第3回『なんでここ来た?』
1
「じゃあ気を取り直して、自己紹介から始めましょうか!」
半ば苦笑気味になりながらも、高林は手を叩いて教室内の空気を変える。
「私は札幌校シナリオ・小説学科の担当教諭、
「知ってまァす!」
「知らない」
「ちょ、ちょっと知ってます」
右から順に肇、悟、智明が反応した。
「じゃあ次は皆の自己紹介ね」
「「「はい。…………えっ?」」」
三人は同時に挙手する。
「(息ピッタリだなおい……)ジャンケンで決めよっか」
高林勇希、教師歴一年目にして既に適応しつつあった。
「「「じゃあんけェん……」」」
2
「札幌北常高校出身、高校は東区っスけど住んでるとこは清田区っス。伏見肇。年は全員同じかもだけど一八っス」
(北常高校、……知らん)
(北常って確かヤンキー校だよね……。怖いなァ)
興味皆無の悟と委縮してしまう智明を余所に、肇は勢いよく立ち上がる。
「夢は
(((思想強ッ)))
高笑いを響かせる肇に、残された三人は遠い目を浮かべるのであった。
「斗星大学出身って言っても今は休学中ですけど……。北広島市に住んでます。旭丘智明って言います。あっ、年齢は二二です。えーっと夢はラノベ作家デビューして……」
(い、居たんだ年上)
てっきり全員一八歳だと思っていた肇は、静かに目を逸らす。
「一刻も早く家を出ることです……」
その矢先、なんかノイズ混じりの低音ボイスで智明は言った。
(((なんか闇深そう……)))
後に悟は姉にこう語る。呪詛かと思った、と。
「札幌東南高校出身。一八歳、宮森悟です。夢は」
(と、とと、東南ッ!?)
(札幌一の進学校じゃん……、えっ?)
悟の自己紹介を聞いていた肇と智明は同時に首を傾げた。
((なんでここ来た?))
「夢は自分の作品をアニメ化させて、推しと結婚することです!」
(((ッ!?)))
「えーでは、オレの自己紹介なんかは置いといて、今からオレの推しである声優『志島亜衣』についてパワーポイントを作ってきたので、どういうところが推せるのか一から百まで説明しようと思います」
「待て待てェ!! もう授業始まるからッ!」
リュックからノートパソコンを取り出そうとする悟の手を、高林は止める。
(志島亜衣ねェ。今最も売れてる女性声優だっけか)
(凄い美人さんだし、問答無用で推しちゃうのは正直僕も分かるなァ)
最近では大河ドラマやゴールデンタイムに放送されているバラエティ番組でも見かけるようになった。それほどまでに、志島亜衣という名前はかなり大きくなっているのだ。
((それにしても……))
そんなことはさておき、肇と智明は、高林先生とノートPCを取り合う悟に向かって、白々とした目を向ける。
((声豚かァ……))
説明しよう! 特定の声優に過剰な熱狂、崇拝し過ぎているマナーの悪い連中をオタク界隈では声豚と呼ぶぞ! こいつらは一般市民や礼儀正しいオタク、そして当の声優本人たちから普通に嫌われている人間の屑なので、皆もそうならないように気をつけよう!
2
自己紹介が終わり、いよいよ授業が始まった。
全国各地に九つの校舎を有する代々木アニメーション学院の授業は、本部である東京校から各地にリモートで授業を配信している。
業界で働くクリエイターたちの授業が、教室に置かれているテレビから流れているのだ。
3
「はァ……、やっぱオリエンテーションって眠くなるよなァ」
「普通の授業と違って自己紹介が大半だからねェ。気が引き締まらないというか何というか」
欠伸をする肇に対し、智明も軽く笑いながら同意する。
そんな折、
「あそうだ」
肇が徐に呟いた。
「よかったら、今日このあとメシでもどーッスか?」
「行かない」
「ごめんバイト……」
「あ、そう……」
そうして、静かに、ゆっくりと肇は机に突っ伏す。
(俺、ここで友達できんのかな……)
4
ガコン! という大きな落下音。ロビーに設置されている自販機から飲み物を出した音だ。買った飲み物は何てことの無いただの麦茶。
(一本九〇円という学生に優しい格安価格。……嬉しい)
ふふ、と笑いながら封を開けるのは休憩中の悟だ。
「あ、あの」
「……っ?」
どこかで聞いたような、そうでもないようなか細い声が、どこからともなく聞こえてくる。気のせいか、悟は構わず麦茶に口をつけた。
「す、すみません」
「んブふッ!?」
突如として視界にヌッと現れた黒い塊に、悟は堪らず驚く。
「わァ!? だ、大丈夫ですか!?」
「うおえッ! な、なんだあんた急にッ! 何の前触れもなく出現するなッ!」
現れたのは、入学式の時に出会った前髪が重たい地味少女、美園静華だった。
「すみません……」
ガビーン。そんな効果音が脳内に伝わってくる。
ハッキリと言われたのが余程ショックだったのか、静華はストンと肩を落とした。
「というか何してるんだあんた。声タレ(※声優・タレント学科の略)はまだ授業中だろ」
「あっ、えっと、恥ずかしながら体力切れで、ちょっと休憩を……」
「…………あんた本当に声優なれるの?」
「で、ですよね。そう思いますよね。はは……」
今度はズーン、という音が鼓膜を叩く。
「…………あれ?」
そこで、静華はとあることに気がついた。
「どうして私の名前……」
「ん?」
「あの、なんで私の名前と学科を」
「いや、あんた入学式の時、ロビーで言ってたじゃないか。自分で」
「…………覚えてたんですか!?」
「当たり前だろ! ニワトリかオレは!」
「だ、だって、あの時はただ『うん』って流されちゃったから……」
「人を何だと思ってるんだ。流してなんかない。だからこそちゃんとうんって言ったんだ」
他に言うことがもっとあるだろ、と誰もがツッコミたくなった筈である。
「ほ、他にも言うことあると思いますけど……」
「あれで充分だと思ったんだよ。別にオレとあんた、友達ってわけでもないだろ。というか、これからなることもないし」
「…………そ、そんなにハッキリ言っちゃうんですね」
先刻から延々と続く悟の無神経な発言に、静華の心はもうズタボロだった。
「当たり前だ。オレは友達付き合いをするためにこの学校へ来たんじゃないからな」
「――――」
「オレの夢を叶えるにはあまりにも時間が無さすぎる。誰かと人間関係築いてる時間なんて、ただの一秒もないんだ」
「その夢って?」
素朴な問いに、悟は遠くを見据えて言う。
「会わなきゃならない人がいるんだ(訳:推しに会って結婚したい)」
「――――ッ」
「会って証明するんだ(訳:推し婚を馬鹿にしてきたヤツらを見返したい)」
「――――ッ!」
その言葉に、どういう本音が隠されているのかも知らずに、静華は悟の決意に前髪の奥で目をマジマジと見開いていた。
そして、
「わ、私もです」
「ん?」
「私も同じ理由で声優になろうと思ったんです」
「ほう」
珍しく、悟は関心を示すかのように息を零す。
「追いつきたい人が、いるんです……ッ!」
「……なら体力切れなんて一々言ってられないんじゃないか?」
ピ、ガコン! と悟は再び自販機から飲み物を取り出した。今度は麦茶などではなく、青いラベルが貼られたスポーツドリンク。
そして、悟はスッとソレを静華に渡した。
「血反吐出るまで頑張るこった」
「――――ッ」
「それじゃ」
「あ、ありがとうございますッ!」
そう言って、悟はシナリオ・小説学科の教室へと戻っていく。堂々と歩く後ろ姿を、静華はどこか神妙な面持ちで見届けるのであった。
(血反吐出るまで、……頑張るッ)
徐に取り出したスマホ。その待ち受けには二人の少女が映っている。どこかぎこちない笑顔を浮かべる静華と、――――溌剌とした笑顔が特徴的な女の子。
紛れもなくそれは、――――志島亜衣その人であった。
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