第3.4話 雨音
暇すぎて、2人で百井の部屋を簡単に掃除し始め気づいた時には9時を回った。
「ぼちぼち行くかぁ」
「ん。何か荷物持とうか?」
「あー、じゃあこの小さいやつお願いしていいか?俺スーツと靴と仕事カバン持ってくから」
「ほいほーい」
百井が手渡してきたのは、小さな紙袋で中には衣類を含むお泊まりグッズのような小物がゴロゴロしており、その中にはみたことのあるカラーリングのケースが入っていて、袋をちょっと傾けて覗いてみたら、UNOが入っていた。
(修学旅行前の男子高校生かっ)
「……ッフ」
「なんだよ…」
「いや、だって袋の中にUNOが入ってる。」
「お、バレたか。さっき引出し漁った時に見つけたから暇があったらやるかなーって思って」
「UNOって2人でやって面白いの?」
「え、しらない。…なんだったら俺、ルールあんまり覚えてない…。」
「なんだそれ…。まぁ、私も人のこと言えないけど…。」
「「ははははははh」」
「まぁ、暇があったらやろう。」
私は袋からUNOを出さずにそのままにした。
「準備おけ?」
「うん。」
「よし。」
私たちはやっと、スーパーへ向かった。
「おー、俺朝イチでスーパー来たの初めてかも。さすがだな。品揃えが豊富だ。」
「確かに仕事帰りだとなかなかお惣菜とかは種類が少ないよねー」
「ワクワクしてきた。」
私たちはカートを転がしながら、それぞれの好みのお酒と、昼食と夕食の材料をカゴに入れ、ついでにお惣菜のコーナーも見て回り、百井はお腹が空いているのか、あれもこれもと言って止める間もなくどんどんカゴに入れていく…。
「うわ、カレーコロッケだとよ!最高かよ!…え、酢豚もあるぞ!しかも安!さすがスーパーだな、コンビニとは違う。お!こっちには串もある!これも食べよう!ん?こっちにはネギマと豚串だけどこっちは鶏皮…こっち?いやでもこっちも…」
(…えぇぇ…いやいやいや、夜に鍋するってなってんのにどんだけ昼に食べるんだよ…)
「ストップ!…落ちついて。まず、カレーコロッケ4個もいらないでしょ?せめて1個入りのやつにしなよ、そうすれば串いっぱい食べれるから…」
「大丈夫!残したとしても、次の日の昼めしとして会社持ってく!」
「……おぅ…食べれるならいいけど…夜に鍋にすること忘れないでよ?」
「大丈夫だって!」
(ていうか…冷蔵庫入るかな…)
百井は惣菜コーナーの隅から隅まで舐め回すかのようにチェックして、買い物かごにポンポン入れていった。挙げ句の果てに最後にはアイスまで買って。
まぁ、アイスは私も買ったけど。
風呂上がりのアイスはまた格別なんだよなぁ。
「…ちょっと入れすぎたか…」
気づいた時にはカゴに山盛りのお酒と鍋の具とお惣菜、そしてアイス。
2人で食べるには絶対的に多い。
私たち今からフードファイトでもするのかな?
「そろそろやめとこうか?おにーさん…フードロスは避けたい。レジ行きましょ。」
「そうだな。」
会計を済ませ袋詰めも済ませ車に戻ろうとしたが、私たちがスーパーで買い物をしている間に、なんとどしゃ降りの雨が降っていたのだ。
スーパーに入る前は全く降っていなかったので車は屋根のある場所には停めておらず、ましてや車が停めてあるのは入り口から少し離れている。
それに雨が止むのを待っていたらアイスが溶けてしまう。
「…俺車持ってくるよ」
「え、いいよ。寄せられるところなさそうだし。少し濡れるくらいどーってことないわ。どーせ帰ったらシャワー浴びる予定だし」
「じゃぁ、走るかっ行くぞ」
「うん。」
「せーのっ」
バシャバシャバシャっ––––ピッピッ
「「…ははははh」」
「思ったより濡れたな…」
「ふふ、意外と大粒だったわ。数秒だったのにビッショビショね。はははh」
私たちは2人して頭から水を被ったのかというくらいビショビショになってしまった。車に乗った瞬間私たちは、お互いの顔を見て予想以上の濡れ具合に笑いを堪えられなかった。
「あ…」
「ん?…何か買い忘れた?」
「あ、いや…その…おおおおお前のシャツが…」
「ん?あー……いや、キャミじゃん。……さっきまで半裸だった人が…なんで男子中学生みたいな反応すんのよ。うぶかよ。」
私が着ていたシャツは白色の薄手タイプだった為、雨を吸い込んだ服は肌にピッタリとくっつき、インナーとして着ていたキャミソールが透けしまっている。
それと同時に自分自身のボディーラインの凹凸もくっきりと露わなってしまっているのだ。
