第3.2話 百井–side−

菜々美は家に着く前に、車のシートの上で眠ってしまった。

家につき、助手席側のドアを開け菜々美に声をかけたが、ビクともしない。

「––––い…おい、菜々美?ついたぞ?起きれるか?……なみっ菜々美ぃーおーい。」

肩を優しく揺さぶっても全く起きない。

「だめか、おい菜々美カバンから家の鍵出すからな?–––あった。」

ジャラッ

俺は仕方なく抱て運ぶことにした。

「抱っこするけどあとで怒るなよ?––––よっと、案外軽いな…」

俺は鍵を取り出し玄関のドアを開け、一様声をかけながら、膝裏と背中に手を回しそっと抱き上げた。

菜々美の部屋までの道のりがすごく長く感じた。俺は自分の心臓音が菜々美に伝わっていないことを願いながら、静かに歩いた。そんなこともお構いなしに、菜々美は左手でジャケットを掴み無意識なのか、落ちないように自分の胸の位置で掴んで、右手は俺の胸辺りの服を、小さい子供の様に握って離さない。可愛い……。

ベッドに着くなり、そっと下ろして寝かせたが俺のジャケットを抱えながら、菜々美は俺の服を離そうとしない。

「…まったく…俺の気も知らないで…襲われても文句言えねーからな。」

俺は返事が返ってこないことを良いことに、菜々美の横に一緒に寝そべり、小さく呟きながら菜々美のオデコに軽くデコピンをした。

「ん゛ー……」

モゾモゾ––––。起きたかと思ったら菜々美は寝返りでこちらに向き、菜々美の片手がジャケットから離れ、今度は俺の腹部に巻きつき、再び深い寝息を立てながら静かに寝てしまった。

顔と顔の距離は数センチ、完全に、生殺し状態だ。

「はぁー。おい。マジか。明日の朝起きても俺、文句言われる筋合いないからな………」

俺は諦めて、そのまま眠りについた。この際、今の状況をありがたく思い、美味しいところはありがたく利用させていただくことにする。

「…おやすみ、ッチュ」

デコピンした菜々美のオデコにキスをして俺はそのまま眠りについた。



俺は、吉崎菜々美のことが好きだ。


初対面の時はまったく目を合わせてくれない根暗なやつだと思っていたが、話し始めるとわかる、打ち解けたやつに対しては意外と明るく接し冗談なんかも言う。

よく見れば、ぱっちり二重で肌も白い。だが菜々美はそれを全面に隠している。厚めの前髪と眼鏡、さらに黒髪で雰囲気を重く暗くさせているのだ。仕事中は髪を後ろでひとくくりにしていてプライベートで会う時はおろしている。初めてプライベートで会ったのはイベントの打ち上げだ。当時のメンバーを集め6人で打ち上げをした。土曜日だったこともあり、全員私服での参戦ということになった。正直、誰かわからなかった。髪を下ろしているのもそうだが、眼鏡も掛けておらず、完全に別人に思えたのだ。女はわからん。その場にいた全員がポカンとした顔をしていて、驚きを隠せていなかった。

一緒に仕事を組んだのはたった数ヶ月だが大きな間違えをすることなく、むしろ計画的でスピーディな仕事さばき。定時の30分前にはほとんど1日の業務が終わっており、他のメンバーのフォローに回っていた。それは今でも健在のようだ。

そんな真面目な所が先輩や上司からも慕われており、同期の奴らもなんだかんだで菜々美のことを認めている。一部の女子を除いて。


まだ俺たちが友人になる1ヶ月ほど前のある日、先輩と同期から菜々美が先輩と同期含む一部の女子に俺のことについて責められ、言いがかりをつけられた現場に何度か居合わせたことがあるという。

その度に上司や先輩が近くを通りすがったため怪我をするなどの大事には至らなかったが、聞くところによると相当酷く言われていたようだ。

俺は罪悪感に苛まれ、攻められる事を覚悟し仕事終わりに残ってもらうよう菜々美の書類にメモをつけた。

定時になり残った彼女に謝罪をしたら、彼女はケロッとしていて、こう言ったのだ。

「…なぜあなたに謝られるんですか?」

「え、だって…え?…怒ってないのか?」

「ええ。別に。あなたには怒っていないです。」

「え?…だって女子たちから俺のことについて色々と言われたんだろ?」

「えぇ、そうですね。謂れのない言いがかりをいくつか。」

「じゃ…じゃぁ俺のせいでは?」

「は?……まぁ確かにあなたに関係のある事ですが、あなたに罪はないでしょう。あなたに興味がある女子1人1人の感情をなぜあなたが全部背負い込むんですか?それって何かメリットありますか?」

「……メリッ…ト?……ん?なんて言われたの…?」

「はぁ、

“百井くんに付き纏ってんじゃないわよー、グループが一緒だからって何様のつもり?生意気なのよー”

