剥がれ落ちていく


「浴衣がないし、デートって何していいかわからん……」



 自分のアパートで、俺は花火デートというものをスマホで検索をしていた。

 どうやら若者たちは浴衣というものを着て花火デートに興じるのがこの国の文化みたいだ。


 ……そういや、昔みたテレビの縁日でもみんな浴衣着てたもんな。


 それにしても自分の感情がよくわからん。

 週末の事を考えると心が弾むような気がする。


 デートというものは好き合っている男女や気になる男女が一緒にお出かけするものだ。


 俺は畳の上をゴロゴロして身悶える。


「うわ、なんだこれ? 俺、堂島の事気になってんのか?」


 再会した時は嬉しかった。小学校の頃を一緒に過ごした戦友だ。特別な気持ちはあるのは否定できない。


 だけど、なんだ、恋愛感情って俺にはレベルが高すぎんぞ。


 そもそもなんでこんな気持ちになっているんだ?

 意識した事はなかったはずだ。

 きっかけがわからん……。


「誰かに相談できるといいけどな……。エリと妹は駄目だ。あの二人には時間が必要だしな。……後輩は……なんか恥ずかしいな。あやめは馬鹿にされるから無しだ。……どうすればいい? くそ、飯でも食いに行くか」


 飯食って銭湯に行って心を落ち着けよう。

 頭も痛いけど、この程度なら問題ない。


 ……エリたちが言っていた記憶を失くした優太の事もトレースしなきゃいけねえしな。


 俺はジャージ姿でアパートを出るのであった。






「はぁ〜、マジでこの世界の飯って最高にうめえや」


 俺は銭湯で身体を洗いながら一人でつぶやく。

 この時間は空いている。人がチラホラとしかいない。


「軽く湯船に浸かってからサウナ入っか」


 サウナのドアを開けようとしたが、妙な気配を感じた。

 ……なんだこれ? やべえぞ。俺の身体が震えてるぞ。

 この奥に何かいる。とんでもない誰かだ。

 全身に鳥肌が立つ。


 いや、何かの間違えだろ。ここはあの場所じゃねえ。日常の世界なんだから。


 俺は震える手を抑えてサウナの扉を開けた――


 全身が固まってしまった……。





「うむ? どうした早く閉めるのだ。熱気が外に出てしまう」


 端正な顔立ちに鋭い目つき、屈強な身体は傷だらけだ。人間としての上位互換を兼ねそなえている男がサウナの真ん中で突っ立っていた。


「な、なんでここにいるんだっての!!! お前藤堂だろ!?」


「む? ……なぜ俺の名前を知っている? ふむ、記憶の引き出しから名前が出てきた。……日向優太か」


 頭の中で『どうする』という言葉が繰り返される。

 俺にとっては遠くない過去のトラウマが蘇る。



「早く閉めてくれ。今いい感じなのだ」


 なんだ、妙に人間臭さを感じるな。あの藤堂が?


 身体の震えが収まった俺はとりあえずサウナに入ることにした。なんで二人っきりなんだよ……。







「でさ、その堂島っていう、あっ、同じ苗字だからわかりづれえよな。菜月っていう女の子がいてさ」


 俺はなぜか藤堂に自分の近況を話していた。

 あの頃の藤堂と空気感が全然違う。

 日常の修羅場をくぐった重みが感じられる。


「なんと、日向も恋というものをしているんだな。……恋は難しい。俺も何度も失敗をしてんだ」


「マジか、藤堂も人を好きになるんだな」


「もちろんだ。あの子たちは俺にとって一番大切な人たちだ」


「なあ、デートって何すればいいんだ? 初めてだからよく分からねえんだよ」


 藤堂の筋肉がピクリと動いたような気がした。ていうか、あの頃よりもすげえ身体だな。


「ふむ、お互いを知るための行動……だと思う。そして、思い出ができるのだ。俺はデートをして悲しい事もあったが、心に残るものであった」


「そっか、藤堂も色々経験してんだな。……俺も頑張らねえとな」


「ふむ、まさか俺が『恋バナ』という物を経験できるとは思わなかった。日向、何にせよデートは楽しむものだ。……頑張るのだ」


 そう言って藤堂は立ち上がってサウナを出ようとした、が――何故か俺の身体を見てつぶやく。




「……身体のバランスがおかしい。三日、いや一日……。……日向、少し耐えてくれ。死ぬなよ」


「はっ?」


 いきなり俺の腹を掌底で殴りやがった。全く反応できなかった。身体の中の空気が絞り出される。


「これで一時的には大丈夫だろう」


「……っ」


 俺は気を失いそうになりながらも藤堂が出ていく姿を見送った。


 そして、やっと息ができるようになると――


「……あ? なんだ、これ。頭が痛くねえ」


 頭痛がなくなっていたのであった。

 ……藤堂、マジですげえな。今度お礼しに行くか。


 デートの件も相談できて心が軽くなった。

 よし、気合入れてデートすっか!!