決して露出壁はないが、正直ピタッとくっついた服は今すぐ脱ぎたい。
こんなにも濡れるとは思っていかなったのでベタベタしていて気持ち悪い。
「う、うるせーよ。男なんてみんなこんなもんだ。」
「ッフ。……お互い風引く前に早く出発しましょ。帰ったらシロもシャワーだけ浴びればいいわ。服は乾燥機に入れれば2時間くらいで乾くだろうし。」
「そ、その前にダッシュボードにタオルが入ってるからそれ使え」
「え、いいわよここから10分くらいで着くんだから」
「俺の目のやり場に困るんだよっ」
「……へぇ〜ふぅ〜ん……」
「なんだよ。」
「別にぃ?」
「ったく!ほら!かけとけってば!」
百井は自分でダッシュボードを開けタオルを私の肩に広げてかけてくれた。
改めてできる男だと感心する。
「じゃぁ、ありがたく借りるわ」
「行くぞ。」
「お願いします。」
動き出した車のフロントガラスに、大粒の雨がぶつかり窓をつたう。
通り雨なのか数キロ先は青空が広がっており、そこから照らされる陽の光が反射して、キラキラしたその姿はまるで流星のような美しさに似ている。
ほんの10分ほど車で走り私の家に到着した。
ついて早々まずはアイスを冷凍庫に入れなければと思いガサゴソと袋から買ったものを順番に出そうとする。
ガシッ
不意に百井に腕を掴まれた。
「っひ、何?びっくりした…。」
「やっぱり冷えてるな。あとは俺がやっとくから、風邪引く前にシャワー浴びてこい。」
「あら…ありがとう。そうね、じゃぁお先に」
お風呂に浸かるのは夜でいいかと思い、冷えた体温めるため温度を高めにしてシャワーを浴びた。
ガチャンッ
「ふーっ…スッキリした。」
私は髪を拭きながらリビングへ行き熱る体を冷ましながら朝置いておいたコーヒーで水分を摂取した。
「おかえりさん……クシュっ」
「あんたもシャワー浴びた方がいいわ、風邪引くわよ。少し温度を上げてあるから多少は暖まるわよ。」
「でもなー、さっき入ったばっかりで面倒なんだよなー……」
「ッふ確かに入ったばかりだと面倒って思うわよね…でもせめて着替えないと、まだ服も濡れてるし。」
「そうだな、パジャマにしようとしてた服でも着るか。」
「脱いだ服は洗濯機の中に入れておいて、今から一緒に回すから」
「オッケー」
そう返事をして、百井は服を持ち洗面所へ向かった。
人が家にいる感覚がどうもむず痒い––––––。
私は家族が全員亡くなって以降、実家の一軒家に一人暮らしをしている。
幸い両親の遺してくれたこの家は既にローンが払い終わっており、不安要素はない。が1人で住むにはとても広すぎるし部屋もたくさん余っている。
かといってこの家を手放す気はない。
どの部屋にいても、空間の広さに対して物が私1人分しか置いていないため、生活していると、ふと独りだということを実感する。
祖父母も既に他界しているため今の私は完全に独りぼっち状態なのだ。
一様親戚のおじさん…お兄さん?が近くに住んでいるため時々様子を見に来てくれる。
仕事で疲れて帰ってきても、人の気配が全くないこの家は、思い出という名の温もりだけが残っており、ふとした時の静寂と寒さが、私の心を揺さぶってくる。
百井は既にこのことを知っているため、時々気を遣われている気がするのだ。
家族が亡くなったのは入社して1年ほど経ってからだったた。
お通夜やお葬式などに合わせて遺品整理なども一括でしたかったため、私は事情を話し部長に無理を言っていろんな休暇を組み合わせ、2週間の休みをいただいた。
休みを取って2・3日ほどしたら、当時まだ理由を知らない百井が、2週間の休みをとった私を不審に思い、絹田部長を問い詰めたらしい、そしてその日のうちに、百井が仕事の外回りの途中で、私の家にきたのだ。
なぜ来たのか聞いたら、部長経由でこのことを聞いたことに怒っており、どちらかというと、ブチ切れていたといった方が正しいかもしれない。
正直、その時の百井の顔はとても怖かった。
けれどその日の夜から毎晩、百井は仕事終わりに私の家まで来て遺品整理を手伝ってくれたり話を聞いてくれた。
そして夕飯を一緒に食べながらどんな家族だったのかなどの会話をし、夜遅くまでずっと一緒にいてくれた。
それは私の休みが終わるまでずっと。
挙げ句の果てに久々の出社日には朝早く迎えにきてくれたのだ。
百井は私を支えてくれていた。
当時、私という人生の心の支えは家族だった。
自分の性格を理解してくれているのは家族だけで、その支えがあったから私は仕事も頑張れた。
けれど、その一番大事にしていた人たちが一瞬で帰らぬ人となってしまい、私はどうすればいいのか分からなかった。
最初は遺品も何もかも、ずっとそのままにして一緒にいた記憶を忘れないようにと考えていた。
けれど、きっと私は、遺品を見る度にそれに残る記憶に縋って、ただひたすら後悔し自分を責め続け、気が付かないまま暗闇に落ち、自分を見失っていただろうと思う。
私はアルバムを含む家族写真と、それぞれが身に着けていた遺品を1つずつを残し、あとの遺品は全て処分した。
あの日、仕事中に警察から連絡がきて、突如犯人から奪われた私の光柱が消え、辺り一面暗闇に感じ、これほどまでに無い喪失感で私はもがいていた。
【どうして私を1人にするの?】
【もし自分も一緒に行けていたら、私も共に死ねたであろう】
【もしその日に私が運転して別の道を走っていたら、まだ家族は生きていたかもしれない】そんなことばかりを考えて自分を責めいていた。
大事な人を失うことがこんなにも苦しく辛いことなのかということを、3倍にして突きつけられたのだ。
そのせいもあってか百井が来た日、私の顔色はあまり良くなからしく、もしかしたら自ら命を断つのかもしれない、とそう思ったらしい。
百井には敵わない…そして本当に感謝している。
2週間ではあったが、百井との距離は近づき、それ以降も今まで以上に時間を共にすることが多くなった。
今では唯一の心の支えとなっている。
彼は、失いたくない友人…いや親友であり、兄弟のような存在であり、大切にしたい人の1人だ。
けれど、私は彼を1番にする気はない–––––。
多分私は、もう誰も愛せない。
失うことの恐怖をもう2度と味わいたくないのだ。
恋人や家族を作り、そしていつか別れが来た時、私はきっと耐えられない。
少なくとも今はまだ…。
飲酒運転をした加害者もその時に亡くなっているため、憎しみなどという感情をぶつける相手もいない。
私の中から、音もなく何かが消えた気がした。けれどそれがなんなのかは今は分からない。
リビングの窓から外を覗くと、空は暗く雨脚は強くなる一方。
雨の日はどうしても気分が下がって私を自信暗鬼にする。
私はテーブルを拭きながら、TVをつけて天気予報を確認したところ、今日は午後からずっと雨で雷注意報も出ている。
「今日はもう雨やまなそうね…」
ガチャンッ
「ん?なんか言ったか?」
「んー、午後から雷注意報出てる」
「こりゃ、夜はホラー見るしかねーな」
「え、嫌なんだけど…私が寝た後1人で見てよ…」
「え、1人で見たら怖いじゃん。」
「やよ。…ん?あんたなんでドライヤーなんて持ってきたの?」
ふと百井の方に目を向けたら、洗面所にあったはずのドライヤーとクシを持ってきていた。
「え、お前の髪乾かそうと思って?」
「なんで疑問系なのよ。いいわよ自分でやるから。」
「まーまー。まだ昼の時間でも無いし。時間もある事だし。それに、一度やってみたかったんだよなこれ。」
「できるか分からない、未来の彼女にしてあげなよ。」
「…じゃぁ、実験台ってことで。」
「……練習台って言いなさいよ。ッフ、マッサージ付きでお願いしまーす。」
「よし。」
「私ヘアオイル持ってくるわ」
「おー」
そう言って私は洗面所へ向かい、ついでに洗濯機も回そうとセットして、ヘアオイルを持ってもう一度リビングへ向かった。
リビングへ戻ったら百井は準備満タンの顔してソファーに座り足を広げ、足元にクッションを置いており私に座る場所を指定した。私は、百井の指示通りに百井の足の間に座りまずはヘアオイルを乾かす前の髪につけ、その後クシで髪をとかすよう指示をした。
百井は私が痛くならないよう丁寧にクシを使った。
「痛かったら言えよ?」
「ん。」
自分でドライヤーをするときは10分程度で終わるが、百井に任せたら30分ほどかかった。
正直とても、気持ちよかった。熱くなりすぎず適温で乾かしてくれたおかげで少しうとうとしたが、手元にあったコーヒーを飲みながら必死に眠気と戦った。
「俺、天才かもしれない。艶やばくない?美容師向いてるかも?」
本当は30分も熱を与え続けるのは良くないのだろうが、まぁ初めてにしてはいい方だと思うので褒めておこう。
「うん、上出来。後30分くらいしたら、馴染んでもっとツヤツヤになるわよ」
「なるほど。」
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