嚥下
昔、用心棒の彼女は探偵のことが気に食わなかった。
そもそも、藁にも縋るような思いでこの事務所に依頼を持ちかけたのがこの話の始まりだった。
探偵楪カサネは出会った頃から変わり者だった。彼女の親であろう旧所長がいかにもなヨーロッパのそれらしき葉巻をぼんやりとした手つきでくるくると回している奥で、彼女もまた同じような雰囲気を纏いコーヒーを嗜んでいたことをベテランかぶれの用心棒は今でも鮮明に覚えていた。
その所作は洗練されて綺麗でありながら、どこか胡散臭いわざとらしさが見て取れた。用心棒はそれが言葉遣いであったり、少しだけの手荒なところであったり、そういった一般人の思う「欠け」よりも何よりも気に食わなかった。
それは探偵と彼女__用心棒__の歳に大した差が無かったからなのかもしれなかったが、今となればどう転んでもそれが真実であるかどうかは判別しようもなかった。
探偵のそうした雰囲気は今も変わらず健在で、当然の如く用心棒は今でもそれが少し鼻について腹立たしかった。
「探偵」
我慢の緒がぷつりと切れてしまったらしい。用心棒は乱雑に声を掛けた。
「なんだって、そんなに『探偵』って職に固執してる?」
しばらく返答はなかった。
探偵が返答しようと口を開いたのに要したのは数秒か数時間か、そのどちらかに近い程度の時間だった。
「どうせなら、」
秒間の長さは永遠にも感じられた。
「どうせなら、今持つ"それ"を有用に使うべきでハありまセンか?」
用心棒はどうにも虫の居所が悪かったらしく、探偵のその聞き慣れない英国の訛りを帯びた口調にすら苛立ちを感じていた。
しかし用心棒には今、返すだけの語彙のプールもその中身も存在しなかった。それ故に、彼女にできたことなどあるとすれば差し出されたブラックコーヒーを啜るぐらいでしかなかった。
…当然、彼女はブラックコーヒーなど一口も飲める"たち"ではないのだが。
冠雪小咄 美夢るる @yufla777
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