第3.5話 時間の共有
時刻は11時になろうとしていた。
「そろそろ始めるかぁ!」
「そうね、お腹が空いてきた。」
私たちはキッチンへ行き、お惣菜を温めたり、簡単なサラダのようなものを作り2人だけの飲み会をスタートさせた。
「「乾杯」」
「んまーーっ昼からの酒は特別うまいな!」
「ふふっそうね。最高。」
乾杯の音頭とともに胃に染み渡るお酒が、私の表情筋を動かす。
ウットリと目を閉じ無意識に私を穏やかな顔にさせるのだ。
何の変哲もない、友人との昼食の時間が、とても平凡で心地いいと感じる。それはきっと、百井だからなのかもしれない。女友達とこういった時間を過ごしても楽しいとは感じても、ここまで穏やかな気持ちにはならないだろう。
「もぐもぐもぐ、これうまいぞっ当たりだ」
「…う゛っ、もぐもぐもぐ、んんっ!美味しい!長いことあのスーパー行ってるけど初めて食べたわ」
百井はカレー味のコロッケを私の口に突っ込んで食べさせた。
カレー独特の風味が口の中に広がり、意外とスパイシーかも?と思ったが、後からかぼちゃの甘味が口の中に広がったので、その甘みが辛さを抑えているのだろう。
うん。これはリピート確定だ。
「なぁ、例のドラマ見ようぜ。」
「ん?…あぁ。でもあんた興味ないでしょ?」
「興味はある。お前がどんな男に惚れ込んでるのか、親友として見定める。」
「ッフ、ははははh。何それ。何目線なの?ッフふふ」
「いいだろ。早く見よ」
「なら1話から見た方が話わかるわよ、先週分合わせてまだ4話しかやってないから」
「よし。俺がしっかりと見定めてやる。」
「ッフ、ドラマの役で見定められても…っっw」
私はTVをつけドラマの1話から再生し、お酒とつまみを堪能しながらお互い集中してドラマをみた。
2時間ほどたち、現状まだ話が読み込めない百井は私に説明を求めてきた。
「なぁ、主人公A子とこのB男は歳の離れた幼馴染なんだよな?」
「ん?うん」
「で、C男と主人公A子は大学の同級生だんだよな?」
「うん」
「ほんで、A子はB男のことが好きで、でもC男はA子が好きなんだよな?」
「んー、うん。今の所はね」
「…んー。でお前の推しはB男なんだな」
「YES!」
「………ふーん」
「どうよ。」
「…別にっ。まだ2話だしな。好青年系をきどってるのかも」
「失礼な。この役では感じの良いお兄さん的な役よ」
「A子とB男は両思いなのか?」
「さ〜?まだ2話目だし、私もこのコミカライズは読んでないから結果は分からない」
「……。よし次見よう。」
「あなたはどっちがくっつくと思う?」
「……。俺の希望はA子とC男かなぁ」
「希望って…予想じゃないのね……フフフ」
百井はそう言って、3話も見始めた。
「私トイレ行ってくるわ。」
「ん、じゃあ停めとく」
「私3話目見たから続けて良いわよ」
「そ?じゃぁお言葉に甘えて。いってらー」
私は一度トイレにたち戻ったら、百井は真剣に?ドラマを見ており、ビールを飲みながら、日本酒も開けているところだった。
TVの中ではA子とB男が微笑み合い、B男がA子の頭を優しく撫で、A子は頬を赤らめていた。
–ドラマシーン–
『––––A子、実は水族館のペアチケットもらったから、今から一緒に水族館へ行こうか。』
『えっ!!!いいの!?––––うんっ!行きたい!』
その会話を大学の入り口でやりとりしていたため、たまたま居合わせたC男が嫉妬し、2人の後を追い水族館へついて行った。
A子とB男は手はつないでないものの、距離が近く肩が触れ合うほどの距離におり、大きなガラスの前で、美しい魚たちや大きな魚に興奮するA子を、愛おしそうにB男が見つめていた。
それを見たC男は、悔しそうな表情をしてどこかへ行ってしまった。
–––––––––
集中してドラマを見ていた百井に私は実はちょっと好きなシーンだったため、つい声をかけた。
「見た?このシーンかっこよくない?B男のビジュやばくない?」
「ふんっ。キザだな。なんでわざわざA子を誘いに来るんだ?こいつ社会人なんだろ?」
「うん。設定では大学時代に起業して成功してる社長さん」
