友達
「覚えてるか? 俺と堂島が大怪我をしてさ、お互い支い合いながら一日中森の中を歩き回ったもんな」
「そだね、死ぬかと思ったし」
俺たちは学食なるところで飯を食っている。
流石に時間が早すぎるから学食自体はやってないけど、テーブルは自由に使える。
コンビニで買ったパンを食べながら思い出話に花を咲かせる。
藤堂菜月、あの頃のクラスで一番成績が良かった覚えがある。
「……すっかりリア充になってたからどうしたもんだろ? って思ってたし。やっぱりあの頃の記憶なくしてたんだね」
「そうらしいな。ていうか、今は直近の記憶がねえけどな」
「学校で私と関わっていいの? 自慢じゃないけど、私はクラスで嫌われてるし」
「ん、俺もそうだろ? メモに書いてあったぞ」
藤堂が首を振る。
「ううん、優太は嫌われているのとは違う。好かれていじられてるだけ」
「そうか? でも俺のメモには『死にたい』って書いてあったぞ」
「それは……、わからないし。というか、優太には死んでほしくない……」
なんだろう、すごく懐かしい気持ちなのに、ほんの少し前までは一緒のクラスで過ごしていた感覚に陥る。
「あれだな、転校できねえな」
「いなくなるの? ……寂しいけど仕方ないし。やっと友……、知り合いできたと思ったけど……」
俺は子供の頃みたいに堂島の頭をクシャクシャにしてなでつけた。
「やっ、それはやめるし! もう子供じゃないもん」
「あははっ、どうだかな。ていうか、俺たち一緒に風呂入ってたもんな」
「あ、あれは、子供の頃だからノーカンだし!」
「堂島、背が小さいままだからすぐにわかったぞ」
「うるさい! もう、優太はあの中でも特殊過ぎだし。誰も話さないのに優太だけおせっかい焼きで――」
「なあ、堂島」
なぜだろう、俺にはわかる。普通に話しているはずの堂島がすごく苦しんでいる事が。
なんで泣きそうな顔なんだ? なんで辛そうなんだ?
「また友達になろうぜ」
****
私、堂島菜月は学校が怖かった。
同年代のクラスメイトとどうやって接していいかわからなかった。
中学の時は友達を作ろうとして沢山失敗した。
『いやさ、空気読みなよ。邪魔だから付いて来ないでよ』
『あっちの班に入れてもらって。だって話した事ないでしょ』
『ごめん、ちょっと何言ってるか理解できないわ。勉強できるから教えてもらおうと思ったけど、コミュ障じゃん』
失敗、失敗、失敗、失敗……。
小学校までは感じた事がなかった感情が生まれた。
大勢いるクラスメイトの中で私だけ一人ぼっち。
孤独感、疎外感、羞恥心。
慣れると思ったけど、全然慣れなかった。こんなことなら苦しい訓練の方がましだった。
中学三年になると、喋りかけてくる男子が増えた。
理由は分からなかったけど、一人ぼっちじゃないと思えて嬉しかった。
嬉しい分、感情の落差が激しくなる。
『あんた人の彼氏に色目使ってんじゃないわよ』
『陰キャの癖に男漁りだけは立派じゃん。マジでサイテー』
『なあ俺と遊びに行こうぜ。友達いらなくても彼氏なら欲しいだろ』
嫉妬の悪意と下心が透けて見える。だから、私は自分の心を安定を保つために……。
何度も感情を
クリスマスの日に遊びたいって言ってきたクラスメイトの女子グループ。
雪が降りしきる寒い夜、私は来ないクラスメイトを待った。
その様子を動画で写されていて、次の日笑いものにされた。
誘われて嬉しかったのに、心がしぼむ。
クリスマスという存在は知っていた。街がキラキラしてとてもキレイ。誰かと遊びに行けるをすごく楽しみにしていた。胸がきゅうっとしたんだ。
でも、これがどんな感情が私にはわからない。
嫌な事はリセットすればいい。そんな事を繰り返して中学を卒業した。私の隣には誰もいなかった……。
『えっと、あのさクラスの懇親会があるけど行かない? ……ちょっと、返事してよ』
高校二年生になっても私は変われなかった。どんな風に人と接していいかわからない。
うまく話せなくて言葉が出なくて……、嫌な感情だけが心を埋め尽くす。
返事をしたい。一緒に親睦会に行きたい。
だけど――
『……無理だし』
『了解っ、出たくないならいいよ。――あっ、優太!』
私は入学式の時に優太の事を認識していた。
だけど、彼は私を見ても何も反応しなかった。
……もしかしたら記憶を失っているだけだと思った。
でも、もしかしたら……、あの頃を思い出を捨てて、私を無視しているかも知れないって思った。
私は優太との気持ちだけはリセットしたくなかった。
絶望を味わいたくなかった。
だから……、話しかける事さえできなかった。
***
数多の失敗を得て、目立たず喋らず大人しくしていれば一定の平穏な生活を送れると悟った私。
それでも優太の存在は私にとって困惑するものだった。
