第3.3話 夜明けと共に

心地良い温もりに包まれ、久々の熟睡に幸福感でいっぱいの体を、殻を突き破るかのように全身で伸びをし、窓から差し込む陽射し具合でまだ6時前なのがわかる。

「ん゛ーーーーぅh」

ぼんやりとした視界がだんだんとはっきりして、天井を見上げながらぼーっとする。

そして、微かに聞こえる自分の寝息ではない呼吸が、私の耳を掠めた。

働かない頭をゆっくりと音のなる方へ向けると、そこには百井の寝顔があったのだ。


「………っ。」

驚きつつも、起こしてはいけないと無条件に私の体が硬直した。

状況把握をするため、ついつい自分の服装を確認するが、昨日の服のままということは百井と親友の一線を超えることは無かったようだ。

部屋の中をざっと見て、なぜこうなっているのか、そして百井がなぜ私と一緒に寝ているのか静かに考えた。

昨日のことを思い出そうとしても車に乗って、途中で眠ってしまったことまではなんとなく覚えているが、どうやって部屋まで来たかは全く覚えていない。

ましてや、なぜ百井が私の隣で寝ているのか…これは、彼を叩き起こして説明を求めた方がいいのだろうか?

(…だめだ、お腹が減りすぎて頭が回らない……)

私は、百井が起きないようにそっとベットから抜け出し、キッチンへ向かった。

が、金曜日は帰ってこれたのが深夜だったためスーパーにも行けず、冷蔵庫の中は空っぽ。

キッチンの時計は朝の4時55分を指していた。最寄りの店はコンビニ以外どこも開いていない。

とりあえずコーヒーで誤魔化そうとポットにお湯をいれ火にかけた。

その間に部屋着に着替えようとクローゼットへ行き、昨日脱ぎ捨てた半袖と短パンがあったのでそれに着替え、風呂にも入らずメイクもしたまま寝てしまったようなので、シャワーを浴びたいところだがポットの火をつけたままなのでとりあえず、髪をクシでとかしバンスで簡単にまとめ、拭き取りタイプのメイク落としを持ってキッチンへ戻った。

戻った時にはちょうどお湯が沸いていたので、フィルターをセットし挽いた豆を入れゆっくりとお湯を回し入れる。

挽きたてのコーヒー豆の芳しい香りが鼻腔をくすぐる。

お腹が空きすぎて何も考えられない私は、フィルターから少しずつ落ちるコーヒーを無心で眺める。ふとメイク落としが目に入り、メイクを落した。

(すっぴんサイコー、毛穴が塞がれているのが一番無理。もう一枚使っちゃお。)

「ふぅーー。スッキリー……」

静寂に包まれたキッチンにベットの軋む音が聞こえた。

(起きたかな…)

私は寝室の開けたままのドアからそっと顔を出しベットへ目を向けたら、百井がベッドの上で伸びというより海老反りになっていた。

(普通、そんなに反る?)

「…起きた?」

「ん゛ーーーーんぅh……おはよ…」

「ん。おはよ。今コーヒー入れたけど飲む?」

「ん。……よく寝たーーーぁあ、腹減った。」

私はコーヒーを2つのカップに移し寝室に持っていった。

「はい。…熱いよ。私もお腹すいたけど金曜日に買い物行けなかったから冷蔵庫空っぽだった」

「サンキュ、うん知ってる昨日の朝見た…ズズズっ…今何時?」

私はカーテンを開けてベットの近くの壁に寄りかかり、コーヒーを飲んだ。

「んー5時15分くらいかな。」

「…寝たなぁ……コンビニ行くか…ついでだから一緒に朝飯食べようぜ。」

「…そうね。」

思い立ったら即行動の私たちは、一口飲んだコーヒーをリビングへ持って行きそのまま玄関へ向かった。

「おい、お前その格好で行くつもりか?」

「え?だめなの?」

私は白色の半袖とボクサーパンツのような短パンを部屋着として着用していた。コンビニに行く程度の格好ならこれでもいいと思ってので、この部屋着で財布とスマホだけ持って家を出ようとしていたが、百井は昨日と同じ格好のままだったので隣をラフな格好で一緒に歩かれるのは嫌だと言うことなのだろうか。

