第5話 ナイト  百井ーside2-

出社後すぐに昼過ぎまで外回りの予定を組んでいた俺は朝礼後、弁当を持ってアポイント先へ向かった。

思いのほか1件目が早く終わり、2件目の間に1時間半の隙間が空いた俺は早めの昼飯にしようと思い公園のベンチで菜々美の弁当を広げた。

色とりどりのおかずに、白米が進む。完璧な弁当。完全に胃袋を掴まれている俺は、積み重なっていく菜々美への気持ちがより一層深みを増してゆく。


味わいながら食べた弁当は、食べ終わるのに15分もかからなかった。


すべて順調に終わり、12時過ぎには帰ってこれた俺は小腹がすいたので、みんなの昼休憩に混ざって食堂へ向かった。

(おっ、菜々美がいる。あ‥‥)

後ろ姿を見ただけで菜々美だと気づいてしまう俺は、ちょっとキモイとすら思う。

けれど、菜々美は1人ではなく、後輩の水澤と楽しそうに会話を弾ませていた。

イラッ–––––。

(あいつも、菜々美を狙ってるのか?・・・。)

菜々美に話しかける男はたとえ仕事の話だったとしても、ついよからぬ方の答えを導き出してしまう。

(はぁ、俺は本当に小さい男だな・・・。)

そう思いながら、券売機で食券を買っていると出入り口付近で食事中の女子どもから不穏な会話が聞こえてくる。

『ねぇ、見てよあれ。後輩までそそのかしてるわよ。』

『対して可愛くもないくせに。ねぇ』

『この間なんて、営業企画まできて楽しそうに百井さんと話してたわよ–––––––』

俺がすぐ後ろで聞き耳を立ててることなど気づかずに彼女たちは菜々美の事をボロカスに話していた。

(もうちょっと、場所を弁えるという思考には至らないのだろうか。)

女のしょうもない井戸端会議とはこれの事か。


俺は何事もなかったかのようにランチプレートを注文し、菜々美の席へ向かった。

水澤が菜々美から【あーん】を要求する体制に入っているのを見て、いても経っても居られなかった。

(俺ですら、やってもらったことなのに。俺より先にそんなことはさせない。)

そう思った俺は、気づいたらデザート用に選んだ菓子パンを水澤の口に突っ込んでいた。

そして隣に座るタイミングで、菜々美の座る背もたれに手を掛け、女子グループの視線から菜々美を守るような格好で遮り、俺は聞いていたぞと言わんばかりの目つきで女子たち一人一人の顔を睨んだ。

「キャ–––」

数人の小さな悲鳴が聞こえた。

後からまた何か噂されなければいいけど・・・・・・。


水澤が戻った後、しばらくして俺たちもそれぞれの職場に戻り午後の仕事をスタートさせた。

午前の分の報告書と溜まっていた先週分の書類仕事をまとめていると、部長から他のグループを含めた2課の全員宛にメールが一斉送信された。

同じタイミングで読んだせいかフロア全体がとてもザワザワしている。

内容は、先週菜々美が見つけた横領についての報告書だ。

どうやら熊井さんは金曜日に解散した後に課長宛にメールを送っており、休日出勤をして早々に処理をしたらしい。

どおりで朝から山田も村上さんもいないわけだ。

2人は処分が決まるまで自宅での謹慎処分らしい。

一様、他の部署へは【他言無用】と書かれているが、まぁ無理だろうな。

他部署ではあるが、菜々美もこの件に関わっていた為、部長に許可をとり菜々美にメールを転送しておいた。

既に菜々美もデスクに居たようで、返事が届いた。

【百井殿 承知した。メンバー減おつ。検討を祈る。 吉崎  】

会社のメールでなんちゅー送り方してんだアイツは。と思ったのも束の間、CCには誰も入っておらず、俺だけに送られたメールだった。

ぬかりないやつだ。

騒ついていたフロアも静けさを取り戻し、タイピング音や紙をめくる音がフロアに響く。


ふと腕時計が目に止まり、16時半。無性にコーヒーが飲みたい気分だ。

我が社にはちょっと広めのレストルームがある。ミーティングなどができるように円卓とイスが置いてあるため、多くの社員が利用していて、普段は混雑しているが、この時間帯であれば利用者は少ない。

自分用のマグカップをデスクから取り出し、スマホと一緒にレストルームへ向かった。

やはりそこには数名の社員しかおらず、全員がスマホ片手にコーヒーを啜っていた。多分みんな、おサボり中だ。

数人の会話の中に、聞き覚えのある声がした。

声のする方を向いてみると、そこには熊井さんと菜々美がいた。

近寄ってみると、なぜは菜々美の瞳が潤っていた。

「お疲れ様で・・・す・・・・え、何かあったんですか?」

「あー、あれだ。あ、おれじゃねーぞ?」

「はぁ、ズズっ。お前のセーだ、コンチクショっ」

「は?エ?!どういうこと?」

熊井さんから状況を聞いてみると、菜々美が秘書課の女子3人に囲われていたらしく、話の最後らへんで熊井さんが登場したようで、会話の内容はほとんど知らないらしい。

「なぁ、また何か言われたのか?」

菜々美は黙ったまま俯き、目の下を真っ赤にさせて何かを考えている。

ガタンっ–––––

「…はぁ、クソだるい。…ズビっ…定時。疲れたから帰る。ズズっ」

そう言って急に立ち上がり力なく出口へ向かおうとする。

「あ・・・おいっまてって」

パシっ––––––思わず掴んだ腕を簡単に振り払われてしまう。

「後で家によっ––「来たら殺すっ」」

「めっちゃキレてる・・・・。」

涙を堪えるあいつを追いかけて、抱きしめてドロドロに甘やかしたいところをグッと堪える。

あいつの性格は理解しているつもりだ。

悲しくて辛くて泣いていたと言うより、悔しくて泣いていたんだろう。

きっと何か言われたんだろうが、熊井さんが乱入したことで、言い返す暇を与えずに女子が退散したのだと思う。

(今何か言っても、聞く耳持たないだろうからとりあえずそっとしておいた方が良さそうだな・・・・。)

「モテる男は大変だなぁ。でもまぁ!あれだな。本命以外に好かれる気持ちはわかるぞ!」

俺はまた、菜々美に嫌な思いをさせてしまう。あいつの笑顔が見たいのに、俺の隣で笑っていてほしいだけなのに。俺は同じことを繰り返している自分に怒りが沸々と沸いてくる。

「熊井さん。その秘書課の3人見たんですよね?」

「え?あー。まぁ。」

「熊井さん。今から付き合ってくれますよね?」

「え?ん?––––ん?」

熊井さんを連れてその女子3人のいる秘書課に向かった。


けれど俺はこの時、菜々美を追いかけなかった事に、心底後悔した。

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