「ふーん。」
「フフフっ、何よ」
「べっつにぃ〜」
「…A子が気に入った?」
「…いや、そうでもない。」
私たちは引き続きドラマを見ながら、お酒とつまみを堪能した。
正直、百井がここまでドラマをちゃんと見ている事にとても驚いている。
どちかというと、サッカー観戦や野球観戦の方が興味ありそうなタイプ。
ちょっと感心していると、来客のチャイム音が鳴った。
ピンポーンッ
「ん?誰だろう?–––––パタパタパタパタッ––––はーい、あぁ将斗くん。ちょっと待って今いくねー」
玄関モニターで確認したところ、父の姉である翔子さんの子で花島将斗(ハナジママサト)くん21歳大学3年生。近くに住んでいるのだが、時々私の様子を見に来てくれる。
年齢は私の方が上なのだが、親族関係で言うと、将斗くんは私の叔父さんと言う形になる。
「……。」
パタパタパタパタッ––––––ガチャンッ
「ふぅ、お待たせ。」
玄関を開けた瞬間、一気に湿気が私を包み込みじっとりとする。
「ななちゃんこんにちわー。いつものー。かーさんが持ってけって」
将斗くんはニコニコしながらそう言って、両手に野菜やお惣菜をつめた袋を2つ下げていた。
「わーありがとう!!いつもごめんね!しかも雨降ってたのにっ–––––わーいっぱい!うわっ美味しそー!しかも重かったよねッ」
「小雨のうちに行ってこいって言われた。ついでに一緒にご飯食べてこいって言われたんだけど……おじゃまだったかな?だれ?」
ん?だれとは?ここからリビングは見えないはず…
一瞬ドキッとして将斗くんの顔を見たら、さっきの笑顔はどこに行った?と言うくらい怒った顔をして、私の後ろを見ていた。
まさかと思って後ろを振り向いたらそこには、百井が壁に寄りかかってこっちに手を振っていた。
「ちょっと。なんであんたまでくんのよ。」
「ん?なんとなく?」
(なんだそれ)
百井はそう言いながら、私のすぐ後ろまで来て肩がぶつかった。
「ななちゃん、彼氏できたの?」
「そう」「いや違うから––––ちょっと、やめなさい。」バシっ
なぜ、肯定する?
「彼氏ではないけど、一つ屋根の下で日曜日に部屋着で過ごすほどの中ってこと?」
「ッフ、菜々美、中に入って貰えば?」
「ななちゃん。入れてくれる?」
「ん?あぁ、うん。どうぞあがって?」
「おじゃまします」
ガチャンっ–––––パタパタパタ
「––––––ななちゃん!昼からお酒飲んでたの?しかも男と2人で?!」
「え、あ、うん?」
なーぜそんなに驚く?
「菜々美、こっち」
百井はソファーに座り、ポンポンッと、自分のすぐ隣に座れと指示。
私は隣に座るが少し距離を空けて座った。
(なんなんだ?もう酔ってしまったの?)
「将斗くんだっけ?そっちにどーぞ」
「…ありがとう…ございます。」
えーっと……空気重っ……完全に酔いが覚めた。
「将斗くん紹介するね、同僚で同い年の百井遼汰。百井、こっちは父方の親戚の花島将斗くん大学…3年生?」
「よろしく。」
「どーも。……ななちゃんとはどういったご関係なんですか?」
「…。」
ドサッぎゅっ
(痛っー)
百井は少し離れて座った私を、後ろから腰に手を回し自分の方に寄せて、将斗くんに向かって意味ありげに微笑む。
「どういう風に見える?」
「ちょっ……」
私はすぐさま自分の体勢を立て直し、ソファから離れようと試みるがそれは百井の腕によって阻止される。
ガシっ
「うっ」
百井の目が笑っていない。そして将斗くんも……
「付き合ってはないんですよね?」
「付き合ってないよ、将斗くん。私たちはいわば親友同士でよく飲みに言ったり来たり…今日はたまたま私の家だっただけだから。そして、こいつが酔って悪ふざけしてるだけだから、気にしないでっ」
「ずるい。何度も行き来してるの?……でも、付き合ってないってことは、俺がななちゃんと遊んでも誰も怒る権利はないってことだよね?––––ジーッ」
将斗くんは私に言いながら最後は百井をじっと見た。
「―――――。」
「ん?––––––」
んーっと、私と遊びたい?
