第7回『右に同意』


 夏を間近に控えた六月上旬。

 四月・五月にあった冬の残滓、つまるところ肌寒さはすっかり消え去り、ただただ過ごしやすい空気が流れている札幌のすすきの。

 そこに建つビル・ノルベサの五階・代々木アニメーション学院札幌校のとある一室にて、三人の声が宙に消えた。


「「「学院祭?」」」


 シナリオ・小説科一年。

 宮森悟、伏見肇、旭丘智明である。


「そう、毎年恒例の一大イベント」


 そんな間抜け面三人衆に向かって頷くのは担任の高林であった。

 直後、三人衆は一斉に眉をひそめる。


「くだらん、パス」

「そういうのって秋にやるんじゃないんスか?」

「えー出し物とかやるってことですよね? 僕らが。……めんどいなおい」

「……キミらひねくれ過ぎだよ」


 カタカタとキーボードを叩き続ける悟に、肇と智明が続く。三人とも、血でも繋がっているのではないかというくらいに息ピッタリだ。


「もっとテンション上げてこーよ。学生なんだから」

「って言われてなもァ~~、別に俺ら高校生ってわけでもないですしィ。文化祭だか学園祭だかで燥ぐ年でもないッつーかなんつーか」

(腹立つなァもう)


 くどくど文句を垂れる肇に、高林は歯を軋ませる。


「大体なにやるんです? わたあめでも作るんですか? それともセブンで買った唐揚げ棒を転売するとか?」

「そんなことするわけないでしょ!? ここ代アニだよ!? そんなありきたりなこと今更するわけないだろこの馬鹿!! 馬鹿坊主!!」


 どうやら三人が想像している学院祭とは、少し違うらしい。「そ、そこまで言わなくても……」と落ち込む肇に目もくれず、高林は話を続ける。


「もっかい言うけど、ここは代アニです。しかもクリエイター学部。文字通り、クリエイターを目指すところです。そんなとこの学院祭が、ただB級グルメを売りさばくものだと思いますか?」

「その心は?」


 カタカタ、ッターン! とエンターキーを弾く悟の問いに、高林はニヤりと笑う。


「やるでしょ。――――『合作』」

「「「――――ッ!?」」」


 合作。

 つまるところ、他学科の共同制作である。

 その返答に三人は、


(((どのみちめんどくせェ……)))


 依然変わらず志が低いのであった。



「合作ねェ」

「しかもまさかの全学科参加」

「…………」


 休み時間。

 肇と智明はうわ言のように呟いていた。

 そして同時に、悟を含めて三人は数時間前の高林を思い出す。


『参加する学科は全て。七月中旬の学院祭に向けてやることは唯一つ』

『十分アニメの制作です』

『イラスト科がキャラクターデザインを行い、アニメーター科がそれを動かし、声優科が声を吹き込む。そして私たちシナリオ・小説科はその土台。即ち……』

『――――原作です!!』


「「「…………」」」


 腕を組み、それまで黙り込んでいた悟が口を開いた。


「役割を決めようか」

「「…………やる気あったんだ」」

「ないに決まってるだろ」


 素直に事態を進めようとする悟に、二人は目を丸くさせる。

 これは非常に珍しいことだ。


「授業の一環なら仕方ないさ。大体、中学高校の文化祭だって強制されてたんだ。今更やるやらないで事態を躊躇半端なまま進ませるより、パパッと終わらせるに限る」

((躊躇半端にしてきたんだろうなァ))


 実際、肇と智明の予想は当たっている。

 悟は幾度も文化祭を破壊してきた。

 重度の効率厨でもあるせいか、クラスメイト(もちろん自身を含めて)に飯抜きの重労働を強制させ、女子達を泣かせたこともある。

 しまいに、そんな重労働続きに男子たちがついていくわけもなく。結果、サボりを増やすばかり。サボる男子を注意する女子も増え、次第にクラス内はギスギスし始めていった。

 増長していく労働と喧嘩・口論。

 その中で、唯一人生き生きと作業する悟。

 最終的にクラスは崩壊し、悟が在籍するクラスは必ず出店無し・来客用の昼食場所となっていた。

 そんな過去があるなどつゆ知らず、肇と智明はパッと悟に話を振った。


「ならお前が決めてくれ」

「右に同意」

「おい、なに面倒事押しつけようとしてんだ」

「うるせ。こちとら散々、お前に振り回されてきたんだ。こんな時だけ、お前たちが決めてくれなんてあると思うかよ」

「うん。それに、なんだかんだ言って宮森くんには説得力あるしね。頼んだ」

「…………」


 なら、と悟は静かに続ける。

 そして、


 原案、宮森悟。

 構成、伏見肇。

 脚本、旭丘智明。


 最終的にこのような形に落ち着いた。

 制作体制はこうだ。


「俺が原案を考える。その後、ストーリーの大まかな構成を伏見。大まかなシナリオを旭丘に頼みたい。細かなところは常に会議だ」

「了解」

「分かった」


 つまり結局は、――――三人でやろうということだ。

 役職など、制作の進行・管理をしやすくする為に決めたに過ぎないのである。


「問題は……」


 肇が教室の扉に目を向ける。

 シナリオ・小説科の隣室。そこにあるのはイラスト科だ。


(上手く他学科と協力できるか、だな)


 斯くして、波乱の学院祭準備が始まるのであった。

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代アニ札幌伝 @yoanirensai

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