第3話 休日
家についた頃には既に深夜1時を回っていた。
推しのドラマがリアタイで見れなかったのは悔しいが、今日はとてもやり切った感がすごいある。とても疲れた。
もうご飯すら食べる気力もないので、シャワーだけ浴びてベットインしよう。
そして、明日こそは朝から晩までヲタ活しよう。グンナイ私……。
私は秒で爆睡した。
––––––ンポーンッ!ピンポンピンポンッピンポーン!
朝、10時27分。
私は何度もなる不快なチャイム音によって叩き起こされた。
モゾモゾっ
「ん゛––––––––うるさいなぁ!!!寝かせてよっ!まったくっ!!」
ドタバタドタバタッ–––––ガチャン
私はドタバタと寝巻きのまま玄関モニターを確認せずに、ドアを勢いよく開けた。
「はい……」
「やっと出たなネボスケ、よっ!」
そこにいたのは私服姿の百井だった。
呑気に挨拶してくる姿を見て余計に苛立った。
「ウッざ。帰れ」
「お前なぁ、親友に向かってそれはないだろぉせっかく昨日の礼に飯誘いに来たのに」
「いや、朝っぱらから来られんのはマジでウザイ。」
私はドアを無理やり閉めようとしたが、百井の手と足によってそれは阻止された。
「朝じゃねーな。もうすぐ昼だ。さぁ、着替えろネボスケ。邪魔するぞッ」
腕時計を私に向けて言い、ドアを開けそそくさと私の部屋へと侵入した。
眠さと戦いながら百井の背中を追いかけ、百井はキッチンへ、私はリビングのソファーへダイブした。
ゴソゴソとキッチンを勝手に物色する百井。
「冷蔵庫の中は…空だな。よし。あ、おい、寝るな。」
「……水…。」
「もう持ってきたから起きろ。」
「ん。」
私はゆっくり起き上がり、ソファーの上で正座して渡された水をがぶ飲みした。
空になったコップを百井に渡しもう一度ソファーに伏せようとするが、それは百井の意外とがっしりしている腕によって阻止される。
「だーから、寝るなってつってんだろーかよ。」
私は負けずと伏せながら全体重をかけ話し続ける。
「むり、HPが足りない。帰れ。私は今日は一歩も家を出ないと決めている。だから帰れ。」
「拒否。冷蔵庫に何も入ってないだろどうやって1日保たせるんだよ。」
「……お菓子のストックがあるもん––––」
「いいわけねーだろ。」
「はぁ、無理、ダルイ、眠い、クレープ食べたい」
私は、そのその起き上がり目をシバシバさせながら今の欲望を伝えた。
「わかったから着替えろ。クレープでもなんでも買ってやる。」
私は仕方なく隣の部屋のクローゼットへ向かった。
(適当でいいか…百井だし)
クローゼットから顔だけヒョッコリ出し、百井に聞いた。
「…ん…ねぇシロ、パーカーでいい?」
「お前なぁ…まったく…俺の格好をみてファミレスに行くように見えるか?」
私は百井をテッペンから爪先までジッとみて言う。
「…あんたプライベートの時いつも大体そんな格好じゃん。」
私の普段着は基本パーカーに黒のズボンがマストである。なぜかって?そりゃ楽だからに決まっている。桃井がクローゼットに来て私の服を物色し始めた。
「…お、コレいいじゃん。俺コレがいい。」
「…あんたって、意外と単純よね。」
百井が手にしたのは、去年友人とお揃いで買ったはいいが趣味じゃないため、まだ一度も着ていない薄桃色のシンプルなセパレートタイプのワンピース。
「どーせコレ、まだ着てないんだろ。」
百井はワンピースについたタグをこちらに見せて言った。
渋々私はワンピースを着て簡単なメイクを始めた。それを眺めながら百井は私に疑問をぶつけてきた。
「菜々美ってさ、身支度に時間かからないよな。」
「んー、そうね。身支度に時間を割くよりも睡眠を優先させたいし、ファンデが毛穴に入るのがあんまり好きじゃない。それに化粧映えする顔でもない。なんだったら、常にスッピンでいたい…。あと、メイク道具にお金をかけるくらいなら、漫画買いたい。それに、自分のスペックに磨きを入れたところで可愛くなりたいわけでもないし、むしろ目立ちたくない。」
