#10困惑と若返り
「朝か…」
昨日は昼間も寝ている時間が長かったはずなのに、夜もぐっすり眠れていた。イレギュラーなことがあって疲れていたのだろうか。
昨日一緒に寝ていたリエンの姿はなく、もう起きたのだろう。
「てかあのときは判断力鈍ってたけど、やっぱりダメだよな…」
ペシペシと自分の頬を叩き、布団をめくって体を起こす。すると何か紙切れがひらりと床に落ちた。
「リエンか…?」
落ちた紙を取って、何か書いてないか見てみる。
『シルウェ、謝って許されない事だとは思うけど、何も言わずにこんなことをしてごめんね。色々と困惑してるだろうけど、また近いうちにノアを連れてくるから。その時にしっかり話すね。その時にシルウェの忘れ物も届けるね。』
この文面からするに、リエンはもう出て行ってしまったのだろうか。
窓を見てみると太陽はてっぺんに登っており、今の時刻が昼だと言うことを告げている。もう少しゆっくりして朝ご飯でも食べていけばよかったのに。
それにしてもまさかリエンがこんなにも昨日のことに対して罪悪感を感じていたとは。おそらくあの時の彼女も勢いで思わずやってしまったのだろう。
俺は昔、ノアに告白のような事をされたことがあり、俺はそれに答えた。
しかしリエンに知られているとは。ノアが話したのだろうか?
「あれ?」
目がしっかり覚めてきて、紙を持っている俺の腕を見て何か違和感。
この生活をしてきて十年。冒険をしてきた頃よりも当然筋肉は落ちていた。はず。
俺の腕はあの頃のような見た目になっている。
体の隅々を触る。最近少し乾燥したり荒れたりしていた肌は全くそんな様子がない。
誰に見せるわけでもないため伸びきっていた髪は、しっかりと目元や肩にかからないほど短い。
何かゾワっとくるものがある。
震える手で顎触る。ヒゲ…
俺は部屋を飛び出し、下の鏡がある部屋へ滑るような勢いで向かった。謎のバランス感覚と謎の脚力により、こけることはなかった。
「な、何これえ…」
鏡を見て顔が真っ青になる。そこにいたのはまさしく昔の俺だった。
「シルウェ、ノアと話してる時に突然倒れちゃったんだよ。」
『シルウェ、謝って済むことじゃないけど…
色々と困惑してるだろうけど…』
蘇るのは昨日のリエンの発言と、先ほどの書き置き。俺は今困惑の絶頂だ。
その困惑している頭で考える。これは…昨日のお茶かクッキーに何か盛られていたか…?
再び記憶が蘇る。匂いと味が酷く乖離していた、あのお茶の記憶。
頭を抱えてしまう。まんまと罠に引っかかってしまった。期待で頭がいっぱいで、警戒することを忘れていた。あのノアに彼女の部屋で出されたものなんて飲み食いするか?普通。
自分で自分の警戒心のなさに呆れていると、少し引っかかってしまう。罠…?
そうだ。俺は罠にアホみたいに引っかかって、彼女の狙い通り何かが混ぜられていたお茶を飲んでしまった。
しかし俺は無事で、こうして家にいる。
「これはその何かの効果…ってことか?」
鏡の自分を見つめる。そこでようやく「昔の俺と違うところ」を見つけた。
「…この耳…」
ピンと横に伸びているそれにようやく気づく。クリアな思考でないと気づかないなんて、どれだけ視野が狭いんだ?
これはエルフ族特有のものだ。それが俺についている。わけがわからない。
「俺の体が…エルフになってるのか?」
まさか、盛られていた「何か」の効果はエルフにする薬?若返りはそれの副作用…?
そんなものは聞いたことがないが、俺がこうなっている以上そう考えるのが妥当だろう。
何だか気づくととても気になってしまい、耳を手でぎゅっと握ってみる。
「ッ!?」
すると耳から電撃が流れたかのような衝撃が体を襲い、膝から崩れて落ちてしまう。
これはまずい。色々な意味で。
エルフの耳は性感帯らしい、というのを今更思い出す。そうか、これだからリエンは昨日あんなに怒っていたのか…
立ち上がり、リビングの方に向かい椅子に腰を下ろす。もうすでに疲れてきたぞ…
まず、俺の体がこうなったのはまず間違いなくノア達が犯人だろう。
そして彼女たちが近いうちに来ると言っている以上、それを待って説明してもらうのがいいだろう。何か事情があるはずだ。ないと困る。
…なかったら?
ただ単に俺を殺すための薬が何故か上手く働かなくて、偶然こうなってしまっただけだったら?
これは二度目だ。すでに前例は…ある。
「…!」
そこまで考えて頭をブンブンと振り乱し、何を考えているんだと思考を止める。
だとしたらさっきのリエンの書き置きの説明がつかないだろう。
さて、色々考えた結果、今俺は特に何もすることがないとわかった。もういっそのこと人間の街にでも
出かけてしまおうか。暇だし。なんて…
…いや意外とアリか…?
当然、ただ観光に行くわけじゃない。この体がどういう理屈でこうなったのか、安全性がわからない以上、誰かに診てもらいたい。
街にはあいつがいる。俺の数少ない友人である、医者のエリックという男だ。
彼用の連絡水晶を棚から取り出す。一応と渡されたがここにきてから一回も使っていないため、埃をかぶっている。
魔力を通す。これで言葉を発すればこれを通して彼の元へと声が届く。
…なんて言えばいいんだ…?
伝わればいいかと、頭の中に浮かんできた単語をそのまま声に出す。
「えーっと、久しぶり、エリック。実は体がエルフになっちゃってさ。ちょっとお前に診て欲しいんだ。今日から人間の街に行こうと思ってる。」
自分で内容の意味不明さに苦笑してしまうが、本当のことだからしょうがない。
「バレないように俺も最大限工夫するけど、そっちからも手回しして置いてくれると助かるよ。それじゃあな。」
魔力を通すのをやめ、早速支度をしようとするが、そう言えばただでさえ少ないでかける時の荷物を忘れていたことを思い出す。これじゃあ正体を隠せないじゃないか…
実はあのローブはただのローブではなく、多少魔力を扱えるものには意味がないが、そうでない人間や弱い魔族に効果がある認識阻害の魔道具なのだ。
これもエリックからもらったもので、今まで仕方なく出かける時に重宝してきた。
これがなければ俺はお尋ね者。王国の門を通れず捕まってしまう。
しょうがないのでしまった水晶を取り出して、再び魔力を通す。
「エリック、すまない。やっぱりキャンセルだ。」
本当に暇になってしまった。趣味の畑弄りすらできず、剣もないので鍛錬できなければ、ローブがないので出かけることもできない。
消沈して机に伏していると、ドアがコンコン,と二回なる。
もしかして、ノア達か…?もしかしてというかここを訪ねてくるのなんて彼女たちしかいないのだが。
近いうちに来るとは言っていたがまさか今日とは。
そう考えると出かけなくてよかったな、と
ドアに向かい、開けてやろうとする。すると、何故かドアノブに伸びていた手が止まる。
ノア達…いや、ノアが来た…とわかったあたりから胸でざわめく感情。
それは嫌悪感だった。
何でだ?彼女を入れたくない。何か嫌な感じがする。彼女が…憎い?
ドアノブに伸びていた手はすっかり顔の前に来ており、呼吸が荒くなる口を押さえる。
覚えのない感情に支配されていると、ドアがゆっくりと開く。そうだ、俺は鍵なんてかけていない。
「シルウェ、入るよー?」
「お邪魔します…ここがシルウェの家…!」
「な、何で…?」
思わずそんな声が出てしまい、反射的に後退りしてしまう。
「え…?シルウェ…?」
「…」
困惑した顔で見つめる二人に自然と出ていた言葉は、俺の昔の口癖だった。
「違う違う違う…!俺は…やってない…!」
その瞬間、身に覚えのある寒気が背中を走り、ハッとする。俺は何を…?
「す、すまな…!」
謝ろうと彼女達の方を見ると、ドス黒い目で睨み合っている様子を見て、言葉が詰まってしまった。
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