『堂島、しっかりしろ!! あと少しで安全地帯だ。このままだと倒れちまうぞ!』
『ううん、私はもう無理だし。……優太、先に行って。私がここで足止めする』
『ばかやろう! 俺だけ助かってもつまんねえんだよ! お前がいなきゃ面白くねえんだよ。――ていうか藤堂が来やがったぞ!? あの化け物め……、一人でうちのクラス壊滅させんのかよ……』
『……ほら、このお腹の傷。もうリタイアだし。……情けは禁物。優太はもっとドライになって』
『うっせ、俺が全部どうにかしてやるよ。……ほら、掴まれ。卒業したら一緒にお祭り行くって約束しただろ? 花火だって見たいんだろ? 映像じゃなくて本物の花火だ。ならこの試験一緒に合格しようぜ!』
優太に掴まれた手は熱かった。心が熱くなったんだ。
私にとって、優太は特別。
この感情が何か私にはわからない。
だけど、ほわほわして温かくて……優しい気持ちになれる。
だから、教室にいる優太を見ると苦しくなる。
……優太には大切な彼女がいた。真島エリという普通の女の子。
聞こえたくないのに聞こえてしまう声――
『ていうかさ、マジで優太って馬鹿だよね』
『エリー、のろけるのはやめなよ』
『雪だっとそう思うでしょ? あいつ、あたしがいなきゃ何もできないしさ』
『別に遊びで付き合ってるだけだから。ん? 隣のクラスの斎藤君? ああ、カッコいいよね』
『エリ、また浮気するの? 本命は優太でしょ?』
『うーん、優太はその場のノリで付き合ったっていうか、別にそんなに好きじゃないかもね。てか、浮気なんてしてないもん! あんただって優太の事気に入ってるんでしょ』
『ええー、でたーツンデレ乙』
私は人の心がわからない。自分の感情さえもわからない。
優太がいないところで何度も何度も悪口を言う彼女とクラスメイト。
それに二人だけじゃない。
『あいつマジで馬鹿だよな。言う事なんでも聞くし、ちょうどいいおもちゃだよ』
『えへへ、先輩ってマジでちょろいっすね。私が抱きついたら顔真っ赤にしてるの。キモ』
『あいつは堕落している。私が鍛え直さないとな』
悪口が聞こえてくる度に心が痛くなった。
自分の事じゃないのに、意味がわからなかった。
高校のクラスメイトの優太はのんびりで優しくて、運動も勉強もできなくて……、それでも笑顔がとても素敵だった。
何度も話しかけようとした。
やっぱり怖くてできなくて――
だから――
記憶を失っていたとしても、優太に話しかけられなかった自分が情けなくて、悔しくて……。
「おい、堂島? どうしたんだよ。ぼうっとしちゃってよ」
私は優太みたいに高速思考はできない。頭も良くないし、運動も一般のスポーツ選手並にしかできない。
小学校卒業してから蓄積された自分の中の黒い気持ちが、嫌な気持ちが湧き上がってきて止まらない。
どうしていいかわからない。
嫌な気持ちは消せばいい。それが私の生き方だ。
でも、いくら消しても、嫌な気持ちが湧き上がってくるんだ。
なんでだろ? もしも優太と友達になれても、ここは小学校じゃない。私のせいで優太が傷つくかも知れない。優太と友達になって私が傷つくかも知れない。
「ゆうた……、私、ごめん……。ひぐっ……、どうすればいいのかな……?」
私の意味不明な呟き。
優太はあの頃の笑顔のまま……、何故か私のメモ帳を見せつけた。
「ほら、見ろよ。このページだけなんか違うだろ?」
そこには生徒の名前と特徴、優太との関係性が書かれてあった。
そのページには堂島菜月、私の名前が書かれてある。
『堂島菜月、何故か目が離せない同級生。入学式のときから何度も話しかけようとしたけど、エリに邪魔されて尽く失敗。二年生になってやっと同じクラスになったから、今度こそ絶対に友達になりたい。きっと動物が好きで――』
「過去の俺ってお前と友達になりたかったんだよ。堂島の事知らねえのにさ。てか、他の生徒は数行だけなのに、三ページもあるぜ? だから、泣くんじゃねえよ、堂島」
胸が熱くなる。なんでだかわからない。この世界はわからない事だらけだ。なんでこんなに泣き虫なんだろ……。
「優太も泣いてるし」
「はっ? マジか? あっ、本当だ。てか、精神年齢は小学校時代だもんな、俺」
「それは前の優太よりも大人って事だし」
優太の泣き笑いが私の心に刻まれる。
「……友達、なれるかな?」
優太は再び私の頭をクシャクシャになでつけた。
「もう二度と忘れねえよ……絶対に。だから、友達になってお祭り行こうぜ。――花火見てねえもんな」
嗚咽が込み上げてきて止まらない。
私は心に誓った。
もう二度と自分の感情をボロボロにしない。
優太と――友達になる。
私はグシャグシャの顔を優太に見せずに大きくうなずいた――
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