「あー。お前、入社した時からそうだよな。サバサバしてるっていうか、本当に自己評価低いのなぁ。」
「他人と比べたら、そんなもんじゃない?……終わった。」
「よし!じゃぁ出動しようか!」
私たちは家を出て百井の車に乗り込んだ。
なぜこんなにも百井と私が打ち解けているかというと、百井は入社当時から女子からも男子からも人気が高かった。
それは、顔も背も性格も成績も上位の存在だったからだと思う。
それとは逆に、私は化粧っ気もなく他の女子の様にキャピキャピする事なく、地味を突き通してきた。
入社当初は、百井と同じ班になった事によって女子たちの標的になったのだが、私も決してやられっぱなしの性格はしていないので、何か言われたら正論で論破するなど、ちょいちょいやっていたら、それが先輩や上司の耳に入り自分の味方をしてくれるようになったのだ。
まぁ、百井の人気は未だ健在だが、先輩と上司を味方につけた私は今のところ穏やかな生活ができているのだ。
百井も自分が知らないところで、私が他の女子たちの標的になっていることを知って謝罪をしてくれたが、どうでもいい旨を伝えたところ、サバサバした性格が良かったのか、インターン中はよく話すようになり、私を友人枠に入れてくれたようだ。
それ以降は、頻繁に話すようにはなったが、配属部署が決まってから話すこともないだろうと思っていたが、百井や熊井さんを含めたメンバーから飲み会があるたびに誘われていたので、部署が違っても関係は続いていた。
お互いのことを話すようになり考え方や趣味が似ていることから、互いに親友枠にまでなるほど仲良くなった。そのため、こうして時々お互いの家に行き来しては出かけたり宅飲みしたりという、現状に至るのだ。
そして仕事の時以外のプライベートではお互い名前で呼び合っている。
私は名前というか、あだ名でシロと呼んでいる。
百井の苗字の百から漢数字の一をとって白。
コレには訳があって、インターンの頃の話に戻る。
ある日、書類に付箋が貼ってあり文章の最後にサインが書かれていたのだが、丸の中に白と書いており、最初は誰かわからず、百井だと判明したのち一時期だが、百井のことを白井と勘違いしていたのだ。
ボールペンのインクが一のところだけ掠れたしまったようで百の一が消えいた。
その名残で私は百井の事をプライベートではシロと呼ぶようになった。
「ねぇ、今更だけどどこ行くの?」
「ん、横浜。」
「え。何その、ザ・デートスポット。激混みじゃん。」
「え、だって前に横浜中華街の食べ歩きしたい的なこと言ってただろ?」
「…言ったっけ…?」
「言った。」
「全部奢り?」
「まぁ、昨日の貸しがデカいからな、貸し1と2をまとめてここで消化してくれるなら全部奢ってやる。」
「ッしゃー!食べるぞー!」
「…ッフ」
そう言って、私たちは横浜中華街に到着し、たくさんの種類を食べたいと思ったので、私は百井にある提案をした。
「ねーシロ、全部さ1個を半分個しない?そうすればいっぱい食べれる。」
「それもそうだな。」
そうして私たちは1個買っては半分を分け合い、1個買っては分け合い。と繰り返し、そのスタイルで、中華街を堪能した。
正直、百井と出かけるのが一番楽だ。と、私は少なからずそう思っている。
私にも女の親友はいるが結婚してしまっているため、安易に誘うことはできない。
その点、百井であれば今の所彼女はいないので、誘いやすくお互い何となく考えている事が分かるので気を使うこともない。
この気楽な関係が長く続くことを私は切に願う––––––––。
「ふ〜〜ッ、食べたぁ〜もう無理ぃ〜」
「ッフ、堪能できたか?」
「うむ、苦しゅうない…フフッ」
「ははッそうか苦しゅうないか。なぁ食後の運動がてら少し歩くか。足は大丈夫か?」
「ええ、行きましょう。全然大丈夫。私もそう思ってた。」