 ***



 花火を観るだけがデートじゃない。

 海の近くで行われる花火大会。

 花火が始まるまで、俺達は近くにある小さな島で観光するプランだ。


「あそこには神社もあるし展望台も岩場もあるっす! 楽しんで下さいね!」


「ていうか、なんで後輩もいるんだよ!?」


「……心細かったから着いてきてもらった」


 最寄りの駅前で俺たちは待ち合わせをした。

 すごく緊張して待っていたのに、堂島の隣に後輩がいたから拍子抜けをした……。


「てか、大丈夫っす。私は違う場所でオフ会があるっす」


「オフ会? なんだそれ?」


「また今度教えるっす! 先輩たちは楽しんで下さいね! また来週学校で!」


「あ、後輩……」


「堂島先輩、大丈夫っす! プラン通りにやるっす!」


 後輩は駅の中へと消えてしまった。

 残された俺と堂島。

 浴衣姿の堂島は……普段の制服とは違った魅力があった。


「……ゆ、優太、行くでしゅ」


「お、おう、ここから結構距離があるな。なんかおやつ買ってくか?」


「う、うん、電車長いけど優太と一緒だから大丈夫」


 堂島に促され俺は先に歩き出そうとした。


 堂島がなんだか不服そうな顔をしている。

 ……心が乱れて自分の気持ちをうまく出せない。


 藤堂が言ってたな。自分の気持ちに素直になれって。


「この履物なれないし。ちょっと、待つし……」


「お、おう悪かった。……浴衣、似合ってんな。可愛いぞ。……転ぶんじゃねえぞ」


 俺は堂島の手を握った。

 いつも手を繋いでいるのに、緊張がマックスだ。

 手に汗がかいてないか心配になる。

 堂島が嫌がってないか心配になる。


「うん!!」


 堂島が俺の腕を掴んできた――

 ……さっきまでの不貞腐れた顔じゃない。


 その笑顔がすごく可愛くて、俺の胸がトクンと高鳴った。



 ***



 花火大会が行われる駅へと着いた俺達は『島』へと向かった。

 駅から少し歩くと、街の雰囲気が変わる。

 道中にはいろんなお店や屋台があった。




「優太、射的って何? 本物の銃じゃないの?」


「馬鹿っ!? 本物使ったら景品がぶち壊れるだろ! ……ていうか、こんなポンコツな銃であれ倒れるのか? 」


「あのぬいぐるみ可愛いし。ちょっとやってみようよ」


「よし、ガチでやってみっか」


 俺と堂島は銃を両手に抱えて狙いのぬいぐるみに照準をあわせる。

 高速でリロード(コルク弾)をし、物理演算をしながらぬいぐるみが倒れる角度に持っていく。


 そして数分後、ぬいぐるみは無事に堂島の元へと渡った。


「えへへ、やったね。確かリア充はハイタッチをするし」


「おっ、知ってるぞ。手を合わせんだろ?」


 俺たちはぎこちないハイタッチをして射的屋を去るのであった。

 手頃な大きさのぬいぐるみを巾着に入れる堂島。

 顔を出しているぬいぐるみを見て微笑んでいる。


 その笑顔を見れただけで、ここに来てよかった。






 島にはいると、観光客でごった返していた。

 お目当てのあんみつ屋さんがこの狭い通りにある。


「優太、すごく並んでいるし」


「でも、このあんみつ屋行ってみたかったんだろ? 並ぼうぜ」


「うん」


 並んでいる人たちはカップルが多かった。なんだろう、みんなすごく距離が近い。

 イチャイチャしながら時間を潰していた。


 堂島がお尻を俺にドンっと当てて距離を詰める。


「こ、この地図だと神社は上の方。有料のエスカレーターで昇るか、歩くか。……他に行きたいところはある?」


「あ、ああ、展望台も見てみような。ゴーカートもあるんだろ? 老朽化して来年には取り壊されるみたいだしな」


 堂島との距離がすごく近い。

 触れ合っている箇所が熱く感じる。堂島からはなんとも言えない良い匂いがしてきた。


「……優太、私疲れちゃったし。少し寄りかかっていい?」


「お、おう、もちろんだ」


 堂島が俺に身体を預ける。

 俺は堂島の肩を支えながら地図を観る。


 地図なんて頭の中に全然入らなかった。……なんだよ、こんちくしょう。心臓のドキドキが止まらない。


 藤堂もこんな試練に耐えたんだな。……改めて尊敬するぞ盟友。










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