「ねぇ、ななちゃん。俺もななちゃんと遊びたい。俺ももう二十歳過ぎてるからお酒飲めるんだよ?俺とも遊んでよ。」
「あぁーっと、そうだね。今度どこか行こうか……」
「うん!お酒も一緒に飲みたい!」
うわ、すごい満面の笑み…。これは期待を裏切れないな。
今時の大学生ってどこに行きたいんだろ?ネズミーランドとか?
けれど、とりあえず今はこの重たい空気をどうにかしたい……
話を逸さなければ……
「えぇーっと、将斗くんごはん食べるよね。ちょっと待っててね。」
「あ、…いいや、今日のところは帰るよ。」
そう言って、将斗くんはそそくさと鞄を持って立ちあがり、玄関へ向かってしまった。
「っえ?あっちょっとっ!でもおばさんにご飯食べてこいって言われたんじゃないの?」
私は慌てて将斗くんを小走りで追いながら話を続けた。
「大丈夫!これから自動車学校だから!」
「え?車の免許とってるの?……ん…?いや、この間とってなかった?」
「違うよー。フフフ。俺大型2輪の免許、今とってるだー。へへへ」
「え!!!良いじゃん!―――ん?でもおばさんよく許してくれたね。説得大変だったんじゃない?」
将斗くんは靴を履き傘を持ちながら、クルッと回って説明を続けた。
「ん、まぁそこはありとあらゆる手を使って。––––––ってことでさ、ななちゃん俺の免許が無事に獲得できたら、一緒にツーリング行こうね!」
「ふふふっそーね、私も最近行ってないから、将斗くんが免許取れたら行こっかツーリング。私がお手本となってあげるわ。私のバイク、メンテナンス出しとくよ。」
「わーい。約束だよ?忘れちゃダメだよ?」
将斗くんは私に向かって小指をさっと出し、私も釣られて指切りをしてしまった。
「じゃぁ、またね!タッパーは今度取りに来るから!」
ニッコニコしながら玄関を出て行った。
ガチャンっ
「ッフ、なんだったんだろう?」
たった数分の旋風のような出来事だったが、とても重くて長い時間に感じた。
今まで、何度か同僚を招待したことがあるが決まって金・土曜日のどちらかのみだっので、将斗くんと鉢合わせすることもなかったのだ。
にしても、百井の態度にちょっとイラッとした…。
私は戻って百井に一言文句を言ってやろうと、玄関の鍵を締め、クルッと回って戻ろうとしたら–––––ごつんっ、ぼふっぎゅーっ
「…っ、痛っ…んぐっ…」
視界が真っ暗。
おでこがなにか硬いものに当たり、じんじんとしている。
何かに締め付けられていて全く身動きができない。
というか、息ができない…。
ほんの一瞬恐怖を感じたが、微かな香水の香りとお酒の匂い包まれて、直ぐに今の自分がどう言う状況なのか理解した。
私は今、正面から百井に抱きしめられている。
「…モゾモゾっ、ぷはっ……ちょっ、ちょっとなに?!」
「…。」
いつも戯れ合う時のような力加減はなく、少し力が入っていて、正直痛い…。
「ねぇ…うっ、ちょっと、酔ってるの?痛いんだけどっ––––ペシペシペシっ」
私は、離して欲しくて百井の背中を力無く叩く。
私の短い腕では百井の分厚い胸板は一周まわらず、強く叩こうとしても肩関節がホールドされているので、肘より下しか動かせなかった。
ずっと黙ったままの百井は微動だにしない。
「え、ねぇ、聞いてる?…まさか寝ちゃったの?––––おぃ…」
「–––––俺、菜々美がバイクの免許持ってんの初めて知ったけど?––––あいつと2人で遊ぶのか?」
百井の声はとても弱々しかった。
「え?あぁ、うん。そうね。約束しちゃったし…。」
