!私は何も危害を加えるつもりはないの。」
それから少しすると、彼は今までのことを話してくれた。ありもしない噂を流されたこと、功績を取り消されたこと、人間達から執拗な差別行為を受けたこと。
彼は私の胸の中で泣いている。あの頃の頼りになる快活な感じや、どこか安心させてくれる雰囲気はない。
「ありがとう、リエン…!信じてくれて…!君だけだ、俺の話を聞いてくれたのは…」
「私、だけ?」
頭を色々な感情が覆い尽くす。
ノアに対する怒り、憎しみ、困惑。
彼に対する同情、独占欲、庇護欲。
そんなことをされたら…
この諦めたはずの気持ちを、どうすればいいの?
「…?リエン?何で笑ってるんだ…?」
「え…?」
その日から、私の世界の色は少し薄くなった。
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