#6記憶と相違
エルフの森は人間の王都に隣接しており、その面積は人間の小国3つ程に相当する。
人間の街に適応できるエルフもいるが、基本的にはエルフの森に満ちている「世界樹」のマナがエルフの体には馴染んでいるらしく、全体の8割ほどのエルフがここで生活している。
そのエルフに品物を売るために王都からの人間の商人の出入り、商いも盛んだ。
その発展具合は王都に負けず劣らずで、住民であるエルフや観光客でいつも人が賑わっていた。
少なくとも、前訪れた時はそうだったはずだ。
「なあリエン、何だか人が少ない…と言うか人間がいない…?」
「…」
「おい、リエン?」
「あ…!?ご、ごめんちょっとぼーっとしてた…」
馬車を降りた時から彼女はどこか上の空だ。もしかしたらあれが予想以上にこたえてしまっているのかもしれない。
「えっと、そういえばシルウェはこうなってから来るのは初めてだもんね?」
「何かあったのか?」
俺たちが今通ってる大通りはエルフの森の中でも最も店や人通りが多かったはず。
それが今ではどこか寂れた雰囲気で、やっている店もあるものの人通り…いや、人はおらず、エルフの数も記憶している数には遠く及ばない。
「実は…」
「あれ…リエン様じゃないか!」
リエンが何かを話そうとすると、後ろの方から快活な女性の声がする。振り返ると少しふくよな女性がこちらに歩いてきていた。
「リエン様、戻られたのですね…探し物、と言うのは無事見つかったんですか?」
「え、ええ…見たかったわ。心配してくれてありがとう。」
リエンは次期女王のノアの側近。事実上のナンバー3のような扱いなのだろう。
とはいえどこか親しいような、ただの上下関係ではないような印象を受ける様子に、少しほっこりしてしまう。
「ところで、そちらの方は?」
「あ…えーっと、俺は…」
いきなり話しかけられて、思わず被っているフードを少し深めに被り直し、顔を女性から少し背ける。
もちろん俺の事を本当に言うわけにはいかない。
ここは人間の商人とでも言うのが妥当だろう、と思い口を開こうとする。
「彼は王都で暮らしていたエルフよ。」
「あら、王都にねえ…それは大変だったでしょう…」
「え…」
困惑しているとリエンがこちらに何か言いたげな視線を送ってくる。おそらく口裏を合わせろと言う事だろう。何が何だかわからないが、とりあえず従っておくことにする。
「あ、ああ、そうなんですよ。」
「彼は出稼ぎに行っていたみたいで、少し帰るのが遅れてしまったみたいなの。その、探し物をしてる時にたまたま会って、保護してあげたの。」
これは…
彼女らの話を聞いてる限り、エルフと人間の関係は良好でない…?俺が知らないところで何か事件でもあったのだろうか。
「それにしても良かったわね、あまり時間がかからなくて。ノア女王が貴女が帰ってくるのを心待ちにしてるって話をきいたから。」
ノア女王…?
その単語に反応してしまう。
エルフというのは通常のローエルフ、変異やマナへの適正、血筋によってまれに生まれるハイエルフ、そして全てのエルフを統べるクイーンエルフという三つのクラスで分けられる。
そのクラスによる違いは単純な強さだけではなく、寿命までも変わってくる。
ローエルフなら基本的に大体千年から三千。
ハイエルフは大体三千から五千と言われ、
「世界樹」に適応しているほんの一部のハイエルフとクイーンエルフの女王は世界樹の魔力が尽きるまで永遠に生き続けると言われている。
しかし世界樹のエネルギーも有限であり、それが枯れてしまうとエルフ種全体の死滅へと繋がってしまう。
そこでエルフの女王、クイーンエルフは五百年ほどで退位し、残りの寿命をマナを使った世界樹の維持に専念する。
つまり先ほど挙げたクイーンエルフの血筋と力の強いハイエルフは実質的に不老不死、というわけだ。
その影響でクイーンエルフ当人の実際の寿命はローエルフとあまり変わらないとされている、が、そんなことは関係ない。
俺の記憶の限りでは、あのエルフクイーンは確か魔王発生と同時に対抗すべく五百年も経たない時に先代から王座を譲り受けた特例だったはずだ。
まだあれから十五年も経っていない。
しかし、次代の女王であったノアはあの女性から女王と呼ばれていた。
何かが頭に突っかかる。
大厄災の前触れと共にやってきて、俺をノアと話させようとさせたリエン。
エルフと人間の関係悪化…?
ノアが十五年しか経っていない彼女の母親の王座を譲り受けている…?
これは全て偶然重なっているのか?それとも…全部繋がっている?
