同僚兼親友とシェアアウス〜私はあなたを愛さない〜

夏村トト

第1話 同僚

春の風というには程遠い冷たさを残し、夜になれば上着が欠かせない。


暦の上では春になっても寒すぎる日々が、今だに続いている4月中旬の夕方16:21。


私はかれこれ約4年、チェーンで約153店舗を展開するカフェ『Forest』の本社に勤めるしがないOLの1人、吉崎菜々美(ヨシザキナナミ)26歳。

商品企画課第1グループに所属している。


今日の仕事も順調に終わりあと30分の定時まで時間を潰そうと明日のスケジュールを組んでいた。


穏やかに過ごすには日々の努力と冷静な判断が必要だと私は思う…

そんな私の平凡な日常に刺激を与えようと嵐を起こす輩が1人。

そのドアはある同僚の手によって開けられた。


「…き〜、吉崎〜さん。…おい、気づいてんだろ…返事くらいしろよ」


「…はぁ。あんたがわざわざ定時30分前に他部署の私のところまで来て、何かいい話の時ってあった?どうせ面倒なことでしょ…」


「はははh、当たり。トラブル発生。助けて♡」


彼の名は百井遼汰(モモイリョウタ)27歳。営業企画課第2グループに所属。

100人程度居たはずの同僚がパタパタと消えていき、生き残っている数少ない同僚の1人だ。当時のインターンで同じグループを組んでいた為仲がよく、何でも言い合える親友に近い同僚である。


ちなみに私は男女の親友は存在すると思っている方だ。


「…見返りは?」

私はキーボードから手を離し、椅子を座ったまま回転させ百井の方に向き、笑顔で片手を出した。

いわゆる見返りを求めるお手のポーズだ。


「…貸し1で」


彼は私の手に自分の手を重ねお手のポーズをする。


「却下。理由その1、先月の貸しが1つまだ残ってる。理由その2、本日は金曜日。理由その3、本日は私の推しが出るドラマの放送日。」


「お前のTVは全録だろ大丈夫だ。なー頼むよ、とびっきり美味いご飯奢るからさぁ。な?俺のグループのアシが全員出払ってるんだよ、もう頼めるやつが経験のある吉崎しかいないんだよ。なっ?」


うむ。食費が浮くのか…だがしかし、推しへの愛は食欲に勝る。


「え、尚更嫌なんだけど。2人とも居ないなら絶対1件だけじゃないじゃん。あんたんところのアシスタントって2人いたよね?残業して貰えば?」


「それができたら頼んでるよっ、三間さんは子持ちで15時あがりでもういないし、もう1人は山田と別件のトラブルで出たまんま、まだ戻ってないんだよ…」


「…え、なにその状況…あんたよく今まで無事だったわね…」


「だろ…?もっと褒めて。」


「………。」


考えろ自分。推しをとるか仕事をとるか…


「まぁまぁ、いいじゃないか吉崎くん。同僚は大事にしてあげてよ(ニコニコ)」


私たちの会話に入ってきたのは私の今の上司である絹田部長(きぬた)だ。

部長はいつもニコニコしてて商品企画課のゆるキャラみたいな人だ。性格は温厚だが仕事ができるタイプ。


「部長…私を生贄にしないでくださいよ…」


部長は自分の部下を他部署に貸すことで、“営業企画課に恩を売ってこい“と言っているのだ。


「よしっ、部長の許可がおりた!さぁ行こう!今すぐ行こう!早く始めれば早く終われるぞ!さぁ!」


私は百井の腕によって逃げられないようがっちりとホールドされ、拉致…いや、連行されたのだ。


これから起きる波乱に巻き込まれることも知らずに……






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