#5揺るがない決意と甘い毒

彼女の様子を見て少し後悔した。ここまできっぱり断らなくても、もう少しやりようがあったのでは無いだろうか。


彼女と繋いでいる手を見る。震えは先程よりも酷くなっており、繋がれる力はどんどん強まっていく。


「な、何で…何でダメなの…?」

その力とは裏腹に彼女の様子は酷く弱っていた。


…正直、ここで俺のこの考えを話すのは得策ではないのだろう。

きっと最も望ましいのはここで彼女のことを突き放し、自分への思いを絶ってもらうことのはずだ。

しかし…

自分の決意の弱さに反吐が出るが、彼女が勇気を出してくれたこの行為に対して、それはあまりにも不誠実ではないだろうか。


いや、違う。そんな綺麗事ではない。

俺は単純に、彼女に嫌われたくないんだ。

彼女の思いを否定するのも、最善の選択は彼女を突き放す事だと理解してるのにそれができないのも、全て彼女のことを俺も好いているから。

そう理解した時には、もう口は動いていた。


「リエン、俺も君のことが好きだ。」

「…だったら…何で…」

「好きだからこそだ。俺はもう後先長くない。君はエルフなんだから、これから先とても長い時間を生きるだろ?」

手に向けていた視線をリエンの顔へとあげる。

彼女は口をあんぐりと開けていて、驚いている様子だった。そりゃあさっき振られた相手にいきなりこんなことを言われてたら驚くだろう。俺も逆の立場だったら驚くし、何ならちょっと引きそうだ。


「俺は君に恩をもらいすぎた。俺の残りの時間じゃとても返せない。でも、俺が死んだ後君が幸せに暮らせるようにする努力はできる。俺が君の思いに応えたところで、俺がすぐに先立って君に苦い思い出を残すだけだと思う。だから…」

彼女は勢いよく手を離し、俺と同じようにフードをかぶって俯いてしまった。

今は彼女は辛い思いをしてるかもしれないが、後のことを考えたらこれが一番の選択なはずだ。


「フー…フー…ぐう…!」

だが、彼女の俯いて苦しそうにしている様子を見ていたたまれない気持ちになってしまい、俺も床を見つめて伏せてしまった。


「お客さん、着きましたぜ。」

その声で意識が覚醒してくる。

ああ、あの後寝てしまったのかと欠伸をしながら考える。

告白を断ってその女性の横で寝れるって、俺はどれだけ胆力があるやつなんだ…

おそらく、彼女に俺の思いを伝えた事で何か自分の中で張っていた糸が切れたのだろう。いい意味で。

隣であの会話をした後から体勢が変わっていないリエンの肩を叩く。彼女も寝ていたのだろうか。


「着いたみたいだ。」

ついに俺はノアと会う。

ちゃんと話せるだろうか。罠とかじゃないだろうか、などと言う考えもあるが、それ以上に俺の思考を埋め尽くすのは期待。

リエンが顔をあげたのをを見て、俺は馬車から降りた。



「エルフの森まで」

呼んでおいた馬車にシルウェと乗り、ふう、と息をつく。エルフの森に来てもらうことを承諾してもらった時点で成功したも同然だったが、ここまでくれば安心だ。あとはノアが失敗しなければ…


「…」

干し肉を食べている彼の方を見る。先程勘づかれたような発言をしていて、不安になっていたが特に変わった様子はない。


彼は昔から勘違いさせる発言をしたり、何か核心に迫るような発言をポロッと言うことが多い。旅の途中で何回それに苦しめられた(?)かわからない。


…彼とこれからエルフの森に行き、そのあとはノア達に任せる。そう考えると彼と二人きりになるのはこのあとしばらくないかもしれない。

この後、予定通りに行ったら一体彼が私のことをどう思うかはわからない。

憎むだろうか、それとも悲しむ?嫌われるだろうか、失望されるだろうか。


「俺は…」

昨日の光景が音と共にフラッシュバックする。昨日はあんなことがあって当然寝れるわけがなく、今寝不足なのは言うまでもない。


彼に好意を寄せてもらっている。その事実が私の不安を紛らわしてくれる。


いっそ、今のうちに好意を伝えてしまおうか。

彼の迷惑になるんじゃないか、そもそも今の彼は他人のことなんて全く気にかけていないんじゃないか、何て考えている間に、十年前彼は遠くへ行ってしまった。


しかし、彼は私のことを好いてくれていた。盗み聞きして安堵感を得ているのに罪悪感が湧かないでもないが、そんなことは言ってられない。


今後もし彼に対する私の評価が下がってしまうとしたら、ここで好意を素直に伝えておくのは今後のためにもいいかもしれない。


彼には私の言動で少なからずもうすでに伝わっているとは思うが、やはりしっかりと言葉にして伝えるとそうでないとでは重みが違う。


というか、そんな面倒くさいことを抜きにしても長年の想い人と両思いだとわかったのだ。

つまり、今告白して想いを伝えてしまえばほぼ確実に彼が私のものになる。


正直浮かれている。何にかと言われれば全てにだ。計画が成功しそうなこと、彼の好意を知ったこと、そしてこれからのこと。

態度に出て何かと勘が鋭い彼にバレて怪しまれなければいいのだが…


先程まで彼としていた会話が終わり、沈黙が流れる。

もう後20分もしないうちに目的地に着く。

彼と二人きりになる時間はここで一旦終わってしまう。着いた後ノアの元に送り届ければ、私が彼に会えるのは後だ。

私は何を躊躇っている?自分でもわからない。躊躇う理由があるだろうか?


「ねえ、シルウェ。」

「なんだリエン。」

「あの、さ…」

私の思考に暗い考えがよぎる。


果たして、彼の好意は本当のものか?


彼が傷心した所に優しくし、漬け込んだ。

当然彼を思う気持ちがあったが、下心がなかったかと聞かれれば頷けない。


彼の昨日のつぶやきは本当に本心か?誰でもあの状況になって寄り添ってくれる人がいたら依存、好きになる…いや錯覚してしまうのが普通じゃないか?


彼の「好き」と言うのは都合のいい女である私に対してじゃないのか?

ただの私のことなんて、彼にとっては彼を裏切った有象無象と変わりないかもしれない。


「…」

言葉が詰まる。


「…言いたくないなら言わなくてもいい。」

彼の優しい言葉が私の暗い思考を溶かす。


私は今更何に躊躇っているのだろうか。

今彼を騙し、これから彼を裏切るようなことをやるのに、寸前まで綺麗な自分でいようとする自分に嫌気がさす。


「いや、言う。言うから、しっかり聞いてて。」

「わかった…」

覚悟は決まった。彼に振られようが振られまいが、今思いを伝えずにいてもこのモヤモヤはとれない。

彼の顔を見る。少し困ったような笑顔で、私を見つめていた。

彼の手に私の手を伸ばす。私の手は震えていて、彼をきっと心配させているだろう。


「あのさ、私、シルウェのこと…」

「リエ「愛してる!私とお付き合いから始めてくれませんか…?」

彼の言葉を遮ってしまった。何を言おうとしてしてたんだろう。

愛してるは少し重かっただろうか?

不安や、告白したことに対する気恥ずかしさが手の震えとなって表れる。


少しの沈黙が流れると、彼は私の手をもう片方の手で優しく握り返してくれた。

これは、そう受け取っていいのだろうか。


「シルウェ、これって…」

彼の目を見つめる。彼は何かを決めたような顔で口を開く。

「リエン。悪いがそれはできない。」

「え」

その口から紡がれた言葉は、キッパリと私の思いを否定した。


頭がぐらっとする。覚悟を決めたとはいえ、流石に応える。


「な、何で…何でダメなの…?」

そんな見苦しい質問をしてしまうほど私は弱ってしまっていた。

何でなど、そんな物さっき考えた通りに決まっている。彼が好きなのは私ではなく、孤立していた彼に寄り添った「私」なのだ。

彼が好きなのはこんな、彼のことを何とか手に入れようと彼の心に漬け込み、今は彼を騙して自分がしたいがために彼の意思を尊重しない醜い私ではない。


「リエン、俺も君のことが好きだ。」

「…だったら、何で…」

何で、じゃない。

あまりにも醜い自分に嫌悪感を抱く。

もう整理した事を受け入れず、まだ彼に何か期待をしている。


しかし、彼の口から好きだと言う単語が出るとは思わなかった。

告白が断られた以上、昨日の言葉はほぼ無意識のような物で、てっきり本人は自覚していないと思っていたからだ。


「好きだからこそだ。俺はもう後先長くない。君はエルフなんだから、これから先とても長い時間を生きるだろ?」

自然と落ちていた視線が彼の顔へと上がる。

今、彼は何をいっているんだ?

驚きのあまり口をあんぐりと開けている私を尻目に、彼は言葉を続ける。


「俺は君に恩をもらいすぎた。俺の残りの時間じゃとても返せない。でも、俺が死んだ後君が幸せに暮らせるようにする努力はできる。俺が君の思いに応えたところで、俺がすぐに先立って君に苦い思い出を残すだけだと思う。だから…」

あ、これダメだ。

バッと彼の言葉を遮るような音を立ててフードを被り急いで下を向いて表情を隠す。

彼の甘い毒のような言葉は止み、沈黙がまた訪れる。


私を振ったのは、私が好きだから?私を想って?

これは幻覚か何かなのだろうか?現実の私は彼に振られたショックで倒れてしまっているのだろうか?

古典的にほっぺをつねってみるが、しっかり痛覚が正常に働いている事を確認する。


私は彼の寿命をあまり気にしていなかった。

もちろんノアから聞いた時は心臓がはち切れるんじゃないかと思うくらいに不安になっていた。


しかし彼を探して彼の姿を見つけた時からこの計画を成功させるまでのタイムリミットと考えたらかなりの余裕があるな、なんて考えていたし、翌日に出発するといってくれた彼を見て私の頭の中からは抜け落ちていた。


もしかして彼の心に漬け込んだり、露骨な好意を伝えてもあまり実感がなかったのも、それのせい…?


「フー…フー…ぐう…」

興奮しすぎて息が荒くなり、彼に怪しまれないように無理やり我慢する。

口角が上がっているのを自覚する。

あんな話を聞いて笑っていたら不自然に思われるだろうから咄嗟に隠したが、彼に気づかれていないだろうか。

彼は寿命を気にして私からの告白を断っていた。だったら…


それがなくなれば、彼は私のものになってくれると言う事でないか?


それからエルフの森について彼に呼び掛けられるまで、私は夢見心地でボーッとしていた。


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