#8ノアと俺(2)
「え…あ、ごめんね、ちょっと色々とあったから…感極まっちゃった…」
「あ、ああそうか…」
真顔で涙を流すノア。
俺の紅茶を飲む姿に感極まったのか?正直あの目で真顔で涙を流す様はいくら顔が整っているとはいえ、流石に恐怖を感じてしまう。いやむしろ顔が整ってるからこそか?
持っているティーカップからもう一口紅茶を飲む。
流石高級(ノア情報)なだけあり、俺が今まで飲んできた紅茶よりも…劇的に違うとはならないな。俺の舌が貧乏舌なのか、それともお茶の高級品とそうじゃないものの違いは実はあんまり無いのか…
うーん…しかしこの匂いと味の差異は何だ?これが気になって、何回も嗅いで飲むを繰り返す。
最初は刺激が強くて何の匂いかわからなかったが、この匂いは何回か嗅いだことがある。
これは旅をしていた時、倒した魔物の死体がマナに還帰る時の匂いととてもよく似ている。
もしかして茶葉に何か魔物のフレーバーを加えているのか?
もう一回口に含むが、やはり味には匂いとの乖離が生まれている。半分を飲み終えて、一回机のソーサーに戻す。
紅茶に夢中になっている場合では無いことを思い出し、ノアの顔に視線を上げる。
「…俺がいなくなってから、何があったか教えてくれないか?」
「うん…まずは、シルウェ、本当にごめんなさい。言い訳にしかならないけど、その…」
そこまでいうとノアは口を閉じ、俯いてしまった。
「…リエンから君の重臣に唆された、というのは聞いている。」
「うん…実は…これはリエンにも言ってなかったんだけど、私あの時好感度反転薬っていうのを飲まされてて…」
好感度反転薬。
何やら聞き慣れない単語が出てきて、頭の中で反復する。好感度を、反転させる薬…
何となく見えてきたな。
「…それを飲まされて、俺のことを貶めるという大臣の提案に乗ったんだな?それで最近目が覚めたってかんじか?」
なぜか頭の回転が自分でもわかるほどいつもより速い。さっきまで考えすぎで頭痛が出たほどなのに。
「でも…私がシルウェの人生を台無しにしちゃったことは確かだから…本当にごめんなさい…!」
頭を必死に下げるノア。
もちろん、単なる嘘という可能性もある。しかし、彼女の様子を見て嘘だと思えるほど俺は疑い深く無かった。
「もう頭を上げてくれ。俺も別に謝ってくれたら許そうと思ってたし、そんな事情があったなら仕方ないさ。あまり気に病むな。」
「…ありがとう、シルウェ。」
沈黙が流れる。
こういう雰囲気は苦手だ。ティーカップに手を伸ばして傾けると、もう少ししか残っていなかった。
いつの間にそんなに飲んだんだ?半分くらいはあったはずなんだが…
「シルウェ。少し話を聞いてくれる?」
ノアが沈黙を破る。
「ああ。」
きっと俺が聞こうとしてたことを話してくれるのだろう、と少し崩れていた姿勢を直す。
「半年くらい前に薬の効果が切れて、正気に戻ったんだけど、何をしたかの記憶があったから、すごい後悔したの。」
今にも泣きそうな顔でこちらを見るノア。
「さっきも言ったが、あまり気にすることは…」
「その後、人脈とか人間の濁ったマナに対する研究結果とかを調べて、シルウェの寿命が残りわずかだって知って私…」
リエンが言っていた通りだ。人脈、ということはあいつを訪ねたのだろうか?
リエンは俺の正確な寿命を知っていたし、俺はあいつ以外には口外していない。
「それでね、私…」
ぐらっと視界が揺れる。頭がガンガンとして椅子から落ちてしまいそうになる。
「あ、ああ…?」
体が焼けるように熱い。一体いきなりどうしたんだ?さっきまで体調はすこぶる良かったんだが…
頭を抑えうずくまってしまう。
「私ね…私の一生をかけてシルウェに償おうって思ったの!」
ノアが何か言っているが、意味を噛み砕く前に思考が途切れる。
「さっきのお茶、美味しかった?あれはね、私を利用したゴミどもをマナに分解して、私に飲ませた薬を調合したやつに作らせた…」
断片的にノアの言葉が入ってくるようになる。お茶…何か盛られていたのか…?
ノアが椅子から立ち上がり、こちらに寄ってくる。
「ねえシルウェ、私聞いてたよ?リエンが好きなの…?私のことは嫌いになっちゃった…?」
頭痛は治るが同時に強い倦怠感が来て、体の熱がさらに温度を増す。
「シルウェ…この旅が終わったらさ…」
フラッシュバックするのは過去の光景。
「リエンはね、私があんなことになってる時にシルウェに付け込んで、私からシルウェを奪おうとした、わるーい女なんだよ?」
だるい、気持ち悪い、熱い、眠い、痛い、苦しい、辛い…?
「シルウェ、二回も貴方を苦しめてしまってごめんなさい。でも、私…このままお別れなんて嫌…
貴方を傷つけてしまった分、償わさせて…?」
辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。
「今はゆっくり眠ってね…」
ノアのその言葉が聞こえた瞬間、俺は意識を手放してしまった。
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