第2回『なんだこいつら……』
1
校舎長『
斯くして、入学式は滞りなく終わりを迎える。
そして、それから翌日。
――――シナリオ・小説学科一年一組。
「「「…………」」」
その教室では現在、三人の男が集っていた。
授業が配信される三つのテレビから、向かって左手側。そこに座る少年は、この教室内で一番奇抜と言って良い。奇抜、と言っても人並みより少し野蛮そうなだけ。団子調に纏められた長いトップに刈り上げられたサイド(俗に言うマンバンヘア)。アロハシャツ。中には白のロンTが在り、刺青でも隠しているのかと疑いたくなる風体である。
彼の名前は『
(金ェ――――)
守銭奴だ。
一方、そんな左端とは真逆に位置している右端の座席。そこには、大人しそうな姿形をした青年が座っている。黒縁の眼鏡を掛け、一見してオシャレ坊主にも見えなくもないパーマがかった短髪。薄青を基調とした優し気のあるシャツ。と常に全身から温和さ・柔和さ・穏健さが滲み出ていた。
彼の名前は『
(……また知らない女の子からメール)
モテ男だ。
そして、そんな二人に挟まれながらも、イヤホンで両耳を塞ぎ、ふてぶてしくニヤリとした微笑みを浮かべる少年が居た。
宮森悟。年齢、一八歳。友達居ない歴イコール年齢の声豚である。
「すんません」
そう言いながら、肇は挙手した。
「授業始まる前に、ここいらでいっちょ自己紹介なんてどうスか?」
「「…………」」
(…………え?)
肇の声が、虚空へと消えていく。
シーン、という擬音が明確に肇の鼓膜を叩き上げた。
「……ん? あァごめん。何か言ったかな?」
「え、あァその(なんだ、聞こえてなかっただけか)」
厳つい見た目とは裏腹に、肇の中身は結構繊細である。正直、二日目から不登校児になるところであった。
「授業始まる前に、ここいらでいっちょ自己紹介なんてどうスか? (改まって同じこと言うの恥ずかしいな)」
少し透かして「自己紹介なんてどうスか?」と言った先程。それとは違い、今度はどこか照れ臭そうにしながら肇は言う。
「うん、いーね。しようか自己紹介」
「…………」
そこで、肇は再び押し黙った。肇の目先に映っているのは智明ではなく、先刻から両耳をイヤホンで塞いで、どっしり構えながら座っていた悟である。
「(こいつ、……完全に自分の世界に閉じ籠ってやがるな)ちょっと」
肇がそう声を掛けようとした矢先、
「――――ッ」
悟はハッとしながら表情の色を変え、足元にあったリュックへ手を伸ばした。
「「……っ?」」
ガサゴソと少し漁った後、悟はペンとノートを取り出し、ガリガリと勢いよく何かを綴り始める。興味本位で覗いてみると、そこには設定やら文章やらが長々と書き殴られていた。
肇は顎に手を当て、「ほー」と素直に感心してしまう。
(思いついたらソッコーで文章化ね。熱心だなァおい。今書いてるページは……、けっこう後半だな。差し詰めこいつは努力家タイプってところか)
冷静に眼前のクラスメイトを分析する肇。直後、肇の視線に気がついたのか、悟は視界の端でマジマジとこちらを見つめる肇を捉えた。
――――悟が机の右端に、自身の上体を寝かしたのは、その数秒後である。
「おいこるァ! それテストでカンニング妨害する時にやるヤツだろッ! 俺のことなんだと思ってんだッ! 誰もオマエのアイデアなんか取らんわッ!」
「会って一日も経ってない人の言葉なんか信用するわけないだろ。あれだけジロジロと舐めるように見腐っておきながら、今更言い逃れなんて聞かないぞ」
「逃れるつもりもねェわ! つーかおめ、聞こえてんじゃねェかよ! だったら返事の一つや二つ返せッ!」
「今のはアンタがデカい声出すから聞こえた」
屁理屈を返す悟に肇は胸倉を掴み取る寸前だ。そうこうしているうちに、二人の喧騒を傍で見ていた智明が、間に手を入れる。
「ちょ、二人とも初対面でいきなり争わないでよ」
「……誰ですあなた」
ズゴーン、そんな音が智明の頭上から鳴った。悟の容赦ない一言が、智明のガラスで出来たをかち割る。
(しょ、消沈した)
生気が抜け、矢吹丈みたいに項垂れてしまう智明。そんな彼に、肇は遠い目を浮かべた。
「いやにしても酷いな! 見ろこのメガネ掛けた人! オマエが酷いこと言うから、あしたのジョーみたいになっちゃったじゃねェか!」
「何が酷いんだッ! オレは本当にこの人が誰なのか知らなかったんだ! ただ単に真実を口にしたまでだろ!」
人差し指を向けて糾弾する肇に、悟もヒートアップしていく。イヤホンを外して、勢いよく立ち上がった悟。キャスター付きの椅子が、躊躇なく智明の脛を攻撃した。
「ずっと隣に居ましたけど!? 多分あれだろ! この人は俺たちの先生に違いない!」
※違います。
「こんな腑抜けた先生が居てたまるか! 誰かの親御さんに決まってるだろ!」
※違います。
ギャーッ、という喧騒に教務室から、飛ぶ勢いで様子を見に来たシナリオ・小説学科の担当教諭、高林(夫子持ち)は思う。
(こ、怖い……ッ)
高林の目先に広がる、戦々恐々とした景色。それは、
「分かった! あんたアレだろ! 用務員さんだろ!」
「ち、違います」
「用務員さんなわけないだろ! この人はアレだ、たぶん誰かの親御さんだ!」
「それも違います」
偏にクイズ大会。
智明を前に、悟と肇が交互に机を叩いて何かの答えを探っていた。
「バカ、親御さんってそれもうだいぶ前にオマエが言ったヤツだろ! はい次! 次俺ね! 美人局ッ!」
「違いまってちょっと!? 僕のことなんだと思ってるの!」
あらぬ誤解が生まれそうである。美人局なんて不名誉極まりない言い掛かりに、智明は二人と同じように机を叩いて否定した。
「ふん、バカはアンタの方だったな。美人局がこんなところに居るわけないだろ」
「ブァカオマエ、こういう一見大人しそうな人が一番危ないって世界の常識だぞコラ」
「人を見た目で判断するなっていう常識を知らないのかアンタは」
※第一話で思いきり人を見た目で判断していた男の発言がこれである。
「二人とも、さっきからずっと見た目で判断してることに気づこうよ」
遠い目で智明は訴えるが、悟と肇の耳には一切届かなかった。
「オレはもう分かった。この人が誰なのか」
「ほう、言ってみろ」
(クラスメイトなんだけどなァ……)
悟は相変わらずのふてぶてしいニヤり顔で、言い放つ。
「誰かの兄弟だ」
「それもう親御さんと変わんねェだろうがッ!」
悟の肩に、肇がビシッと手刀を入れる様は、まるでお笑い芸人のようであった。
「ちょいちょい」
「「「誰ッ?」」」
「いや、あの、担任の者ですけど」
「「「…………」」」
突如として現れた謎の女性に、三人は警戒心の籠った目を向ける。
直後、三人はサッと身を寄せてヒソヒソ話を始めた。
「え? マジ先生? あれマジ先生なん? じゃあこの人マジ誰なの」
「だからこの人は先生じゃないってさっきも言っただろ。誰かの親族だ」
「僕ってそんな老けてるように見える!? 寧ろお団子髪してるキミのが老け顔だよね!?」
固まって話す三人に、高林は切実に思う。
(な、なんだこいつら……)
斯くして、札幌校シナリオ・小説学科一期生たちの日常が始まるのであった。
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