私たちはわたいのない話をしながら公園へ向かった。
百井はとてもスマートだとつくづく思う。
私の歩幅に合わせゆっくりと隣を歩いてくれるのだ。
きっと彼女ができた時もエスコートを欠かさないのであろう。
親友として、いい人に巡り合って欲しいと思う。
気づけば辺りは薄暗く、西の空には一番星が輝いていた。
土曜日にも関わらず高く聳え立つビルたちの窓からは無数の光が溢れ、青とオレンジ色の綺麗なグラデーションの空と相まって美しい景色を描ている。
「綺麗ねー…」
「あぁ…」
「「……」」
時折吹く冷えた風が体を押し、陽が落ちたと同時に寒さを感じ体を震わせた。髪が頬を掠め、ゆれた髪を耳にかけた。
「っクッシュ!」
「その格好じゃ寒いよな。帰るか。ほら」
「出来る男だなぁ。ありがとう。助かる。そうね、帰りましょうか。あなたは大丈夫?寒くない?」
何気ない顔で、私の肩に自分が着ていたジャケットをかけてくれた。
(ほーんとに出来た男だな。これにときめかない私もどーかと思うけど。)
「菜々美よりは寒くないかな。中にインナー着てるし」
「そ、ならありがたく車まで借りるわ。あ、帰り運転しようか?さすがに疲れたでしょ?」
「いや、イイよ。運転好きだし。ぶつけられたら俺泣いちゃう。」
百井はふざけながら、両方の目の下に手を当てて涙を拭く仕草で私に言う。
「おい、待て。私は運転下手じゃないでしょ−よ?あんただって私の車乗ったことあるでしょ?…え?もしかして私って運転下手なの?」
「はははッ冗談だって。怒るなよっっwいいんだよ今日は。お詫びなんだから。ありがたく甘えとけ」
「……」
そう言って、私たちは美しい夜景を背に公園を出て車へ戻った。
ガチャンっ
車に近ずいたらスマートキーが扉のロックを解除した音が駐車場に響く。
乗る前にジャケットを返さねばと思い、羽織っていたジャケットを脱いだ。
「ジャケットありがとう。助かったわ」
「ん。」
百井はジャケットを受け取り、助手席のドアを開けて私が乗るのを誘導した。
「あら、ありがとう。」
(本当にスマートな男ね…)
私が助手席に座るなり返したはずのジャケットを改めて私の膝の上に掛けた。
「え?」
「まだ寒いだろ。家に着くまで掛けとけ。」
それだけ言い放って助手席のドアを静かに閉めた。
(何だか至れり尽くせりね………)
私は、何か企みでもあるのだろうかと百井に不信感を抱いてしまう。普段はあまりこういった行動をされない為、とても違和感を感じるのだ。
まぁ、私の思い過ごしだろうが、きっと、なぜかと聞いても貸しを返しているだけだと言われるのが目に見えている。何だか異性からこういった、いわゆる女性扱いみたいなことをされるのが久々でゾワゾワしている。
ましてや、相手が気を許す相手であり関係を崩したくない相手だからこそ、今日は時々、距離感が分からなくなるのだ。
「さぁ、出発するぞ。忘れ物はないか?」
「ん、大丈夫。」
「せっかく横浜まで来たから少しドライブしながら帰ってもいいか?」
「えぇ、いいわね。いきましょう。ルートは任せるわ」
「了解。じゃぁいくぞ。」
光が溢れる街並みを、テールランプを追いかけながらゆっくりと流れに乗って走り、私たちは静かな時を過ごした。
スピーカーから、微かに漏れる音が私の眠気を呼び覚ます。
友人との小さな幸せの瞬間を堪能し、心地い時間が流れていた。
私にとっての平凡な日常に華を添えてくれる親友は、とても大きな存在である。
彼の善意を良いように利用し解釈して、自分だけが心地い感覚に溺れていく。
なんて悪どい女なんだと、ガラスに反射する自分をみて深く思うのだ–––––。
「なぁ、質問してもいいか?」
「ん?」
「菜々美は、彼氏と作らないのか?」
「何突然。」
「だって俺らももう20代後半なんだぞ?親友の将来は気になるじゃん?周りがだんだんと結婚なり子供なり作り始めているんだから」
