#7ノアと俺(1)
「あんたが人間の国から来た冒険者?」
「ああ、そうだ。これからよろしく頼むよ。」
「まだ全然ガキじゃない。こんなのが代表なんて、人間族は戦力が貧弱なの?」
俺の彼女への第一印象は、気難しそう。だった。
「…俺は十九だ。お前とお前の幼馴染さんも同い年くらいだって聞いたが?」
エルフの姿は年齢の当てにはならない。
エルフはある段階で見た目の成長が止まるが、どの段階で止まるかは個人差がある。
早くて人間にして12くらい、遅いと70くらいとばらつきがある。
以前ギルドからの依頼で、あるエルフの家に薬の材料を届けにいったが、おっさんの見た目をしてる奴の親が子供の見た目の老夫婦(900才)という家庭に遭遇したことがある。その時は正直少しやばい匂いがした。
というかあの時はあのおっさんの見た目が少し汚い…怪しいのがいけなかった。
言い方を選ばずに言えば少し怪しいおっさんがロリとショタを母さん父さんと呼び、介護と言ってお世話しているんだぞ?
とても失礼だが犯罪の匂いがしないでもない。
まあそんなことはさておき…千年だか五千年だか、はたまた永遠の年月を生きるらしい、寿命がインフレしているエルフだが、当然彼ら彼女らにも俺らと同じような、数字が一桁二桁な時期もあるのだ。
事前情報ではどうやらこのノアと今はいないがこいつのお付き、リエンは俺と同世代らしく、今は見た目と年齢が一致しているエルフにとっては珍しい時期なんだそうだ。
「エルフと人間を一緒にしないことね、人間。頭の悪い蛮族のような他の魔族と一緒にされると気分が悪いけど、それでも魔族は魔族よ。」
彼女の様子と発言を見て、本に書いてある通りだな…と勝手に感心する。
エルフ、特にクイーンエルフと力の強いハイエルフはプライドが高いと書いてあった。
この世には多くの種類の魔族がいるが、エルフ族は他の魔族と一緒くたにされる事を嫌い、他の魔族との繋がりは希薄だそうだ。…というのも本に書いてあった。
そして生活文化が人間に似ているためか、もしくは魔族、魔物と敵対、中立関係にあるからか…魔族の中で唯一人間族の味方という立場を取っている。
「それと私は次期女王のエルフよ?もう少し敬意を持って、敬語でも使ったらどうなのかしら?人間。」
「いや、遠慮しておくよ。それと俺の名前はシルウェだ。人間、だと距離感じちゃうし、これから仲間なんだから、名前で呼んでくれ。」
「え」
え、て。
敬語を使わないといっただけでこれとか、こいつはどんな教育受けてきたんだ?
「ふ、ふーん…変わった奴ね。私が時期女王だっていったら大体のやつはひれ伏したり媚び
…これは英才教育ですわ。
どうやら彼女のこの見下してるような、軽蔑しているような態度はおそらくそのせいだ。昔からそういう奴らに囲まれて育ってきたんだろうな。
これは早急に何とかして、せめて俺は違うと認識さけなければめんどくさそうだ。
「そういうわけで改めてよろしくな。ノア。」
昔パーティーを作ったが人間関係で破局し、それ以降ソロでやってきた俺から言わせて貰えばパーティーの雰囲気、というのはかなり大事だ。
しかも今回は魔王討伐、とかいうクソでかい目標に向かって長い時間共に行動していくだろう。
そんな時に雰囲気がイマイチだと連携がイマイチだったり、休まる時間に休まれなかったり…
そんなことで旅に失敗しました、世界守れませんでしたなんて洒落にならない。
ノアに手を差し伸べると、彼女はしばらくこちらを見た後、驚いて顔をして、彼女も同じように手を伸ばした。
「…あんたは変わってるのね。」
「そ、そうか?」
この後シルウェは長い旅を通して打ち解けていくつもりだったが、あるきっかけですぐにノアがシルウェに心を許すようになる。それはまた別のお話。
「…!シ、シルウェ!」
俺の記憶のノアは位の高いエルフ特有の綺麗な銀色のとても長い美しい髪をしており、肌は真っ白で、エメラルド色の目が目立つ整った顔つきをしていた。
正直最初見た時は彼女のその美しさに驚いてしまった。
「シルウェ、本物だ…本当に来てくれた…!」
しかし、目の前にいるノアの姿は俺の記憶とはかけ離れている。
髪は相変わらず銀色だが、前ほど艶がなく、何やら少しぼさっとしている。肌も前と比べて少し荒れてるか…?
整った顔は相変わらずで、彼女もリエンと同じようにあの頃で成長が止まったらしい。
しかし、あの目。
何やら既視感がある、黒々としたそれは、ノアが何かを抱えていることが容易に想像できてしまう。
人間との関係悪化、俺の知る女王の早すぎる退位、そしてこのタイミングで呼ばれた意味。
そしてなぜ今になって謝りたいと言い出したのか。
色々と聞きたい、話したいことがあるが…
「ノア…その、まずは離れてくれ。」
思案をしているとノアはいきなり抱きついてきていた。あれ?俺ら一応因縁というか、敵同士だよな?
「…なんで?」
「何でってお前…」
俺ら敵同士だから、なんて何か俺の記憶と違う弱々しい彼女にはなんだか言えず、正直美人に抱き付かれるとかいうラッキーを自分から捨てにいくのも、なんて思考も混じる。何考えてんだ俺!
どうしたもんかと頭を抱えていると、ノアがこちらの目をじっと見てきた。何だろうか、とそのやはり既視感のあるドス黒い目を見つめ返す。
あ…そういえば…
「え…シ、シルウェ…私、そんなに汚い…?」
「ち、違うって!」
必死に否定する。久しぶりすぎて忘れていた。
彼女は目と目を合わせて相手の思考を断片的に読み取ることができる。
この断片的というのが厄介で、ノアはよく俺やリエン、休憩に訪れた街の住民にこれをして都合の悪いところだけ読み取り自爆する、というクソめんどくさいことを旅の途中何回もやっていた。
だからせめて俺とリエンには勝手にやらないとルールを決めた。
そして彼女にとって少しでも嫌なことを考えたら目を合わせない、というのが俺の中で常識として頭の中にあった。が、すっかり忘れていた…
「ごめんね…私、シルウェがいなければ見た目なんてどうでも良かったから、このところ何にもしてなくて…ごめんね、こんな汚い私を見せちゃって…」
「いや違くて…その、なんていうか…」
「…」
「ノアは…今でも綺麗だぞ…?」
「ほ、本当…?」
俺は何をしてるんだ?
目の敵、俺があんな生活を送るハメになった元凶に抱きしめられ、なぜかそいつを慰めている。
「というかノア、勝手に心を読むなって昔言ったよな?そこは頼むぞ…マジで。」
「ご、ごめんね…久しぶりだったから、つい…」
このノアの自爆に旅の途中何回も苦労した記憶が蘇ってきて恐ろしくなってくる。
というかこいつ、何かめちゃくちゃ弱々しくないか?おれの知ってる彼女はもっとツンケンしていて、こんなか弱い感じじゃないんだが。
何だか拍子抜けしてしまった。なんやかんや考えたり覚悟したりしてた俺がバカみたいだ。
こんな調子だと非難する気にもなれない。
「ノア、その様子だと何か誤解があるんだな…?」
この状態なら普通に話し合いができそうだ。あちらが高圧的だったらどうしようかという心配も、今ではそんな考えすら馬鹿馬鹿しく思える。
「うん…その……まずはお茶でも入れるね。シルウェは紅茶飲める?」
「ああ、お願いするよ。」
俺から離れてそそくさと部屋から出ていくノア。
そうか、キッチンとか厨房で入れるのか。
って、エルフの女王らしいノアにお茶を注がせるなんて、従者はどうなってるんだ?
何だか来る前よりも疑問は増えるばかりだ。身につけていたローブと鞄を机におろし、用意されていたでかい椅子に座る。
この待ち時間で少し考えてみよう。
彼女の様子はまるで俺のことを…何というか…
まあ、少なくとも嫌ってはなさそうだった。
昨日のリエンの話を思い出す。
確かお母様…つまり今では前女王に当たる。に追いつこうと必死で、人間界とエルフの重臣に口車に乗せられたやら何やら。
つまり俺を嵌めたのはノアじゃない?
いや、少なからず加担はしていたはずだ。何せ噂が広まっている時も撤回も何もしていなかったし、
なにより何もしてないのであれば謝りたい、なんて言わないだろう。
俺が嵌められた理由はエルフ族にとっても人間族にとっても都合が悪かったからだが、その都合が悪い理由、というのはそれぞれ違う。
十年前にリエンに聞いた話では、人間族、というか王室は俺の力と今後集まるであろう民衆の支持を危惧して、だったそうだ。
対してエルフ族は、もちろん人間族と同様に俺の力を危惧して…というのもあったが、一番大きい理由はそれじゃない。
魔王討伐の旅において、正直にいうとノアの活躍は微妙だった。
決して邪魔だとか足手纏いだとかではなかったが、ノアがいなくても魔王討伐は2年もかからず終わっていただろう。
戦闘はリエンの下準備と援護で特に困ることはなく、ノアがいる時も俺がほとんど敵を倒していたからな。
その結果、時期に魔王が治めていた、あるいは人間族から奪った領地の分配が始まる時に、その事実を出されると不利になるとして俺は都合が悪かったらしい。
それだけではなく、ノアとノアについている従者にとってもあの旅であまり活躍できなかった、というのは次期クイーンエルフの座が確定していたとしても中々足枷になっていたそうだった。
聞けばノアには妹がいるらしく、その妹はノアが旅に出ている間に当時のクイーンエルフと共にエルフの森の防衛をこなしていたらしい。
大厄災時の働きを出されると…とか、そこら辺の政治の話が関係していそうだ。
これがリエンから以前聞いた全てだが、これが本当だとしたら腑に落ちないところがある。
俺は彼らの目論見通り失脚したわけだが…
なぜ人間とエルフは関係が悪いんだ?
なぜノアはあんなに荒れていた?
なぜ先代はノアに王位を譲った?
なぜここにくるまで王宮だというのに他のエルフと合わなかった?
「…はあ。」
このニ日で考えることがあまりも多すぎる。俺は頭がいい方ではないし、こんなに思考することが多いとは頭が痛くなってくる。
天井を見上げてため息をついているとドアが開き、ノアがティーカップと何かを乗せたお盆を持って入ってきた。
「はいこれ…とっても高級な茶葉だから、気に入ってくれると嬉しいな。」
ノアは机にコトッとティーカップを置き、真ん中にはクッキーが入った皿を置く。
「これは?」
「これは…その、私が焼いてみたの。よかったら食べてみて…」
ちょうど糖分を求めていたこともあり、一つとって口に運ぶ。
優しい甘さとサクッとした食感で、普通にうまいクッキーって感じだ。
「おいしいよ。リエンに教えてもらったのか?」
俺の記憶だとノアは料理はあまり得意ではない。リエンと仲がいいみたいだし、教えてもらったのかというちょっとした疑問を口に出しただけなのだが…
「…違うよ。私が、勉強して自分で焼いたの。リエンは関係ない。」
背中に寒気が走る。ノアの顔を見ると相変わらず黒い目が何故かグラグラと揺れている。
何か地雷を踏んでしまったのだろうか…
「あ、ああそうか!ノアが焼いたんだな!とってもおいしいよ、ありがとう!」
すぐに目を逸らす。この状態で心なんて読まれたら最悪だ。
「そっか、よかった…」
緊張したりクッキーを食べたりしていたら喉が渇いてしまい、目の前にあるティーカップに手を伸ばす。
何やら高い茶葉だという話だったので、香りも楽しんでおこう、と鼻を近づける。
何の匂いだ?これ。
嗅ぎ慣れない少し強い匂いが鼻を襲い、反射的に少しティーカップを離してしまう。
「あ、あれ…?シルウェ、どうかした…?口に合わなかった?」
「ああいや違うんだ、少し嗅ぎ慣れない匂いだったから。今からいただくよ。」
何故かノアはこちらをじっと見て微動だにしない。もしかしたらこの茶葉を気にいるか自信がないのだろうか。
なぜか紅茶を飲むのにも緊張が走り、恐る恐る口をつける。
ティーカップを傾けて入ったそれは、臭いからは考えられないほど飲みやすく、何だかフルーティーな感じだ。
「おいしいよ。クッキーも紅茶も。ありが…」
感謝を伝えようとノアの方を見ると、
ノアは真顔で目から涙を流していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます