#4変化と告白

「よし、持ち物確認終わりだ。」

夜に決意を固めた翌日、まずはノアとの話し合いを成功させなければリエンに報いるもクソもない。


持ち物といっても自家製の干し肉と護身用の剣、そして顔を隠せるフード付きのローブくらいのもので、バックの中身は割とスカスカだ。

冒険の時に使っていたこともありかなりのサイズなのだが、これだけ大きいのにスペースがあると何か無性に入れたくなってしまう。


スッと机の方を見る。あの時以来全く動いていないキャベ吉。机から落ちたということは自分で動いたということだから、生きてるとは思うのだがここまで微動だにしてないと本当にただの野菜みたいだ。


…入るな…

キャベ吉を抱えてバックに入れるシュミレーションをする。

キャベ吉を旅の道連れにしても良いのではないだろうか…そう考えていると後ろから足音がする。


「シルウェ、準備終わった?」

「あ、ああ…」

特に何もやましいことではないのにキャベ吉を急いでバックに入れて隠すようにしてしまった。

不審そうな目で見つめるリエンだが、少しするとじゃあ出発しよっか、と外へ出ていく。

バックを背負い、後に続いてドアを開ける。

天気は良好、清々しい晴天だ。空に手をかざし、太陽の日差しを遮る。旅立ちにはぴったりの日だ。


「シルウェ、カッコつけるのも良いけど早く来ないと置いてっちゃうよー!」

「カ、カッコつけてねえよ!」

いつも以上にご機嫌な様子のリエンに言葉を返す。彼女からしたら、長年悩まされてきた罪悪感が晴れるかもしれないのだ、テンションも上がるだろう。

そうして視線をリエンに戻す…


「え?」

「?…シルウェ?」

リエンの顔に違和感を覚える。何やらいつもより明るいというか、印象がかなり違う。

そこで違和感の正体に気づく。


「あ!目のハイライトがある!」

そう、彼女のまるでダークマターのような深い黒だった目には、うっすらとだがハイライトがあり、黒の深さも心なしかいつもより明るい気がする。

朝も見ていたはずだが気づかなかった…

お天道様の下でようやく見えるくらいうっすらなのだろうか。


「シルウェ、何言ってるの?」

「どうしたんだリエン…まさかそんなに嬉しかったのか…!?」

「!?」

そうか…ハイライトがないだの黒すぎるだの何だのいってきたのに、結局はこれも彼女の俺に対する罪悪感からによる物だったのか…心の中でネタにしていたことを少し申し訳なく思ってしまう。


「え…シルウェ、気づいてたの…?ってことはあの後の会話も聞いてた…?」

「え?何をだ?」

歩きながら言葉を交わす。気づいてた?聞いていた?どういうことだろうか。そりゃ、今日出発してノアのもとに行くことは昨日話したが、それは聞くとは言わないよな…?リエンから話してきたんだし、気づくとは何にだろう。まさかなにが隠された何かを暗示する単語でも昨日の会話に入って…

そんなことを考えていると、

リエンがあー、と首を振る。


「…何となく私が勘違いしてることはわかった。ごめんね、変なこと聞いちゃって。」

取り繕うように笑うと、リエンは前を向いてペースを上げて歩き出す。

彼女の光が灯った目で見せる笑顔は、とても綺麗だった。


「て言うか別に元からあるでしょ?そんなハイライトがあるくらいでそんなに驚かないでよ。」

「え。」

「え?」

衝撃の事実、彼女は自分の目がどす黒くハイライトがないまるで塗りつぶしたかのような色合いなことを把握していなかった。

もし村に帰れたらリエンには鏡をプレゼントしようとそう思い、彼女の後を追いかけるのだった。


少し歩いた先で、彼女が馬車を用意してくれていた。何でも専用の魔具を通して魔力を発することでそれを感知してその場所まで来てくれるらしい。なんてハイテクなのだろうか。

顔がバレないようにフードを深く被る。今更俺のことを覚えている人がいるのかもわからないが、用心するに越したことはない。


「エルフの森までお願い。」

「…」

二人で乗り込んだ後リエンが※1御者のおっさんに話しかけると、無言で頷き鞭を打ち始めた。

馬車の中でカバンの中に入れといた干し肉を取り出そうとする。

…キャベ吉はまだ眠っている。仮にことがうまく行って、村に帰れたら家に連れ帰って生態を研究したいものだ。

目当ての干し肉を取り出すと、隣からすごい視線を感じる。


「シ、シルウェ何か食べる物ない…?」

「うーん…エルフはあまり肉を好まないんだよな?あいにく干し肉しか持ってきてないな。」

リエンの視線が俺のカバンに行く…まさか…


「ねえ、さっきあの…キャベ吉だっけ?が見えた気が…」

「食べちゃダメだ。」

ちぇー、と口を尖らせるリエン。やはり明らかに昨日と比べて調子がよさそうだ。彼女の目に光がないのは俺に対する罪悪感が原因だとわかった以上、何とかして彼女の罪悪感を今日取り払ってやらなければならない。


唯一味方してくれた、信用できる、本当の意味での仲間、リエン。

家族や親しかった友人も、心配する手紙を送ってくれてはいたが、それだけ。

彼ら一般人がどうこうできる問題ではないが、やはり 行動で示してくれると一番わかりやすい。実際俺はその彼女の行動がなければ、今何をしてるか見当もつかない。


そのせめてもの恩返しとして彼女にできることなら何でもしなくては。目のハイライトがこの調子で戻れば、以前のような「近づきにくい存在」というイメージは払拭できるかもしれない。

そうすれば、彼女は完璧な女性なのだから他の、人間でもエルフでも男にモテるだろう。

それが彼女にとっての幸せであるはずだ。俺はそのためにこの残り少ない余生を使う。

昨日固めた決意を再確認していると、リエンの声が耳に入る。


「ねえ、シルウェ。」

何か少し重い空気を感じるが、大事な話だろうか?


「何だリエン。」

「あの、さ。」

言葉に詰まっているリエン。先ほどからの元気な様子からは程遠く、深刻そうな顔をして何やら迷っている様子だ。


「…」

「…言いたくないなら言わなくてもいい。」

ついに黙り込んでしまって俯いてる彼女に向かって言葉をかける。そこまで言いたくないなら、いう必要なんて微塵もない。


「いや、言う。言うから、しっかり聞いてて。」

「わかった…」

リエンはこちらに向き直る。どうしても目に視線がいってしまい、彼女にはハイライトがなかった自覚がないらしいので気づかれてないか少し心配になる。彼女の目は何故か少し涙ぐんでいた。


「あのさ、私、シルウェのこと…」

必死に紡がれるその言葉は、俺の決意とは全くの逆で、それはダメだと自分で決めた事。


「リエ「愛してる!私とお付き合いから始めてくれませんか…?」

リエンの細い手で片方の手を握られる。ギュッと力が込められるこの腕はかすかに震えていた。

もう片方の手で握り返してあげると、震えは微かに弱まった。


「し、シルウェ…これって…」

「リエン。悪いがそれはできない。」

「え」

その時、握り、握られていた掌の力が強くなり、

彼女の瞳の黒が元に、いや前より深くなったのを俺は見逃さなかった。


※1馬車を操縦する人。











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