第2話 トラブル
ガチャッ
「助っ人確保しました。」
百井の手によりそのドアは開けられ、こいつのセリフによりその場にいた全員の視線が私を捉えた。
「まじか百井っ!よくやった!吉崎〜久しぶりだなぁ!よく来てくれた!」
馬鹿でかい声で叫ぶのは熊井雅弘(クマイマサヒロ)さん29歳、営業企画課第2グループのメンバーの1人だ。
「昨日エレベーターで相乗りしたじゃないですか…」
「お、そうかそう言えば会ってたなw」
「相変わらず、声がでかいのよ、もぅ。久しぶり吉崎さん、ごめんね巻き込んじゃって」
彼女は熊井さんの同期で増田由紀(マスダユキ)さん29歳バリバリのキャリアウーマンで私の先輩でもある。
「いえ、拉致されて…」
「あらぁ…、じゃぁモモくんに高〜いご飯を期待して奢ってもらわなきゃね」
「失礼な。絹田部長の許可は貰っただろ。先輩!こいつの前でその呼び方はやめてください…それに良いんですか?奢るのって俺だけですか?じゃぁ俺のだけでいいですよね?書類」
「……これは、失礼…聞かなかったことにしてね♡」
「ははは、無理です。これからいじり甲斐がありそうで楽しみですw」
「じゃぁあとで回収しますんで」
そう言って百井は親指と人差し指で輪っかをつくりお金を意味する合図をみんなに見せた。
そして熊井さんたちが奢る奢らないの話しについてワチャワチャと話し始めてしまった。
百井は誰にでも分け隔てなく接することができ、例え相手が年上だとしても懐に入るのがとても上手だと思うし尊敬に値すると私は思う。
まぁ、私がそんなこと思っていることは百井には絶対に言わない。
なぜ私が第2グループのメンバー数人と知り合いかと言うと、配属が決まる約半年間、私は営業企画課第2グループのアシスタントをしていたのだ。
当時の私がいた研修メンバーは百井と私を含めて6人。
配属が決まった時、私だけ商品企画課の第1グループに行き、他のメンバーは全員営業企画課に。
数年経って他の支社に散らばっている。
あれから他のメンバーはどうしているのだろうか。
連絡先は知っているものの一切連絡をとっていないので、どうなっているのかすら知らないのが事実なところだ。
私は人に興味がなさすぎて、普段は全くこんな事は思わないのだが、正直、研修期間は頭がパンクするのではないかと思うくらいキツかったのだ。
だからなのか、精神的にも肉体的にも当時の苦しみを分かち合ったメンバーをふと気にかけてしまう。
支社には行かず、本社の営業企画課に残っているのは百井だけになるのだ。
今のもう1人のメンバーは先ほどアシスタントと外に出ていると言っていた山田くんという1個下の百井の後輩がおり、アシスタント含め計6名が現第2グループのメンバーである。
まぁ、その山田くんとアシスタント2名以外は全員面識があり、割といいチームワークのメンバーだと思っている。
「早くやりますよ。急ぎの案件から出してください。ここ借りますね。」
「おう、何かあったら呼んでくれ」
そう言って、百井は私の向いの席に座りキーボードを打ち始めた。
私もとっとと目の前の書類の山を終わらせて家に帰りたい。21時までには終わらせて推しのドラマを見たい。
————問題もなく順調に作業は進むこと1時間。
時刻は17時50分を迎えようとしていた。
次の書類に目を通していると、ある店舗の今月の発注データが引っかかった。
全店舗の発注データで確認しても、数値が異様に高いことに気がついた。
簡潔に言うと、売り上げに対しての発注数が理に叶っていないのだ。
売り上げ1〜5位の店舗と見比べても明らかな差がある。
内訳を見てみると、特定の商品が多めに発注されていた。
そもそも在庫は全てロット数が決まっており、多くて1ロットにつき15袋が基準となっている。
ものによってはロット5〜10のものもあるが、メインメニューですらないものをそんなにも発注しても、売れなければ廃棄になるのだ。
まぁイベントなどで急激に売り上げが伸びた可能性もあるから定かでは無いが…確かめるには売り上げデータを確認する必要がある。
「…はぁ、売り上げデータ見てみるか……」
「ん?売り上げデータがどうしたって?」
「え!あぁ、ごめん聞こえた?…あぁー私が間違っているだけかもしれないから確認してからいうわ。あぁ、あとこれ今終わった分。はい。」
私の小さな独り言を百井は聞き逃さなかった。
正直私は独り言がとてつもなく多い。
ヲタクあるあるなのかもしれないが、気づいた時には1人で何かぶつぶつ言っている。
「ん、さんきゅ」
「ん」
私は、自分の疑問を解決すべく管理データにアクセスし今月のデータを確認した。
…………が……とんでもないもんを見つけてもうた。まさかの横領…
(いや、待ってー関わりたくなかったーーーー。)
私は思わず某アニメのゲンドウポーズをしてしまった。
しかも、その店舗スタッフだけではこんなことはできないはず。
発注申請して本社の店舗担当者が許可を出し、始めて申請が通るのだ。
ということは、このメンバーの中に裏切り者がおり甘い蜜を吸い続けているバカがるということだ。
(せめて発注商品はまばらにしろよ…1種類だけでこんなことしてたらバレるに決まってるやん。いやダメだけど、ダメなんだけど、もっと頭使えよ……。)
とりあえず、どれだけ前からこんな状態なのかを調べよう。
はぁ、これは終電決定案だわ…
「おい、大丈夫か?吉崎。なんか暗さが増してるぞ」
熊井さんが私のポーズを見兼ねてコーヒーを淹れてくれた。
「…あぁ、いえ。ありがとうございます。ズズズッ…はぁ、うん。美味しいです。んー、もうちょっとまとめてから報告しますね。」
「…え、何その反応。絶対ヤバいもん見つけたジャン。」
「途中でいいから、聞かせてくれるかしら?吉崎さん」
熊井さんの反応に対して、増田さんも私の違和感に気づいてしまった。
「話せ」
百井も便乗して、身を乗り出してきた。
だが、誰が聞き耳をたて、誰が裏切者かは分からないが、この3人とは長い付き合いがあるため信用できる…気がしなくもない…。
「…あー、ちょっとここでは話せないです。……取り敢えず会議室へ…」
流石に他のグループがいるこのフロアで横領についての話しをするわけにはいかないので私は書類を印刷し、3人を連れて6人ほどが使用する小さめの会議室に移動した。
「まぁ、多分なんですけど横領…的な?…でも、まだ今月のデータしか見ていないので定かではないです。」
「「「っ!」」」
3人とも眉間に皺が寄り、渡した書類を見て百井と熊井さんは何か考え込んでいる。
「…横領だと思った根拠はなんだったのかしら?」
私は、違和感を感じた経緯と今分かっている情報とこれから確認しようとした内容を伝えた。
「……おい、ここの担当者って確か山田だったよな。」
「そうですね、俺から引き継いでます。2年前に。」
え…。
「…そうか。百井、決してお前を疑うわけではないんだが、お前が担当していた時代からのデータを含めて調査することになるだろうよ。」
「そうね。まぁ、山田くんもそうだけどアシスタントのどちらかも関わっていたでしょうね……」
そういうことだ、申請の許可を出すのは担当者だが書類のデータを入力し正式に発注するのはアシスタントの仕事なのだ。
「はい……もちろん……徹底的に調べてください。」
百井の顔をそっと覗くと眉を顰めて辛そうだった。
たった数年ではあるが山田くんとは多くの時間を共有し努力してきた仲なのだろう。
ましてや自分が積み上げてきた実績を引き継いで信頼した結果がコレだ。
信頼した相手からの裏切りの辛さはとても理解できる。
私がそうだったからだ。
こういう状況はやはり過去を思い出してしまう。
百井の感情が自分に乗り移ったかのように、怒りと悲しみが込み上げ腑が煮え繰り返そうだ。
「とりあえずコレは月曜日に朝イチで部長に報告するから今から全員で過去のデータを漁るぞ。取り敢えず5年分。全員今の進めている作業をキリのいいところで切り上げて、吉崎のフォローをしてくれ、そしてこの事については解決するまでは箝口令を敷きたいから、作業はこの会議室を使って内密にやってくれ。」
「「はい。」」
そうして私達は、一晩かけて全員で作業に没頭した。
————————現在日付が変わり深夜0時11分。
「「「…はぁーーーーーっ……」」」
「みんな…ご苦労様……」
「やーばいなコレ。俺コレ報告するの嫌なんだけど……」
「呆れすぎて、逆に尊敬しますね…攻めてるわけじゃないですけど、2年間誰も気づかなかったのが凄いです。」
「…俺、月曜日に山田と村上に会ったら耐えきれずに2人ともフルボッコにしそう……」
「それは全力で阻止しないとね。でもみんな同じ気持ちよ。」
ここにいる全員が椅子に脱力し背もたれに寄り掛かり上を見上げて会話した。
過去5年分の資料を、四重に確認し不正行為を調べ尽くした結果。百井は白。
けれど山田くんとアシスタントの村上さんは真っ黒だった。
調べたところ、なんと百井から引き継いでたった半年後から不正行為はスタートしていたのだ。
そして、不正行為は1店舗に限らず。
手口としては、月毎に商品を変えて発注数を変えていたが、先月と今月のみ誤って同じ商品を立て続けに注文していたようだおかげてこの2ヶ月間だけでも簡単に確認することができた。
売り上げ個数と在庫数・発注数を1ヶ月ごと確認し差分を計算したところなんと約680万円の横領が確認できたのだ。
正直、引いている。
山田くんが担当を持っているのは6店舗、その内不正行為を行なっていたのは3店舗、約1年半で総額約680万。
私が今回のことで関わらなければ、もっと大きな額になっていたのかもしれないが、金に目が眩んだがために自分の人生を終わらせることになるのだ、我ながら、よく発見したと思う。
「吉崎には本当に面倒をかけたな、同じグループの俺たちが気づけていたらよかったんだが、改めて礼を言うよ。本当にありがとう。」
熊井さんは深々と私に頭を下げた。
確かにとんでもないトラブルだが、久々にこのメンバーで仕事が出来た事に少しだけ喜びが湧いていたので、私は冗談で返事をした。
「ふふふ、この借りはとても大きいですね。とびっきりの見返りを期待しますねっっっw」
「「「…ははははっ!!!」」」
私の返しにキョトンっとし、全員して笑ってくれた。
「さぁ、取り敢えずはまとまったし、帰ろうか。」
私たちは片付けをして早々と身支度をし、会社の前で解散し各自家路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます