第4回『凄味があるな』



「「「学科交流会?」」」


 開口一番。担当教諭である高林が言ったのだ。『今日はいつもの授業じゃなく、クリエイター学部のみんなでちょっとしたレクリエーションをやるから』と。


「めんどい」「興味なし」「帰りたい」


 肇、悟、智明。三人はそういう台本でもあるのかと言うくらい綺麗に順番を守って、言葉を並べていく。


「……………はァ」


 高林勇希。教師生活一年未満にして、ついに拳を振り上げた。



 場所は変わり、イラスト学科教室。クリエイター学部の中で一番の面積を持つこの教室に、三人は強制連行された。


「かァー、しっかし流石はアニメ系。癖のあるヤツらがチラホラと……」


 同じように集められたイラスト学科、アニメーター学科の面々を見て、肇は思わず心の声を漏らす。


「見ろよあれ。あの人なんかスキンヘッドだぞ。俺の母校にだってあそこまで気合の入った人は居なかった」

「あれは……、アニメーター学科かな」

「凄味があるな」


 教室の真ん中付近。そこに座っていたスキンヘッドの青年に、肇は物珍しそうに人差し指を向けた。

 その他にもゴスロリ、バンギャ、スベッた文字Tシャツなどなど、様々な出で立ちの生徒を見かける。

 それから数分が経ち、レクリエーションが始まった。


「えェそれでは、今日は班に分けてお絵かき伝言ゲームをしていこうと思います」


 イラスト学科担当教諭、藤田奈々とうだなな


「班は席の列ごとで分けますね」

「「「えっ」」」


 偶然、一列に座っていたシナリオ・小説学科三人は流れるまま同じ班になったのであった。


「えーっと、イラスト科一年の新川孝太しんかわこうたです。好きなモノはゲームで、……えーっと、将来もゲーム会社で絵を描きたいと思ってます」

(タッパあるな……)

(素朴な感じだ)

(どんなゲーム好きなんだろ)


 ざっと身長一八〇手前だろうか。唯一、悟が孝太と目線の位置が同じである。


「アニメーター学科一年、西野歩美にしのあゆみです。年は二七です。好きな物は、……特には」

(スキンヘッドきたァ――――ッ!)

(出で立ちに反して名前が妙に女っぽいな)

(僕より年上のヒト居たんだ……)


 次いで物腰柔らかく自己紹介してきたのは、例のスキンヘッド。見た目とは裏腹に、割かしおっとりとした雰囲気が漂っていた。

こうして、異色のE班が結成されたのであった。


(僕が一番最初か。……に、荷が重い)


 ジャンケンによって一番前に移動した智明は、キリキリと痛む胃を押さえながらも、眼前のシャープペンを手に取った。


(お題は……、犬か。まァ最初はこんなもんだよね)


 実に簡単なテーマである。智明は流れるようにペンを走らせた。一方で背後に居た肇は、


(智明パイセン、随分スラスラ描くな。……ふ、不安だ)


 訝しむような視線を送る。


「はい」「うス」


 与えられた時間は一分。だというのに、智明は十秒そこらで肇に手渡した。そして、


(…………クトゥルフ神話の生物?)


 なんだこれ、というのが最初の印象である。

 歪な形をした球体から伸びる五本の足。四つの丸い目。何とも形容し難い物体だ。


(……しゃーねェ。ちょっと整理しつつ描くか)


 ちょちょいのちょいと描いてみせる肇。これでも肇は少し画力に自信が、


「ほい」「ありがと、……う?」


 あるわけでもなかった。

 手渡されたプリントに、孝太は素っ頓狂な声を挙げる。


(な、なんだろこれ。……明らかに地球に居ちゃいけない生物が描かれているんだけど)


 渡されたプリントに描かれていたのは、SF映画に登場しそうなクリーチャー。例えるなら遊星からの物体X。


「こ、これ」「どうも、……ッ!?」


 当然、背後に居た歩美は目を点にした。


(なっ、ん? えっ、こあっ、んん? なんだこれ……)


 目を覆いたくなるほどの意味不明さ。

 魂を与えられたヘドロのような物体に、歩美は持ち前のスキンヘッドに汗を滲ませる。


(え? 新川くんイラスト科だよね?)


 これに関しては、前半のシナリオ科二人が悪い。しかし、そんなことを知らない歩美は、前方に座る孝太へ疑いの目を向けていた。


(まァそれっぽく誤魔化すしかないか)

 短い時間で歩美は、元のヘドロみたいなデザインから遠ざからないように、できるだけ存在する生物っぽく書き直していく。

 そして、


「…………?」


 悟は宇宙に飛ばされた。



 答え合わせの時間。A班、B班と続き、そして最後のE班。

彼らのプリントが教室前方のテレビに映し出された瞬間、


「なんだこれ!?」


 と藤田奈々は珍しく声を荒げた。

 プリントに描かれていたのは、まごうことなき地球外生命体。でっぷりとした巨大ナメクジがそこに描かれていたのである。


「え、あれ? な、え? なんだこれ」


 その疑問に対し、先頭に居た智明はキッパリと答えた。


「犬です」

「「「「はァ!?」」」」


 瞬間、智明の背後に居た四人が一斉に立ち上がる。


「ちょ、智明パイセン。これどこが犬なんスか! 明らかにクトゥルフ神話の生物でしょ!」

「俺はてっきり宇宙から来たクリーチャーなのかと」

「生きたヘドロじゃないの!?」

「絶対ジャバザ〇ットだろ!!」


 最終的に悟が描いたのはスター〇ォーズに登場する有名悪役、ジャバザ〇ットであった。


「い、犬だよ?」

「み、認めん。絶対に俺は犬なんて認めねェ……ッ」

「い、イラスト学科でやっていく自信を失くした……」

「それに関しては右に同意(現アニメーター学科)」

「くそ、汲み取れなかった……」


 ズーンと心を沈ませる四人。

 その後も順番を入れ替えつつ、お絵かき伝言ゲームは続いた。幾度となく悲しきモンスターは生産され、レクリエーションは最早不毛とも言っても良い時間になっていく。

 そうして、この世の終わりみたいなレクリエーションは終わりを迎えた。



「…………はァ」


 完璧主義の節がある悟にとって、今日のレクリエーションは久々に、何もかもが上手くいかないモヤッとする催しだった。

 堪らず、溜め息を零しながら悟はロビーに赴き、下校しようとする。


「め、珍しく落ち込んでますね」

「……ん」


 不意に声を掛けられ、悟は視線を横に向けた。聞いたことのある声。間違いなく、この声は声優・タレント学科の美園静華だろう。


「あんたはいつも急だな」

「す、すみません」

「別に貶してるわけじゃないから謝るな。ただ私は可哀想な人間という自己主張を凄く感じてイラっとはするけど」

「そ、そういう言い方を世間一般では貶してるって言うんじゃないでしょうか?」

「オレにそんな他意はない」


 悟のデリカシーの無さにだいぶ慣れてきたのか、静華は肩を落とすものの今までよりは受け流せるようになっていた。


「それで? なんか用?」

「え、あァその、あんまり溜め息ついてるところ見たこと無いから、どうしたのかなって」

「……ちょっとしたトラブルがあっただけだよ。別に落ち込んでなんかない。ただまァ、……少し自信に傷がついたくらいだな」

「…………」


 少し考えた後、静華は「ちょっと待ってください」と言って、傍に設置されていた自販機へ走った。


「――――?」


 ガコンと何かを買い、静華はすぐに戻って来る。そして、


「これ、この間のお礼です」

「…………」


 スポーツドリンクを手渡した。

 この前、悟が静華に奢った飲み物と同じものである。


「私は、その、さっきあなたが言ったように、人をイラっとさせちゃうくらいダメダメです。でも、――――私なら、いつか理想の人に追いつけるって自信は、失くしたことありません」

「…………」

「こんな私でも自信は、維持できてるんです。だからその、……あなたも頑張ってというか、…………すみません、なんか上から目線、ですよね」

「――――いや、大丈夫」


 落としていた視線を、悟はようやく上げた。


「そうだな。いつもウジウジして日陰に生えてる雑草みたいなあんたでも高尚な自信を保ってられてるんだもんな。オレも、あんなゲーム如きで一々沈んでいられないか!」

「…………」

「ありがとう。気づかせてくれて。それじゃ!」

「…………」


 スッと静華は息を吐いて、帰っていく悟を見届ける。

 そして、


「…………帰ろっかな」

 ほろりと涙を流すのであった。

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