「いや、足出過ぎ…」

「は?…」

思わぬ答えだったため、思考停止してしまった。

そう言って、百井は人ん家のクローゼットを物色し薄手のスウェットを持ってきた。

「ん。」

「え、あ、ありがとう?」

差し出されるまま、私は短パンの上からスウェットを履いた。

「よし。行こう。俺が運転する。」

玄関をでた私たちは、再び百井の車に乗りコンビニへと向かった。

「なぁ、昨日のこと覚えてる?」

「んー、車で寝ちゃったのは覚えてる。そしてきっとシロが私を寝室まで運んでくれたのかな?と思ってる。でも、なんで2人揃ってベットで眠っていたのかは全くわからない。」

「家着いてさー、どんだけ揺さぶっても起きねーから、嫌がらせの如くお姫様抱っこして運んであげた訳ですよ。」

「ほー。嫌がることを分かっていてわざわざお姫様抱っこしたと?」

「うん♡ww」

「え、殴っていい?」

「え、いやだ。暴力反対。」

私は冗談で、自分の口元に拳を近づけて殴る準備をしたが、一緒に眠る理由の答えにはなっていないので、さらに追求を続けた。

「で?」

「ベッドに運んだあとそのまま帰ろうと思ってたんだけど……見てこのシワ」

百井はそう言ってシートベルトで隠れた服のシワを私に見せるように運転中にも関わらず、器用に少しだけ見やすく体をこちらに向かって向けてきた。

百井が指すシワに目を向けると、そこには長時間一定の圧力がかかったであろうグシャっとしたシワができていた。しかも2ヶ所。

私はそのシワと眠そうな百井の顔を交互に見て察した。

「え、私?」

「正解」

概ね、私が百井の服を両手で掴んだまま離さなかったのだろう。

「うむ…理解した。…申し訳ない。」

私は全てを理解した。私のせいで、百井が帰れずに渋々一緒に眠ったのだ。幼稚園児みたいなことをしでかした自分が恥ずかしい。

「お詫びに朝食を奢ろう。コンビニやめてモックでも行こうか?」

「いいわ別に。……あ……良いこと思いついた。昼から宅飲みしようぜ。」

「え、私今日こそは推しに愛を捧げたい………」

「一緒に見れば良いじゃん。なー、のもーぜ?な?」

「…飲むと言うことは…もう一泊する気満々ね…」

「バレたか。」

「…え…いや、まって?今日って日曜日じゃん。だめじゃん。」

私たちの宅飲みとは泊まりもセットの話なのだ。いつもだったら金曜日から土曜日にかけてするのだが今日は日曜日のため明日は仕事がある。

「…んー…ひらめいた!…モック行ってテイクアウトして、俺のアパート行って食べて、俺はシャワー浴びて、スーツと鞄持ってそんでスーパー寄ってここに戻ってくる。そんでここから出勤すれば良いんじゃね?」

「そーきたか。」

「良い案だろ?ぃよしっ!そうとなればモック行こう。なんかワクワクしてきた」

あれ・・・拒否権なさげ。

でもそれが一番効率的だと納得してしまう自分もいる。

「あんた、遠足前の小学生みたい……」

「え、楽しくない?俺だけ?––––あ、あれだろお前、腹減りすぎて血糖値爆下がりしてんだろ。」

「うん。そうかも…でもなぜか熟睡できたおかげで、朝はスッキリしてた。」

「それは俺も思った。いつもよりスッキリしてる。––––え、まって俺のおかげじゃん。俺が抱き枕になってあげたおかげってことだよね?」

「…やっぱりなんでもない。前言撤回。」

「はははh、墓穴掘ったな。………まぁお互い様ってことで、とりあえず腹拵えだな」


いつも通りの展開に+αがついた会話を続け、私たちはモックでテイクアウトをし百井のアパートへ向かった。ちなみに財布を持参したもののモックでの支払いをさせてもらえなかった。人に奢られるのはあまり好きではないので、百井が運転を始めたと同時に、昨日の運転代を含め、朝モック代としてダッシュボードにお札を忍ばせた。

「ッフ、菜々美って本当に律儀だよな。」

「褒め言葉をありがとう」

「そこは素直に奢られとけば良いんだけどな」

「良いじゃない。困った時にでも使えば。あっても困らないでしょ」

「俺の車は貯金箱じゃないんだけど」

「素直に受け取れば良いのよ」

「ッフ、ありがとさん」

「素直でよろしぃ」

そうこう言っている間に百井のアパートについた。

モックの漏れ出るジャンクな香りが鼻腔を通り抜け今にも空腹の鐘が鳴り響きそうだ。

ガチャンっ

「どーぞ」

「お邪魔しまーす。」

「適当に座って、先に食べるか。腹減りすぎて、そろそろ限界。」

「ん。手洗いたい。」

ガサゴソッ

「どーぞ。……触る前に俺も洗っとくか」

百井は1Rの単身向けの家具家電付きのアパートに住んでいるが、1Rと言っても12畳ほどあるので圧迫感がなく本人自身も荷物が少ないためか、スッキリ広々としている。

「せまっ」

廊下に併設されたキッチンに二人そろって並ぶとさすがに窮屈だ。

「っふ、私には全然狭くないけど、シロが隣に立つと圧迫感でぎゅっとしててなんか笑える。絶対選ぶアパート間違ってるからね。」

「それ、褒め言葉だよな?俺が背が高くてガタイが良くて頼りになるって意味だよな?」

「…うわぁ、あんたの思考回路と変換力に拍手喝采。これから巨神兵とでも呼んであげようか?もーもちゃんっ」

私は調子に乗った百井の顔に向かって、洗い終わった水浸しの手を向けてわざと水を飛ばし、先日増田さんが呼んでいた愛称でからかった。

「うわっ、お前やったなっ!待てっコラ」

ガシッ

「あ?良いのかそんなことして?クソガキにはこうしてやるっこのやろっ」

「うぎゃッ!あはははッあっ待って、無理っ!ギブギブっ!ごめんって!はははh」

捕まる前にその場から逃げ出そうとしたが、難なく後ろから百井の片腕にハグされるように捕まりもう片方の手で脇腹をくすぐられた。

「まいったか?あ?まいったって言え」

はたから見たら力づくで締め技を決められてるような格好だが、力は全く入っておらず実際締められてもいない。ただ単に、くすぐられている私には逃げ出すほどの力が出せていないだけ。くすぐりに耐えきれず床に崩れ落ちる私を、尻もちつく寸前に百井が支えてくれる。

「ははははh、…参りました!参りましたってばっーーー!はははh––––うっ」

「あぶねっ!––––ほれみろっ、はははh–––ほら先に行って」

「ふふふっ、ほーい」

パタパタパタっ、

今の一瞬で余計に体力を消耗し、疲れがどっとでた。

小走りで歩いたせいでスリッパとフローリングが小刻みに音を奏でる。

私はソファーには座らず、ローテーブルの下で足を伸ばして絨毯の上に座り、テーブルの上に、袋に入っていた紙ナプキンを広げ百井の分と自分の分をそれぞれ配置し百井を待った。

「おかえり。」

「ただいまさん。お、さんきゅ、さーて食べるか。」

「ん。」

「「いただきまーす」」

もぐもぐ。

「んっま。」

「うん。美味しい。朝からジャンクフードって罪深いわぁ。ジンジャーエール美味ー」

もぐもぐっもぐもぐっ

「俺、もっと頼めばよかった…秒で終わる。」

クシャクシャクシャッ

百井は私が2口食べている間に既に1つ食べ終わっていて、2つ目の包みを開けようとしていた。

「え、やは。ゆっくり食べなよ詰まるじゃん」

「最後の一個はゆっくり食べることにする」

「…私のポテト半分食べる?」

「ん。もらう、せんきゅ」

結局百井は自分が買ったバーガーセット2つを15分程度でたいらげ、私があげたポテトも結局全てたいらげてしまった。暇になった百井は私が食べ終わるまでスマホを操作しながら、スーパーで買いたいものをリストアップしていた。

