そのうち、治らない
「頭がおかしくなる……?」
堂島あやめ、その頭脳はあの小学校で一位を争っていた。
在学中に提出した論文は世界中の学者たちを狂乱の渦に巻き込んだ女だ。
藤堂と並んであの学校では最上位の部類に入る。
そして、大人たち側と繋がりがあり、表の世界では芸能人として活躍している。
……本当は藤堂が大好きなだけの女の子って知ってるけどな。
「本来なら中位程度の卒業生なんてほうっておくんだけど、ちょうど隣の学区だったしね。報告書読んだらあんたヤバいって思ったから忠告しにきたのよ。感謝しなさいよ」
「あーー、マジか。てか、頭おかしくなるってどうなるんだ?」
「過去の事例を考えると、あんたは潜在的な記憶も含めて全部の記憶を失くす可能性があるわよ。もしくは何も考えられない廃人ね」
あやめが言っている事は多分間違っていない。
感覚でわかる。俺の頭が少しおかしくなっているって事を。
メモの記憶を消去した時から頭痛が消えてなくならない。
「やべえなそれ」
「やべえわよ。ていうか、あんた藤堂から気に入られてたのよ? 単純な力比べして藤堂が負けたのは初めてだからね。じゃなきゃ私がわざわざ来ないわよ」
「うわー、そっか。嬉しいけど複雑だな……。ていうか、お前は藤堂に会えたのか?」
俺が話を変えるとあやめは顔が真っ赤になってしまった。
「わ、私の事はどうでもいいのよ! ふ、ふん、ええ、会えたわよ! 超カッコ良くなってたわよ!」
「そっか、良かったな。てか教えてくれてありがとな」
「……もう二度と記憶の消去なんてしちゃ駄目よ。このタイプの生徒はほとんど卒業できなくて『出荷』送りだったんだからね」
「ああ、了解だ。俺は普通に学校生活を送るぜ。そんな事は多分起こらねえよ」
「ならいいわ。それじゃあ私は帰るわ」
「おいおい、久しぶりに会ったんだから連絡先くらい交換したらどうだ?」
「はっ? 嫌よ。あんたの事見ている子に刺されたくないもん。あれも、堂島でしょ? ってことは厄介な相手じゃん」
ふと、校舎の見ると、堂島菜月と後輩が陰から俺たちを見守っていた。
「邪魔者は退散するわ。……あんたあの子たちを悲しませるんじゃないわよ」
堂島あやめは手を振りながら校舎を去っていった。
俺は空を見上げる。
……まあ問題ないだろう。記憶を消す事なんて滅多にない。
頭痛いのもそのうち治るだろ。
俺はベンチから立ち上がって二人に近づくのであった。
***
「優太、早くボクシング部に行くし」
「おいおい、ちょっと待てよ!? 引っ張るなっての!」
あやめの言葉は心の隅にとどめておく。俺たちは普通に生活している分には何も問題はねえ。
堂島もリセットをこれ以上しない。
俺も記憶の消去をこれ以上しない。
それで終わりだろ?
ほら、堂島がすごい良い顔で笑ってるじゃねえかよ。
エリと妹の件も時間が解決してくれる。
教室の雰囲気はまだ微妙だけど、きっと努力して歩みよれば大丈夫なはずだ。
……小西が睨んでいるのが気になるけどな。
「君が噂の日向君か。澤田から話は聞いているよ。今日は体験入部でいいんだね?」
「うっす、あっ、こっちの堂島も体験っす」
なんだろう、学校の先輩と話すと後輩みたいな喋り方になってしまう……。
堂島はそんな俺を見て笑っていた。
「堂島さんは澤田から教わってね」
「う、うっす」
なんだよ、お前も同じじゃねえかよ。俺と堂島は顔を見合わせて笑ってしまった。
後輩の提案で俺たちはボクシング部に体験入部をすることになった。
部活というものも青春の一環らしい。
男女ボクシング部は同じ施設を使って練習をしている。結構盛んなのか非常に人が多い。
「ちわっす、先輩。
「……お前今朝の妹の友達か」
「うっす、覚えていただけて光栄っす! てか、マジでボクシング部に入ってくれるんすか! これ、世界行けますって!」
「いや、高校生なら全国だろ……、てかまだ体験入部だし」
「とりあえず下っ端の俺が教育係になるっす。よろしくっす! まずは柔軟して……」
と、その時リングの上から声を掛けられた。
「おい、ピチュ。そいつリングに上げろよ。ブレイキンアップに出てんだから問題ないだろ」
「さ、斎藤ぱいせん……。で、でも……」
リングの上にいたやつは見た事ない男だった。
「うっせえよ。こいつのせいで俺は……くそっ。早くグローブつけろよ」
よくわかんねえけど別に構わねえや。ていうか、こいつ俺の事超睨んでいるな。
斎藤……、斎藤……、うん、わかんねえ。一応同じクラスのヤツの名前は全員覚えた。他のクラスはまだなんだよな。
「ちょっと、軽くウォームアップしてからでいいか?」
俺はグローブを着けてもらって、サンドバックの前に立った。
ふと、堂島を見ると後輩とすさまじい速度でシャドーボクシングをしていた。周りの人間が引いている。
楽しそうで良かった。
なんか、記憶消去してからの数日で色々あったよな。
青春か……。きっと楽しいんだろうな。
これから色々なイベントがあって、隣には堂島もいて、後輩もいて。
なんだろう、堂島と再会した時胸が高鳴ったんだ。
小学校の頃の記憶を思い返しても、そんな時はない。
なのに、すごく温かい気持ちになれて、トクンという音が聞こえたんだ。
あいつの姿を見ると胸がきゅっとする。
一緒にいるだけで楽しくなる。
……よくわかんねえから、とりあえずサンドバックに感情をぶつけっか。
俺は本気でサンドバックを叩いた――
ゴングの音が鳴り、俺は動くのを止めた。
「ふぅ、久しぶりだったから気持ちよかったぜ」
なんだ? 随分静かだな。サンドバックは壊してねえぞ。
光宙が雄叫びをあげた――、おい気持ち悪いぞ。
「マジすか先輩!! やばいっすよ。サンドバックが縦に浮くって初めて見たっす!! ブレイキンアップの動画で人が飛んで行ったのってCGじゃなかったんすね! 拳痛くないんすか? パンチ力やばすぎっすよ。それ人が死ぬっすよ!!」
そ、そうか、なんかちょっと近いからやめろ。
俺はリングに上がるんだろ?
リングに上がろうとしたら斎藤が全力で俺を止めた。
「いやいやいやいや、俺が悪かった……。スパーするなんて二度と言わない。ゆ、許してくれ」
「や、許すも何もよくわかんねえよ。てか、本気出さねえから一緒にボクシングしようぜ。なんか楽しいんだよな」
「おい、斎藤、良い経験になるからやってみろ」
「う、うっす。……絶対手加減してくれよ」
なるほど、こいつも語尾が『っす』になるんだな。こりゃ全国共通か。
こうして俺と堂島はボクシング部を満喫したのであった。
****
「やー、先輩たちすごいっすね! また遊びに来て下さいね!」
「ねえ後輩、この機械でドリア注文できるの?」
「え? タブレット知らないっすか? なら教えるっす。ここをこうやって……」
練習を終えた俺たちは再びサイゲリアへと向かった。
前回は後輩が注文してくれたが、今回は堂島が注文をしてみたいようだ。
「ドリア、ドリア……、ポチリ」
「あっ、俺カルボナーラにするわ。このボタンだな」
「うん、押すね」
注文を終えた俺たちは心地よい疲れを感じている。
運動ってやっぱ気持ちいいな。
「で、ボクシング部は入るんっすか?」
「まあ入ってもいいかもな。楽しかったぞ」
「うん、みんな良い人だし。お菓子ももらえたし」
いまいち、まだ青春という意味を理解していない。
だけど、部活をしている時の雰囲気は嫌いではなかった。
みんなが一つの目標に向かって一生懸命練習をする。
悪くなかったな。
「あっ、先輩たちにプレゼントがあるっす! へへ、なんとなんと、今週末に開催する花火大会のチケットっす!」
「ん? 花火観るのにチケットって必要なのか?」
「花火……。屋台もある?」
後輩が鼻息を荒くしながら説明してくれる。
「チケットがあったら会場に入れるっすよ! へへ、じっちゃんがチケットを沢山くれたんすよ」
「ならさ、三人で行けば――」
後輩が俺の足を蹴りやがった。痛くないが、俺は困惑してしまった。
「先輩は馬鹿なんすか!? 私はボクシング部の後輩と行くっす。ていうか、先輩たちとは海に行くから大丈夫っすよ。二人で行ってください!」
「お、おう」
隣に座っている堂島がお尻をあげて俺に近づく。
そしてまた手を繋いできた。
「……ナイス後輩。優太は鈍感だから仕方ないし」
「うっす、今日のドリアおごりでいいっすか?」
堂島が後輩に向かってサムズアップをする。
なんだこれ?
よくわかんねえけど、まあいいか。
「ん? てことは二人っきりだからデートってやつだろ? 俺、昨日テレビで見たから知ってるぞ!」
「……優太、うん、デートで間違ってないし。……でも、そんな直接言われると恥ずかし」
「先輩……、大人っぽいのにガキっすね」
デート……。
俺は堂島の事を意識した事がなかったのに、何故か緊張というものが生まれた。
握られている手の柔らかさを意識してしまう。
なんだ、これ?
心臓のバクバクが止まらない。足がちょっと震えてるじゃん。
熊に襲われても動揺しない俺が、デートという言葉に動揺するのであった……。
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