「…ふーん。いつ?俺とはもう遊んでくれないの?」
「ん?――――――えーっと、とりあえず離して欲しい…かな。」
「ねぇ、俺とは?–––––」
「お、落ち着いて…酔ってるのね…。」
百井の腕の力が弱まったと思ったら、スルッと腕がほどけ、片手は私の腰に周り、もう片方の手で私の頭を撫でながらゆっくりと下に滑り落ち、頬を優しく包んだ。
その大きな手で、耳を撫でられ少しの動揺が顔に出てしまう。
おでこが触れ合い百井は視線をずらしたまま私の答えを待つ。
沈黙を破ったのは百井からだった。
「なぁ、答えて…じゃないとこのままキスするよ…」
「はっ?」
(いや、いやいやいや…くそっ力が入らない…)
どうにか離れようとしても、びくともしない。
百井のまつ毛はとても長い……私から見ても百井はとてもビジュが良い。
現在の距離、ほぼ0センチ。
揺らぎそうになる心を鎮め、動揺を隠しながら答えねば…
だめだ。私は百井とは一線を超えてはならない。
ここで変な答えを出してしまったら、きっと期待をさせてしまう。
とりあえず当たり障りのない答えを出してこの場から逃げ出したい。
「あ、遊ばないとは言ってないじゃなっ––––んんっ!まっ…ふぁっ…クチュっ…」
言い切る前に百井は私の口を塞いだ。
驚きでぎゅっと継ぐんだ私の口を百井は舌でノックし、緩んだ私の口に間髪入れずに侵入してくる。
人とキスをするのは何年ぶりだろうか。
久々のキスはビールの味がした―――。
何度も角度を変え、私の思考を奪う。
浅く深く、口の中を這う舌が、私の脳に毒を回す。
「ぢゅっ…チュっ…ハァ…ぢゅっ…ぢゅっ」
「んっ…クチュっ…まっ…」
負けじと抵抗をしようとするが、逃げ出そうとする私の頭を、後頭部に手を回し捉え、その手の親指が私の片耳を掠める…たまらず変な声が出てしまう。
「あっ、んんっ–––クチュッ––んっ–––」
「っぢゅ!…チュっ」
絡み合う舌が水音を激しくさせるが、奪われるように吸い尽くされる。
「はぁ、んんっ」
「ハァハァ––––ちょっと……どう言うつもりよ……」
口だけは解放され、視界がぼやけながらも静寂の中に広がるのは私たちの吐息だけ…私たちにしか聞こえないその音の大きさは私と百井の距離を物語っていた。
「チュッ–––ッフ……よし。今は、それで許してやる……先手必勝だな」
今度は、触れるだけのキスをし、そう言って、スルッと私から離れ何事も無かったかのように百井は階段を登ってリビングへ向かった。
「……、は…先手必勝…‥?…は?」
取り残された私は、ポカンとそのばに立ち尽くした。
(…え、えぇ……。い、いや待て待て待て。ん?んーッと)
今のはどう捉えるべきなのか…。
お酒が入っているせいか、完全に思考回路が焼け切っていて、私の頭はエラーが起きている。
(冷静になれ…冷静になれ…ふー、ひっひっふー、ひっひっふー、スーハースーハー)
脳に酸素を回し、ひとまず落ち着く私。
よし!考えてもどうにもならない……とりあえず、戻ろう。
数分してリビングに戻ったら、百井はソファーで脚と腕を組みながら下を向いていていた。この数分で出来事を反省でもしているのだろうか?
テーブルの上にはスーパーで買った日本酒の1合瓶が2本空になっていた。
少し気まずいと思い、私は向かいのソファーに座り、動かない百井をジッと見つめた。
一瞬、引っ叩いてやろうかと思ったが、耳をすましたら、なんと百井から寝息が聞こえた。
と、言うことは。
先ほどのキスは酔いが回って、ただのアクシデント?と言うことなのだろうか?
(え、もしかして、この人、起きたら全部忘れてましたーってパターン?いやでも、そもそもこのくらいで酔うような奴ではないはず……)
空になった瓶のアルコール度数を確認しても、まぁまぁな程度。
まぁ寝てしまった酔っ払いを起こしたところで、記憶飛んでましたっ、てなってくれた方が、都合が良いような…気がしなくもない。
と思い、ソファの隅に置いてあったブランケットを百井の膝にかけ私は百井をそのまま寝かせた。
(起きた時の反応を見て考えよう…)
寝ている人の近くでTVを見るわけにもいかず、時間もまだ16時前。
飲みかけのお酒を持ってキッチンへ行き、作り置きの惣菜を片っ端から作っていこうと思った。
もし百井が18時くらいに起きてきたら、鍋を作って夕飯にしよう。
明日のお弁当も作らなければならないので、手際よく進めたい所だが、まぁ、お酒を飲みながらだし、既にお酒を飲み続けて5時間ほど経っているため、若干ポワポワしている。
私は注意しながらゆっくり進めることにした。
まぁ時間は2時間とたっぷりあるので、先週から食べたいと思っていた『大根とモツの味噌煮込み』を早速作ろう。
実はスーパーでしれっと材料をカゴに入れておいた。
お弁当の定番『ひじきの煮物』『ごぼうのきんぴら』そのほかは、
『カブと胡麻の白だし炒め』
『胡瓜とワカメの酢の物』
『ほうれん草の胡麻和え』
『鶏皮のポン酢和え』これは酒のつまみ
『皮なし鶏もも肉のマスタード炒め』
『鶏豆腐ハンバーグ大葉と梅ばさみ』
…それと…『ゆで卵』も作っておこう。
これだけあれば、私の1週間は安泰だ。
あとは鍋の材料も下拵えだけ終わらせておこう。
百井が起きなかった時のためにジップロックに入れておけば、冷凍して後々使えるしね。
あ。小ネギも買ったのか…気をつけて切らないと、お酒飲みながら切る時はいつも輪っかのリースができてしまう。
焼き魚たちは弁当にする前日に作るから1個ずつ小分けにして冷凍庫へ……
トントントンッ–––トントントンッ–––グツグツグツっ––––
木のまな板と包丁が一定のリズムで音を奏でながら、慎重にネギを刻む。コンロでは鍋とフライパンの両方を駆使して、煮込みとカブを同時進行で調理中だ。
フライパンの蓋を開けると、蒸し焼きにしていたカブが良い具合にこんがりと焼き色がつき、もう片面も焼き色を付けようとひっくり返す。
今度は蓋を少しずらしながら焼いていく。
お酒を一口…いやもぅ一口飲んで、そしてネギの続きを始める。
そうやって、順番に料理を進めていき、ふと壁の時計を見ようとリビングを見渡すと部屋は暗くなっておりキッチンの明かりがリビングを微かに照らしていた。
百井を起こさないように電気は間接照明だけを付け、明るくなった部屋の時計を見たら既に18:30になっていた。
ふと百井を見ると座っていたはずの姿はなく、今度は完全にソファーに伸び切っており、しかも万歳をして爆睡しているのだ。
これは完全に起きないだろうな……。
ピコンっ!私の頭の中で良いことを閃いた。
この猫のように伸び切っている酔っ払い男を写真に収め、何かあった時に本人を辱めてやろう。
黒い私が目覚めた瞬間だった。
カシャッ–––––おっと、音無しカメラでやらないとね。–––––––––。
(ふふふふふっ、良い材料が揃った。ついでにイビキでもかいてくれたら、動画でとっておいたのに彼はとてもキレイな寝息をたてている––––)
計10枚ほど写真に納めた私は、バレる前にブランケットから毛布にチェンジし今度は百井の体全体が覆われるように静かにかけてやりキッチンへ戻った。
なんやかんやで時刻は19時になり、料理も全て完了したため、どうしようか悩んでいたら、ふと昨日お風呂に浸かっていない事を思い出し、今日こそはお風呂を沸かそうと風呂場へ行き湯船を洗うことにした。
シュッシュッシュ、ゴシゴシッゴシゴシッ–––––サーーーー
「うん。美しい。さてあとは…ぽちっとな」
『風呂自動運転を開始します。🎵〜』
「ふぅ、今度は何しようかなぁ…」
–––––ギシッ
次何をするか考えながら、リビングへ戻ったら、百井が起き上がっていた。
「ん゛ーーー、クゥーーーあーぁあ、よく寝た。」
「おはよう。復活?」
「おん。知らん間に寝てたな…すまん……はぁ、腹へった。」
「あんたって人は……」
「鍋、下拵えだけ終わってるから作ろっか」
「そうだな。……今何時だ?」
「19時ちょっと過ぎ」
「……俺、いつから寝てたっけ?」
「まぁ3時間てところかな…」
「うわぁ、すまん。」
「ッフ、そんだけお酒飲めばまーそうなるわよ。さぁ、手伝って。」
「うぃ––––」
私は冷蔵庫から先ほど下拵えした野菜たちやお肉などそれぞれをカウンターに出して運ぶように指示をした。
「え、なぁ、これは?何この勢揃い、え、すごっ」
「ん?あぁ、それは粗熱をとってるだけ」
「へぇー、これも運ぶ?」
「違う違う、それは今週の私の弁当だったり夕飯だったりの作り置き」
「え?ってことは?」
「ん?––––えーっと…?」
「え?俺コレ食べれないの?」
「え?うん。今から鍋やるじゃん。」
「え?お前…鬼か?鬼なのか?」
「あ゛??」
「あ。俺の弁当も作ってくれればいいんじゃない?」
「ん?ん?ん?––––なんて?」
「ん?え?もう一度言った方がいいか?何度でも言うぞ?俺の弁当も––––え、無視?ん?」
「ふんふーん、ふふんふーんふーん?」
私は、わざと鼻歌を歌いながら冷蔵庫から次々と食材を取り出す。
「俺泣くよ?いいの?うるさいよ?」
そう言って百井は人差し指と親指を顔の前に出し、某有名韓国アイドルの振り付けのマネをして、泣いているように見せた。
私はスマホを出し、百井に向けた。
「ッフ、いいよ。続けて?–––––ッフフ」
「ん?あ、お前…おいっ–––このやろっ!–––」
ツンッ!–––ツンッ!
百井は馬鹿にしてスマホを向ける私の腹部目掛けて、何度も突っついてくる。
「あ、待てっ!それはなしっ!はははははhっ、なんでよ、いいじゃん!はははh」
「だぁ!おりゃっ!ッフ!作るって言わなきゃ続けるぞ。」
「フフッ––––んー–––––気が向いたらねッ」
「ック、まぁいい。」
「ふふっ、さぁ晩餐会を始めましょうか」
「おぅ」
私たちは材料を鍋にぶち込み、出来上がるのを待っている間に、改めて乾杯をした。
少し遅めの夕飯をとり、明日からまた1週間仕事が始まるため、食後は水かお茶で我慢した。
普段、日曜にはあまり飲むことがないので月曜日から二日酔いでスタートというのはモチベーションが上がらない。
「お風呂。先にどーぞ。」
「いいよ、家主が先に入ってこい。」
「そりゃどーも。おっさきー―――ドンッ!!うっ…痛い‥‥」
私は酔いが回っていたことに気づかず、ソファから立ち上がったらふらついて足のモモをソファーのひじ掛けにぶつけてしまった。私の家のソファはひじ掛けが木製でできている為ぶつけると、とてつもなく痛い。
「よろけてたな。大丈夫か?」
「くっそ痛い…。はぁ、明日は青ズミができてるな…。」
「お前…、風呂つかるのやめとけば?酔ってるだろ。」
「んーやだ。つかりたい。まだ追い炊きしてないから、多分今ならちょうどいい温さになってるとおもうんだよね。」
「ならいいけど…」
「ん。行ってくる。―――」
チャポーン――――。
「はぁー。‥‥ジンジンする…」
そういって風呂にはいったものの、いざ入ってみると、先ほどまで痛みだけだった場所が赤くなっており、そこまで熱くないお湯がとても染みる…。
まぁ、どうせすぐに収まるだろうから我慢して、とっとと出よう。
風呂を堪能するのは、酔っていないときにしないと、今目をつぶったらそのまま寝てしまいそうなくらいちょうどいい温度なのだ。
私は15分ほど湯船につかり、風呂を出た。
「…おまたせ。次どーぞ。」
「ん。おかえり。じゃー借りるなー」
「いってらー」
キッチンで冷水を飲みながら、風呂に向かう百井を見送った。
まだ酔って火照っているせいか、じんわりと汗がでる。
私は明日のお弁当の準備をしようと、自分の弁当箱を出した。
(…百井の分の弁当箱はさすがにないので、使い捨てのフードパックが
どこかに残っていたような…)
見つけた。高い棚の一番奥に目視確認することができた。
‥‥が、自分の身長では届かない。脚立…
私は、2段式の脚立を使いよろけながらもフードパックをとることができた。
きっと百井にこの場面を見られていたら、危ないと言って止められていただろう。
そして、私は手際よく自分のお弁当と百井のフードパックに作り置きたちを詰めていく。
「ふぅー、スッキリ―。…おっ!それ、、俺の?」
「もぅでたの?!」
そんなに時間が経っているとは思わず、百井が風呂に入っている間に全て終わらせようとしていたのに、速攻でばれてしまった。
「おう。水もらっていいか?」
「あぁ、はいね。―――トクトクッ―――はい。」
「さんきゅ―――ゴクゴクゴクッ――ぱぁー」
冷蔵庫で冷やしておいたミネラルウォーターを百井はその場でいっきに飲み干し、改めてお弁当に目を向けた。
遠足前の子供のように目をキラキラさせて見えるのは私だけだろうか?
「…あまり期待しないでよ。詰めてるだけなんだから」
「全部入れてくれよ?隙間なくギューギューになっ!」
「全部は無理でしょ…白米を別にしないと、全部は入らないしそれにあんたのコロッケもあるのよ?」
「!それだ!それでいこう!ご飯は別でこっちに入れて、こっちはおかずで埋めよう!」
「…あんた、図太いわね…。食べきれる?」
「いつも、コンビニ弁当だけだと少ないんだよ。前にさ食べたい分だけ買ったら2千円超えちまって、毎日昼だけでそんなに金かけてたら、ばかばかしいだろ?だから我慢してんだ。」
「…2千円超えるのはヤバいわね…。じゃぁ、白米は自分の好きな量をいれな。」
「うぇーい。これ?」
そして、言った私がバカだったと、後悔をする。
普段お米を炊くときは、2.5合か3合を炊くのだが、今回は百井も居たため、朝の分を含め4合分炊いていた。
百井は炊飯器の前に立ち、パックに盛り盛りに詰めていく。しかも、たくさん入るようにギューギューに抑えながら…。
「ちょっと、そんなに押さえたら冷めたときには食べづらくなっちゃうじゃないっ男子野球部か!」
「…いいもん」
「いいんかいっ…まぁ本人が良いならいいけど…」
私が買っておいたフードパックは高さが6センチほどあるタイプで、深さが結構ある為、丼ものお弁当を作るときに使えるような容器だ。
そのため、盛り盛りに盛った白米はそれだけで、とても重い。
「ねぇ、梅干しかたくあんどっちがいい?…あぁ、柴漬けもあるわ」
「じゃぁ、全部で」
「全部かい。」
私は、お惣菜の弁当を完成させ、百井が詰めた白米の方パックの片隅をあけ、梅干しとたくあんと柴漬けをきれいに並べた。
完成~
「よし‥‥。これ、容器使い捨てだから食べ終わったら自分で捨ててちょうだい」
「ん。了解」
「冷蔵庫入れておくから、あとは出勤前に準備ね」
「完璧かよ…パチパチパチ(拍手)」
「うむ、もっと褒め称えよ」
私は冗談で、両手を腰に回し胸を張り、ワザとっぽく王様のような言い回しをした。
「ははー。是非ともドライヤーをさせていただきます。ついでにカタモミなどいかがでしょうか?」
「うむ、くるしゅうない…ふふh」
私は、風呂から上がった百井がドライヤーと櫛とヘアオイルを持っていることに気が付いていた。
百井とリビングへ異動し、私はされるがままにドライヤーをしてもらった。
ヘアオイルの香りと、ドライヤーのちょうどいい温風と、背中から伝わる心地よい体温が、私の睡魔を呼び覚ます。
意識を失いそうになるたびに、頭がカクンッと落ち、その度に現実に引き戻される。
「ブオォ―――カチッ…眠いか?ドライヤー終わったけど、マッサージやめとくか?」
いつもより優しさを感じるその声が、耳をくすぐり、近くでしゃべっているはずなのに、遠くで聞こえるような気がして、返事をしなければと、とぎれとぎれの返事をする。
「いや……マッサージ…する‥‥強く…して」
「おまえ、寝落ちするだろ…ここじゃなくてベットでやるか?」
「…うn…んー」
「たてるかー?おーい」
「ん-……うんしょっ…うっ」
私は目をしばしばさせながら、ローテーブルに手をつき力なく立ち上がったが、お酒がまだ抜けていないのか、ふらついてしまう。
「あっ!おい…」
百井は私の二の腕をつかみよろけた身体を支えてくれる。
「全く。お前、あれだな、一度眠気に襲われると抗えないタイプだな。」
「…ん-…だいじょーぶ。行ける…」
ふらつきながら、体勢を戻そうとするが簡単に膝が折れそうになる。
「むわっ!!何っ?!」
私は自分の意志とは全く関係なく、急に身体が宙に浮き一瞬で目が覚めた。
「ほらっじっとしてろ。落とすぞ」
何かと思ったら、私は百井にお姫様抱っこをされていたのだ。
驚きと恥ずかしさでいっきに目が覚め、羞恥心に駆られ足をバタつかせてしまう。
「むむむむ、無理っ!お、重いから!重いからおろしてっ」
「っふっ。さっきの素直さはどこに行った?…ほら、動くぞっ捕まっとけ」
百井との顔の距離に、つい昼間の出来事を思い出してしまう。
体格がいいからこその、安定感に驚きつつも揺れる恐怖に、つい自分の外側の腕を百井の首に巻き付けてしまう。
密着したことで、服越しにも関わらず百井の体温が伝わった来る。
たった数秒にもかかわらず、この一瞬の出来事が私に人肌を覚えさせるのだ。
「よっと…なんだよ、コレ2回目だぞ?別に重くねーよ?」
「…ッ。私からしたら1回目だもん…あのねぇ…三十路手前の女からしたら、恥ずかしいもんなのよ…」
私は解放された途端、赤くなっているであろう自分の顔を隠すため、うつ伏せになり、顔を枕に押さえつけながら会話を続ける。
「お前…照れてるんだな。っふ。マッサージやめとくか?」
「いやだ。やるっ」
「やるんかいっ」
「じゃぁそのままやるぞ。」
「うぃ」
そういって百井は、肩から背中、腰、脚という順番にマッサージをしていった。
ほんの10分たらずで、私は再び睡魔に襲われ、ウトウトし始めていた。
「ふぃー。きーもーちぃー……」
「ご満足いだただけているようですな…」
声に出すことで睡魔に抗おうと試みるが、それも虚しくおわる。
脚に取り掛かるころには完全に夢の中にいて、そこでも私は百井と一緒に過ごしていた。
声は聞こえないが、百井の隣で他にも数人と笑い合っている。
ふと気が付けば、夢ではいろんなシーンが頭の中で流れている。
笑っている私の隣には必ず百井が隣にいるのだ。
今日一日、ずっと百井が隣にいたせいか、人との距離が私の心を緩くする。
いや、百井が私の心を緩くさせているのだろうか……
ベットの上での人肌が私の思考を狂わせる。
暖かい…。
そんな、ぬくもりを感じながら、ふわふわとした夢の中で私は、都合のいい夢を見続けているのだ。
この夢が覚めないことを願いながら‥‥。
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