頭の中で何かが思いつきそうになる。これは…
「ほら、リエン様。ノア女王に会いに行くんだろ?だったら急いでやりな。ほらこれ、旅で疲れてるだろうからりんごを良かったら。そこのあんたもいるかい?」
りんご…?りんごが…?繋がって…?あれ?
ぶつっと思考が中断される。何がが思いつきそうだったのに…
「ありがたくいただくわね。じゃあリルウェ、急ぎましょうか。」
「あ…?ああ、わかった。」
女性が差し出していたリンゴを受け取り、歩き出したリエンを追う。
リルウェ…シルウェとリエンのリ…?
リエン、それはどうなんだろう…まあバレてなければ何でもいいのだが。
その時には先程の思考などすっかり抜け落ちており、齧ったリンゴの甘みに対する驚きでいっぱいだった。
「それで、何があったんだ?」
新たな疑問ができたが、まずは先程彼女が言いかけていた話の続きを聞こうとする。
「ああ…えっと、実はシルウェが居なくなってからの話なんだけど、実は今エルフ族と人間族の関係ってあまり良くなくて…」
「そうなのか?魔王を共に撃退したって関係はさらに良くなっていた気がしたんだが。」
やはり人間とエルフの関係は悪化していたようだ。しかし理由がわからない。俺がいない間にどちらか双方が何か問題を起こしてしまったのだろうか…
しかし、リエンが家に来た時何やら俺に大厄災の前触れの話をしようとしてみたいだし、どちらもそれは把握してるはずだろ?
大厄災を前にして、どちらとも協力せずに、ましてや敵対のような関係でいるなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。
国同士の付き合いというのは難しい。
面子や常識、文化の違い、プライド、差別などさまざまな問題がある。
しかし、そんなこと言ってられない問題が目の前にあるだろうが。
「そんな調子で大厄災はどうするんだ?全く、何があったのかは知らんが、共通の敵を目の前にして何をしてるんだ?人間とエルフは。」
「あはは…実は、原因というか、その、実はこれにはシルウェがめっちゃ関係しててね…?」
「お、俺が?」
俺が関係?俺が一体何をしたんだろうか。
俺はそんなに大きな事をやらかしたことは…ないことはない。が。
あれはむしろ人間とエルフが俺という「共通の都合の悪いやつ」をやっつけるために協力していたようなもんじゃないか…
そんな事を考えていると、リエンが複雑そうな顔でまた口を開く。
「さっきノアが女王って呼ばれてたでしょ?シルウェも不思議に思ってたんじゃない?前にエルフのルールとか色々教えたはずだよね?」
「ああ、あの女王はまだ若いから現役で大厄災に対抗できるはずだろ?何なら経験値を積んでる分この前より更にいい対策を打てるはずだ。なのに何でノアが…?」
そう、先程の知識は冒険の途中で野宿をしていた時に、リエンとノアが教えてくれたものだった。
やけに熱心に聞かされ、話終わると確認テストが行われてそれに一問でも間違えると最初からやり直しという蛮行によって半ば無理やり覚えさせられたのだ。当然、今も覚えている。
「ここで話すのもめんどくさいしムカつくから、あとはノアに丸投げしよっと。」
「む、ムカつくって…」
振り返り、こちらを見ながら歩く彼女の目を見る。
うん、やはり黒い。安心するほど真っ暗だ。
「着いたよ、ここが世界樹ね。」
「お、ついにか。」
実は世界樹の中は空洞となっており、その中に政治や女王への謁見を行う実質的な王宮がある。
よく考えると世界樹の中ぶち抜いて王宮作るってすげえよな。
先をいく彼女に続き、世界樹の中へと入っていく。
入って最初に目に入ったのはとても大きい玉座。しかしそこには誰も座っていない。
「ノアは自分の部屋にいるよ、そこまで案内するから。」
「あれ、リエンは来ないのか?」
「…二人の方が、しやすい話とかもあるでしょ。」
まあそういうもんかと思い、罠だった時はどうしようなんて考えていると、彼女から声がかかる。
「このドアね。」
「ああ、もう着いたのか。」
いつのまにか目的地に着いていたみたいだ。目の前にはとても大きい扉があり、何かただならぬ雰囲気が漏れ出ていた。
「シルウェ…その、何というか…姫様…ノアをよろしくね。」
「大丈夫だ。俺もいい年した大人だし、そう過去のことを引っ張ったりしないよ。」
リエンのほっとした顔を見て、深呼吸をする。
「じゃあ、行ってくる。」
「うん、お願いね。」
ドアに手をかけ、必要以上の力で引く。
「…お邪魔します。」
「…!シ、シルウェ!」
ドアを開けると、そこには俺の記憶とは変わり果てたノアの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます