第4話 相互関係
モゾモゾッ––––––
「んnー……」
体が完全に冷め切って、夢の中をウロウロしながらも、毛布を手繰り寄せる。
けれど、それ以上に温かいものが近くにあると気づいた時、それを抱き寄せ、暖を分けてもらおうとする……コレは人間の動物的本能なのか。
私は、寝ぼけいていた。
寒さを感じ服越しに伝わる温もりが、本能的に温かいと感じる何かにギュッとしがみつく。
しがみついたモノもそれに優しく答えてくれる。
ぎゅっ
(あたたかぃ……ん?あたたかい?……)
枕にしては硬く温かい何かに包まれて、違和感を感じつつ、ごく最近触れた記憶があるような…ないような… ゆっくりと昨日の記憶が蘇り、やっと思い出したそれは…百井の厚い胸板だと気づくのに、1分もかからなかった。
「っひゅ……」
(デジャビュ……)
じんわりと背中にかく冷や汗が、熱を帯びる。
向かい合い抱きしめ合っている体勢で、自分の失態がバレないようこっそりと、自らしがみついていた腕を百井の身体から離そうとしたが、私の背中に回る百井の腕が、獲物を逃さまいと力がこもっているのがわかる。
恐る恐る百井の顔を確認すると…
「おはようさん。熱い抱擁をどうもありがとう。」
百井は起きていた……。
「うっ、……おはよ……今何時?」
「6時10分」
(ちょっと早いけど、起きよ…)
モゾモゾ…
「……あのぉ…」
「ん?」
「起きたいんですが?」
「まだいいじゃん?」
そう言って、百井は私の体をギュッとしたまま、離さない。
「…そもそもなんであんた私のベッドで一緒に寝てんのよ…。客用布団どこにあるか知ってんでしょーが。」
「メンドクサイなと思って、なんとなく?」
「ん゛ー。……はぁ、まぁいいや。‥‥ちょい、準備しないといけないでしょーがっ!ふんっ!」
勢いよく力を入れて、百井をはがそうとするが全くびくともせず。
「っふ…よっわ」
「…はぁ。もぅ、分かったから…離してちょーだい」
「………へーへー」
ギシッ
やっと解放された私は寝間着のままキッチンへ行き、お弁当の続きと朝食作りを始めた。
「俺のもある?」
「目玉焼きとソーセージとお味噌汁でいい?それか、昨日の残りものとかもあるけど」
「いいねぇ。全部食べよう。」
「え。さすがに無理くない?時間的にも…」
「いける。‥‥え、車乗っていくだろ?」
「あぁ、そっか。なら時間はあるわね。じゃぁお言葉に甘えさえていただくわ」
「うむ。…俺も何かできることある?」
「んー。いいや。温めるだけだし。それよりも支度してきな」
「うぃー」
私たちはゆっくりと朝食をとりながら会社の話をした。
「「いただきます。」」
もぐもぐ…
(安定の目玉焼き…うまし…)
「味噌汁…久々に飲んだ…しみるー」
「ねぇ、そういえばさぁ、この間の不正問題どうなるんだろうね。」
「んまぁ、熊井さんが今日の朝一で報告するとしても、今日明日でどうにかなる話じゃないだろうし、でもまぁ、良くて左遷。悪くて自主退職?」
「んー…。ま。考えたところで、私は部署違うから飛び火なんて来ないだろうし、結果だけ教えてね。」
「…お前…本当にいい性格してるよな。」
「ふふふ。それほどでもぉー」
―――――「「ご馳走様でしたー」」
食後、百井がお皿洗いをしてくれるということのなので、その時間を使って私は自分の身支度を済ませることにした。
キッチンへ戻り、百井を見ると腕まくりしたワイシャツに女性もののエプロン姿をしていた。まぁ、仕事着がビショビショになるのは悲しい。が、決して私が着けるようにたきつけたわけではない。正直、滑稽なのだがそれよりももっと…。
軽く腕まくりした袖から見え隠れする筋肉の筋がとてもイイ。たまらん。
たった一瞬の出来事を堪能し、時間もちょうどいい時間になりお弁当とカバンを持ち二人して玄関へ向かった。
「…菜々美」
「ん?―っ!」
チュッ
それは突然だった。
北側に玄関がある為、早朝は少し暗くて、肌寒い。
下駄箱に手を掛け荷物を持ったまま靴を履き、カバンの中に入っている玄関の鍵を取り出そうと、ゴソゴソしていると、不意に百井から名前を呼ばれ、何も考えず振り向いてしまった。
何の前触れもない、突然の触れるだけのキス。
「…えーっと?」
私の脳内には、昨夜のここでの出来事がフラッシュバックする。
「ここでのこと、忘れてると思ったか?」
そう言いながら、百井の片腕が私の腰に巻きつき、私の目をまっすぐと見つめてくる。
「いや。いやいやいやいやいや。あれは、あれでしょ?酔った勢いで…的な奴でしょ?」
「…知りたい?…行ってきますのチューしてくれたら、教えるけど?」
酔っているかのような甘い声で囁く。
「い、いえ。間に合ってます。ご遠慮します。はい。」
「ちぇっ」
そう言ってつまらなさそうに玄関を開け、何事もなかったかのように車に向かった。
百井の背中を追いかけてそそくさと助手席に乗り、2人の間に一瞬だけ気まずい空気が流れる。
「忘れ物はないか?」
「え、あぁうん。」
「行きまーす。」
「お願いしまーす。」
「……。」
いつも車に乗るとき、彼とはどんな話をしていただろうか。
思い出そうとしても、思い出せない。たわいもない日常の一部だったそれが、急に意識して会話をしようとすると、どうやって切り出すべきかわからなくなる。
流れる景色を見ながら、滾々と頭の中で百井との今までの時間を思い出し整理してみる。
けれどいくら考えても、現状維持が私の中では最大級の価値になるのだ。
「……ねぇ。」
「……ん?」
「あんたと私が、親友で居続けるにはどうすればいい?」
「……。え、俺もしかして告白すらしてないのに、ふられてる?」
「…おん。」
「…えー。それはちょっとなぁ」
「あ゛?いや、好きか嫌いかと聞かれれば、好きだけど。…恋愛関係ってなると色々とこじれるじゃん?面倒なんだよなー。今のままじゃダメなわけ?」
「おん。」
「即答なのね…。」
それからは会社に着くまで百井も私も言葉を交わすことはなかった。
百井が何を考えているのか理解できないまま、私は助手席から出勤ラッシュの流れる人ごみの交差点を、ただじっと眺めていた。
私はそもそも、誰かと色恋沙汰をしたいという願望がない。
独りで好き勝手して平穏な生活を送っている今の方が大事であって、家庭を持つという未来が全く想像がつかないのだ。
そうこうしている間に会社の地下駐車場に着き、私たちは何事もなかったかのように出社した。
「んじゃ、そういうことで。今週も頑張っていきましょー」
「え、あーうん。がんばー。いってらー。」
「おう。」
いつものように席につき、いつものように仕事をこなし、フッと集中力が切れたタイミングで、時計を見ると時刻は12時を指していた。キリの良いところでPCの電源を落とし、お弁当を持って食堂へ向かった。
(混んでるなぁ・・・どっか隅の方空いてないかなぁ)
我が社の食堂は、カフェの本社ということもあり、店舗で取り扱いのある飲食をベースに軽食から定食など、レパートリーがとても豊富で味も良い。値段に関しても外食するよりは安いが、まぁ毎日となるとそこそこすると思う。
私は、食堂の奥の方に6人掛けの席が空いていることに気づき、さっと行って、端っこの椅子に座りお弁当を広げた。
「…いただきます。」
日当たりが良く若干ピクニック気分になるレベルでぽかぽかしてる。
(はぁ、公園行ってピクニックしたい気分になるなぁ。・・・・)
だが、食堂がとてもガヤガヤしてるので、まぁ我に返るのも早かった。
(さっさと食べて、デスクに戻ろう。)
「あ、センパーイ。お疲れ様です!お昼ご一緒してもいいですか?いいですよね!お邪魔しますー」
「水澤くんお疲れ様。今日は外回りだったの?」
声をかけてきたのは水澤俊くん。一個下で部署自体は一緒になったことはないが、以前プロジェクトで一緒になったことがあり、今でもすれ違えば挨拶をする程度。
「いいえ、書類を届けにきたついでに久々に先輩とお昼一緒に食べたいと思って、探してました!」
彼はそう言いながら私の向かいの席に座りニコニコしていた。
「あんたは、いいこだねぇ。可愛いねぇ。ほら、飴ちゃんあげるよ。」
彼は好奇心旺盛で周りを元気に巻き込みながら、仕事は真面目にこなすできる子くんなのだ。
「先輩・・・。おばさんくさいです。それに僕は可愛いよりもかっこいいって言って欲しいです。」
「うんうん。そんなところが可愛いよ。」
「んもぉ!....そんなことより先輩。先輩のお弁当美味しそうですね。手作りですか?」
「ん?そうね。社食も美味しいけど、内勤だと量が多いのよね」
「あーそういうことですかー、美味しそぉだなぁ。先輩、その卵焼き食べたいです。僕のこのデザートと交換しません??」
水澤くんは、社食の定食についているデザートのゼリーを交換条件に差し出してきた。
「別にいいけど、お腹痛くなっても私のせいじゃないからね?ふふっ」
正直ゼリーはどうでもいいが、あと2つあるので1個減ったところでどおってことない。
「わーい。」
「ん-、私のお箸、もう口付けちゃったから自分でとってもらえる?」
「・・・あー」
水沢君は口を大きく開き、餌を待つコイのように口をパクパクさせ、まだか?と目で訴えてくる。
けれど正直、隅の席だからと言って職場でのそういった行為は避けたい。
また社内レディースたちからの面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
かといって、この無邪気さは無意識なのだろうとも思ってしまう。
彼を傷つけずにどうやって自分で食べさせようか迷っていると、後ろから手が伸びてきて菓子パンを、水澤君の口に雑につっこんだ。
「うぐっ!・・・(もぐもぐもぐ。)んも~モモ先輩ひどいじゃないですか!僕卵焼きだと思って期待したのにぃー」
驚きと同時に、後ろに振り向いたらそこには百井がいた。
「はぁ、水澤さぁ。場所をわきまえろ場所を。隣座るぞ?」
そう言いながら、百井はしれっと私の隣の席に座りお弁当ではなくランチプレートを置いた。
(ランチプレート?‥‥なぜ?)
「あぁ、うん。お疲れ・・・あんた、お弁当は?」
「ん?あぁ、2時間前に早弁した。」
「は?・・・・。っふ。ちょとまって。うそでしょ?www早弁って・・・www高校球児じゃないんだから・・・あの量を早弁した挙句に、今からランチプレート食べようとしてるの?www面白すぎ・・・っくっくっく」
正直面白すぎた。
私はツボにはまってしまい、今いる場所を考え大笑いするをのこらえるためにお箸を持ったまま顔を両手で覆ったが、我慢できず肩を揺らしながら百井の腕にぶつかった。
「うるせっ。いつまで笑ってんだ。」
ぶつかってからもずっと笑っている私に、百井は痛くないチョップを私の頭にかましたのだ。
「いたっ。―――っふ。ごめんて。―――っふっふっふ―――はぁーーあ。笑った。っく・・・・・っふふ」
「――――先輩がそんなに笑ってる所初めて見ました・・・。」
「へ?そう?――――」
「はい。いいなぁ。モモ先輩ずるいです。僕も仲間に入れてくださいよぉ」
「嫌だね。俺とこいつの間に入る隙間なんてないんだよ。」
「え。お二人は付き合ってるんですか?!」
「付き合ってないわよ。本当に。」
私は間髪入れずに即答した。
「怪しい・・・・。」
「お前なぁ。そこは合わせろよ。」
「いやよ。こんな純粋そうな子を揶揄っちゃかわいそうでしょうが」
「はぁ、お前な。男の見た目が純粋そうに見えたとしても、意外と中身は…ってこともあるんだぞ?」
「・・・・いやいやいや。やめて、私の中の水澤くんを汚さないで」
「・・・・。」
「あの〜。本人の目の前で、僕をネタにイチャイチャするのやめてもらっていいですかぁ。」
「水澤くんや。これは、世の中ではイチャイチャとは言わないよ。」
「何言ってるんですが。周りの人間からしたら、先輩たちの距離感って完全にカップルですよ。いや、もはや夫婦ですよ。」
「え。」
私は思わぬ返答に驚きが隠せなかった。私の中では、百井とは親友程度の距離感を保っていたつもりだった。いや、まぁ昨日&今朝方に若干脱線した気はするが。
でも、他人から見たら
「だろぉ。だから、水澤あきらめろ。お前の入る場所は空いてない。」
「もぉ~。先輩。百井先輩に飽きたら、僕がいつでもお相手しますからね。そうだっ先輩!今度っ…」
ヴーッヴーッヴ―ッ
水澤君が何かを言いかけたその時、彼のスマホが私たちの雑談にピリオドを打った。
「あー、ちょっと電話出ますね。―――はい、水澤です。―――お疲れ様です。―――はい。あー、はい。えぇ、――――」
彼は、さっと仕事モードの顔つきに切り替わり、電話口の相手に真剣に受け答えする。
「はぁ…タイムリミットです。部長からのお呼び出しでした。」
「おぉ、期待の星は大変だなぁ。頑張れよっ!」
「それ、喧嘩売ってます?一番の出世頭に言われても、なぁーんにも嬉しくないですよ。」
水澤君は、残りの定食をパクパクと早口で食べデザートのゼリーの器だけを私の前にそっと置いた。
「じゃぁ、先輩。お先です。今度一緒にご飯行きましょうね。二人で。」
椅子から立ち上がりながらそう云い捨て、そそくさと退散していった。
「ん?あぁ、うん。行ってらっしゃいがんばって―――」
逃げ足が速いというか、トラブルでもあったのかと心配に思うレベルに急いで出ていったのだ。
「‥‥あいつ、かましていきやがった…」
「ん?カマス?」
「いや何でもない。…お前も、簡単に返事してんじゃねーよ。」
「えーっと。全然話がつかめない。」
「は?…」
「え?…」
この後、新たなトラブルが私を襲う引き金になったことに気づくのは、そう遠くないことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます