第5回『変身すると髪が短くなる』
1
カチカチ、と時計が進む音のみが教室に広がっていく。
現在、シナリオ・小説学科の教室には悟、肇、智明の三人が居た。
ひたすら志島亜衣のライブ映像を見つめている悟。その隣では肇が黙々と漫画雑誌に目を通していた。週刊少年マガジャン、表紙を飾っているのは最近になって連載が始まった魔法聖女ジャンヌだ。
ページを捲る肇の隣で、スマホゲームに興じていた智明が智明のマガジャンに目を向ける。
「それマガジャン? 今週の?」
「うっス、今日出たヤツ」
「そっか、そーいえば水曜日だもんね今日」
…………。
少しの間、会話が止まった。
そして、智明が静寂を破る。
「どう?」
「とは……!?」
何やら恥ずかしそうに聞いてくる智明に、肇は苦笑いを返した。智明は「たはは」と困ったように笑いながら、マガジャンの表紙を指差す。
「それ、ジャンヌ」
「あァこれのこと」
「いやァツイッターの方でさ。結構盛り上がってるよね」
「そうスねェ。あまり無いからじゃないスか? こーいうコテコテの魔法少女もの。少年漫画じゃ見ませんもん」
「そうそう、結構コテコテだよね。僕も一話目見て思った。まァ、一話目しか見れてないんだけども」
雑誌派の肇と違って、智明は電子派だ。つまるところ、続きを見るのに少し期間が空いてしまうのだ。智明の場合、もう二話目はいつでも見られる状態なのだが、腰が重く、ずるずると連載開始から一ヶ月が過ぎてしまったのである。
「悟は? 知ってるかこれ」
「当然」
「漫画とか見るんだ、宮森くん」
「俺も自分で聞いてて意外だと思っちまった」
「なんでだよ、漫画くらい見るわ」
「「アニメは?」」
「見るっつの」
「「ふーん」」
「なんか腹立つなおい」
「いやいや、志島亜衣にしか興味無いのかと思ってよ」
「うんうん、なんだかんだ言ってオタクなんだね」
「……ふん」
鼻息を飛ばす悟に、肇と智明は向かい合って微笑を浮かべる。男同士で温かい目を浮かべ合うのは、何というか、言い難い気色の悪さがあった。
「んで?」
「はい?」
「見てどーだったんだよ、ジャンヌ」
「……まァ、そーだな。さっきも言ってたが、正統派魔法少女で勝負しているところとかは好感持てるよ」
「魔法少女って言ったら、最近は何かとグロとか鬱とか多いもんねェ。まどマグ辺りから」
「そーなんスよねェ。デスゲーム×魔法少女とか、サバイバル×魔法少女とか。面白いんスけどね。なんつーか、そればっかりというか、奇を衒いすぎてるというか」
「しょうがないだろ。そーでもしないと読者は生まれねーんだから。今の時代、一からジャンルを生み出すのはほぼ不可能。新鮮さを生み出すには既にあるモノとモノを組み合わせるしかない。ただでさえ魔法少女なんて題材は一昔前に使い古されてるんだ。グロエロ鬱、そーいった萌えとは逆の位置にあるもんと組ませることで新鮮さとギャップ、イコールでコンテンツ力を生み出してるんだよ」
「「へェ〜〜」」
ここに居ながら何故知らない。そんな眼差しで悟は二人を見る。と言っても、入学式からまだ一ヶ月しか経っていないのだ。無理もないだろう。
「他に好きなとこは?」
「なんでそんなに聞くんだよ」
「いや、だってオマエ普段は俺たちのオタ話に入ってこねェだろ。普通に気になる」
うんうん、と頷く智明を尻目に悟は少し考えた後、いつものようにはっきりと答えた。
「
(––––––––ッ!?)
瞬間、肇にズビシッ!! と衝撃が走る。肇はスンッと視線を落とし、持っていたマガジャンに目を向けた。そこには黒髪ロングの何処か冷徹そうな美少女が描かれている。
「智明さん、確か志島亜衣の十八番って」
「クーデレ系だね」
何を隠そうこの魔理維というキャラ。文字通りのクーデレキャラなのである。主人公であるジャンヌを事あるごとに分析し、淡々と正論を述べながら否定するライバルでありながら、時には照れながら謝ったり協力したりするのだ。
そして、志島亜衣が演じるキャラの多くが似たようなシチュエーションを披露している。
(こいつ、ほんと志島亜衣のことしか頭にないんか)
改めて悟の声豚レベルにドン引いた肇であった。
「魔理維ねェ、今んとこ負けヒロインオーラぷんぷんだけど」
「あァおそらくヒロインレースは負けるだろうな」
「その自覚はあんのね」
「変身したら髪青くなるし、何せヒーローの幼馴染だからな」
「「あァ〜〜」」
恋愛要素が絡んでくる作品だと、悟が言った要素は男性主人公からフラれる可能性がすこぶる高いのだ。
「ショートヘアでツンデレじゃなかったのが唯一の救い、……か」
「それもう完全にだね……」
「いや、魔理維はな、––––––––変身すると髪が短くなる」
「「––––––––ッ!?」」
智明は「あッ」と声を零し、肇は「そーいやそうだった」と頭を抱えるのであった。
「そういえば、志島亜衣って勝ちヒロインいっぱい演じてきたけど、それと同じくらい負けヒロインもやってるよね」
「それもう確定じゃないスか……」
「まァオレはジャンヌの中で一番なだけであって、別に漫画という広い括りの中じゃそこまでだから、負けようが知らんがな」
「オマエはいいな。推しがフラれる辛さを知らなくて」
「けっこー心にくるよねあれ」
「一番酷いのは最終回でどこの馬の骨とも知らんヤツと結婚して子供産んでたりするパターン、スね」
「あァ〜〜」
斯くして、オタク談義は続く。
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