「鍋もありだよなー。みてこれ」

「ん?んーん。うんうんうんうんー」もぐもぐもぐもぐ。

そう言って見せてきたスマホの画面には、ビールとお鍋の美味しそうな写真が写されていた。

「な、うまそうだよな。って、ガキか、ついてる」

百井は自分の指で私の口横にはみ出たソースを即座に拭う、そしてその指を紙ナプキンで拭うことなく、何事もなかったかのように自分で舐めた。

(本当、そういう所だぞ…。)

「んん、ふまん…もぐもぐもぐもぐ………しつれいしました。」

「お食べ終わったな。「「ご馳走様でした。」」

「とりあえず俺はシャワあー浴びてくるわ。ゆっくりしてて」

「ん。どーも」

ガチャンッ

そういえば朝からモックを食べたのはいつぶりだろうか。

時刻は、まだ7時40分。お互いの家の距離は約20分程度。まだまだお店がオープンするには早い時間だ。

いつもの日曜日ならばまだ爆睡している時間帯で起きたとしても眠気に負けていたが、昨夜は寝るのが早かったというのと、認めたくはないが、デカくて心地良い人肌の抱き枕がいたおかげか、とてもスッキリした朝を迎えることができた。

そのためなんとなく気分が良いのだ。

百井がシャワーを浴びている間に私もスーパーで買いたいものをチェックしておこうとスマホを操作していたが、ほんの10分ほどで百井がシャワーを終わらせて戻ってきた。

ガチャンっ

「ふー、スッキリー……」

「おかえr…ちょっとー」

声をかけながら扉の方へ目線をやったら、半裸姿の百井が湯気をまとって歩いてきた。

「すまん。シャワー浴び終わったら上を持て行ってなかった…そんで諦めた。まぁ、目の保養だと思って拝んどいてくれ」

「じゃぁ、あんたが隠したくなるぐらい分析しとくわ」

「…その割には全然見てくれないけど?」

正直、一瞬みただけだがとても良い筋肉をしていると思う。

いざこんなに間近にあると、やはり恥ずかしい。

雑誌で見るのとはまた別の羞恥心が湧き上がってくるのだ。

「……。風邪引くわよ。」

私は、百井の半裸を見ないように顔をだけを見つつモックで買った冷えたドリンクを百井の茹で上がった腕にピタッとくっつけた。

「っひ!冷たっ!!!おーまーえーはー!」

「ぐえっ!っわ!待ってもー無理だから!やばいって!ははははh!やめて!無理無理無理!出るってー!」

私は再び後ろからホールドされくすぐられた。

流石に食べた後のくすぐりはキツい。

「ごめんなさいは?なぁ?」

そう言って私の頭を両手でホールドし力づくで上に向かせ、私の返答を待つ。

きっと私が希望通りの返答をしないと離してもらえないだろう。

が、絶対に言わない。

「ん゛ー、やっ!フハハh、服を着ろってば!!」

「素直じゃねーなぁ、わーかったよ」

そう言って私は解放され百井は身支度をし始めた。


こういうことを平気で出来てしまう所が、百井が女泣かせの理由なんだと思う。

私は“百井とは親友でいる“と一線を引いているから勘違いはしないが、学生時代の女性遍歴を聞いても別れる理由が大概同じだ。

“彼女でいる実感が湧かない“

“大事にされているのはわかるけれど、友人たちとレベルが一緒の扱いは嫌“という理由で毎回振られるらしい。

ましてやそれが無自覚なのが、なんと罪深い男なんだ……。


と彼の着替える背中の肉体美を見て私は思ったのだった。




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