…とか…あぁ、あと

“百井くんがかっこいいからってあなただけが関わっていて、ずるいじゃない。私たちだってもっと話したいのにあなたがいるせいで全くできないじゃないー“

……そもそもグループメンバーを決めたのは上なんで、私に言われてもっと思いますが。

それと…

“百井くんは根暗なあんたをかわいそうと思って、話しかけてるだけなんだから勘違いするんじゃないわよー”

と漫画に出てきそうなセリフをつらつらと言っていました。」

奈々美は複数の女子たちが言ったセリフを棒読みで真似て教えてくれた。

「すごいな……なんかごめん。」

「…だからなぜあなかが謝るんですか?それに私が謝って補しいのは私を取り囲み罵倒してきた方々です。でもあの方々に謝る気はまったくないと思ったので、上司と先輩が声かけしてくれたタイミングで、あの女性陣をその都度論破しましたので既にスッキリ終わっています。」

「え、あ、そうだったんだ。…そうか…」

「あの…もう良いですか?…帰りたんですが……」

「え、あ、あぁ。残ってくれてありがとう。話が聞けてよかったよ。………えーっと、また明日からも同じチームとしてよろしくな。」

「えぇ、ではお疲れ様です。」

「あぁ、お疲れ様。」

俺は動揺を隠せなかった。

今までこんな言い方をしてくる人はおらず、似たようなことが学生時代に何度かあったが、一方的に攻められ慰めるの繰り返しだった。

彼女の言っていることは正しい。

俺は自分の関わる憎悪の感情を全て背負い込むことにより、なるべく事態が大きくならないようにしようと考え、ましてやそうすることが一番の策だと思っていた。

確かに俺は平均よりも高いスペックを持っているのだと思う。

学生時代も何だかんだんで周りからチヤホヤされてきたから自覚はあった。

けれど、年を重ねるにつれて男女問わず嫉妬や妬みを買うことが多くなり、自分のせいで傷付けられ、それに耐えかねた友人たちは何人も俺から離れていった。

それからは、親友と言う枠は作らず、広く浅くを心がけていた。

いや、無意識に、自分が傷つかないようにそうしていたのかもしれない。

今回、菜々美にそんなふうに言われて少し肩の荷が降りた気がした。

大事にすべき所を間違えていたんだ。自分の方向性を変えようと思った。

周りに合わせつつも、言い合いができるくらいの信頼できる相手を大事にしよう。

どんなことがあっても支えられるくらい、守れるくらいの恥ずかしくない自分でいよう。

それからと言うものの、俺はまず、今いるグループともう少し深く関わっていこうと思った。

そのうちの1人に菜々美がいる。


もしかしたら、もうその時には菜々美のことが好きだったのかもしれない。


インターン時代の菜々美を含む鈴原・山口・旭・山岸とは何度も飲み会を重ね、仕事では言い争いも絶えず、けれど仕事が終われば何事もなかったかのようにまた飲みにいく。

そんなことを繰り返し、今では強い絆で結ばれ窮地の仲と言えるであろう。

菜々美以外は別支社に異動になったが時々連絡を取り合っている。

菜々美とは部署が違うが今でも飲みにいったりお互いの家に行き来しお互い親友枠にいることを認めている。


=土曜日の理由=

仕事も忙しくズルズルと歳月が流れ、気がつけば27歳を迎えていた。

あと3年で30歳になることを考えると結婚を意識し始めてしまう。

将来自分が家庭を築き子供と遊ぶ姿を想像したら、ふと菜々美の顔が浮かび上がった。

隣にいて欲しいと自然に思ったのが菜々美だ。と、そう自覚したのが数日前。


昨日も、本当はアシスタントがいなくても全部自分たちだけで2・3日残業すれば終わらせることのできる仕事だったが、絹田部長の人の良さや性格を利用し、タイミングを見計らって、わざわざ菜々美のところに仕事を持ち込んだんだ。

完全に公私混同だ。

プライベートの関わりだけでは満足出来ず、仕事にまで持ち込む。

菜々美への気持ちに気づいてしまってからは菜々美のいる部署に自然と足が向かってしまう。

我ながら、重症だと思う。


だが、今回は思った以上のトラブルに巻き込んでしまったので、本気で申し訳ないと思ってはいる。

けれど同時にチャンスだとも思ってしまった自分もいるのだ。

俺は、菜々美にデカイ借りができてしまったと言う名目で、いわゆる“デート“を計画した。

本人にデートなんて言ったら絶対に嫌がられるだろうし、そもそも菜々美は俺のことを恋愛対象として見ていない。

それはわかっている。

だから外堀から固めようと計画的に進めようと思ったのだ。

今までよりも、もっと多くの時間を共に過ごして“気づいた時にはいつも隣に俺がいた“と言う状況を作り上げてしまえば、菜々美が意識し始めると思った。


別に普段のように、ただ一緒に映画を見たり飯を食ったりなどの適当な理由で出かけることはできるのだが、好きだと気づいてしまった以上それなりのかっこいい姿を見せたいと思ってしまうのだ。





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