「ん゛ー。いらないかなぁ……疲れるし嫌なんだよね…。嫉妬とかでゆさぶられる感情が…。相手の感情が読めるわけではないからさぁ。どれだけ些細なことも相手に勝手に期待して、自分だけの想いや価値観が一方通行だったトキにさ、そこから崩れ始めるじゃん?…そういうのがすごく面倒臭い。」
「でも、トキメク時とか相手を好きと思うことも時にはあるだろ?好きが抑えられない的なやつ」
「あー……ははは……今の所、ないかな…んー……多分私は……そういう感情を持ち合わせていないんだと思う。というか欠落してる?漫画とかで見るような、かっこいい仕草とか服装とかセリフとかでトキメキやカッコいいとかは、一瞬思うけど。そこから相手をずっと好きでいられる自信はない。」
「じゃぁ、お前はこれから先も一生1人で生きていくつもりか?」
「んーーー、分からないけど。そうかな。確かに両親がいた頃には早く結婚を迫られたりお見合いさせられたりしたけど。結局それももう叶わないし、多分私は1人で平凡に生活して死んでいくんじゃないかなー。」
そう、私の家族は全員3年前に他界した。
当時仕事で忙しかった私は実家に帰る時間は遅く、その日は私以外の家族で外食に行っていた。
その帰り道に、飲酒運転の車が道路を猛スピードで逆走し正面衝突して、それに巻き込まれた両親と弟は前後から車に押し潰され亡くなった。
苦しまずに即死だったそうだ。
そして後部座席の足元には、私用の晩御飯をテイクアウトしたであろう痕跡が残っていたそうで、全てひっくり返っていてどうすることもできなかったそうだ。
と当時の刑事さんが教えてくれた。
「…ふーん。」
「そっちは?最近浮ついた話ないじゃない」
「俺も、今の所ないかなー」
「あんたなら、よりどりみどりじゃない。何をそんなに躊躇ってるの?」
「俺に近づいて来る女子はさぁ、俺の上辺にしか興味ないだろ。学生時代も含めてだけど、女の歪み合い?的なので、“私とあの女どっちが–––”とか“仕事と私どっちが–––”とか付き合う女子全員に言われてきた。」
「うわぁ……それ本当にあるんだ。マンガの中だけだと思ってたっっwモテモテじゃん。」
「全然モテモテじゃねーよ、本気で好きだと思った相手からは異性として思われてねーし。俺、割とハイスペックだと思うんだけど?」
「ッフ、それを自分で言っちゃうあたりがマジでキモい。むしろマイナス。てか、好きな相手居るんかい!だれ?私の知ってる人?」
「自覚なしの天然よりはマシだろ?…絶対言わない。」
「え、そこは親友である私に教えなよ。会社の人?それともプライベート?」
「嫌だね。強いて言うならプライベート。今の所問題なさそうだから静かに眺めとくことにする。」
「…プライベートならさすがに分からんなー。眺めるんかい、ストーカーにならない程度にしときなよ?」
「言われなくてもそうするよ」
「–––––恋ねー。いくら考えても分からないんだよねー私には。もしかしたら今世じゃないのかもねー」
「「………」」
少しの沈黙の後、別の話に切り替わり、それからも私の家に着くまで他愛ない会話が続いていたが、あと30分と言うところで、私は急に睡魔に襲われ歩き疲れたせいもあってか爆睡していた。
「––––い…おい、菜々美?ついたぞ?起きれるか?……なみっ菜々美ぃーおーい。」
私は、遠くで百井が何か叫んでいる夢を見ていた。手を振って私の名前を呼びながら、他にも何か叫んでいたが、聞き取れない。
私は車の中で深い眠りについてしまった。
「だめか、おい菜々美カバンから家の鍵出すからな?–––あった。」
ジャラッ
「抱っこするけどあとで怒るなよ?––––よっと、案外軽いな…」
「nんー。」
私は、全く起きなかった。微かな香りに包まれながら、心地良い一定のリズムが片方の耳から聞こえてくる。その音は、私の眠りをさらに深くしていった…。
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