第286話:後輩
無事にマーラたちの機嫌を取り、インディゴとメイジュの微笑ましい姿を見ることもでき、カイトとキアラの気持ちを確認できたので、ピクニックは大成功だったと思う。
お弁当を食べた後は、久しぶりに狩りがしたいというカイトたちの提案で、平原をかける魔獣の狩りをした。いつも通りポーラ、キアラは得意な魔法で、カイトは魔法も織り交ぜながら剣で、魔獣を仕留めていた。それを見てインディゴとメイジュの2人も向かって行こうとするのを止めるのに、思いのほか体力を使ってしまった。
ただ、1つ気になるのはポーラ。間違いなく私のせいなのだが、魔法を使う際に叫ぶ呪文の名前が、どうにも居た堪れない気持ちにさせてくる。
魔法の行使に詠唱は不要だ。ただ、複数人で戦っている場合には、あえて魔法の名前を叫ぶことで味方に使う魔法を伝えることもある。不意に広範囲に影響を及ぼす魔法が飛んできたら、味方も巻き込みかねない。また、魔法名を叫ぶことで、イメージを固めることもできる。
そんなわけで、いろいろと魔法名を覚え、考えているのだが・・・
ポーラと2人で魔法名を考えていた時に、どうにも恥ずかしい魔法名を思いつき、口走ってしまった。元々存在していた魔法の中にも、そういった大声で叫ぶのが恥ずかしいものはあるのだが、それは諦めていた。
しかし、自分たちで生み出したとなると・・・・・・。うん、考えたら負けか。
♢ ♢ ♢
城に帰ると、レーノとアーマスさんの右腕であるボードさんが待ち構えていた。
帰りの馬車の中で眠ってしまった、インディゴとメイジュの2人をカイトたちに任せ、用件を確認する。
レーノがボードさんの話の方が優先だというので聞くと、
「王都へ向かっておりました、諜報部の部隊が到着いたしました。保護したという男性も一緒です」
とのこと。
ジャームル王国で諜報部の人が保護したという日本人の男性、佳織さんのお兄さんだ。
「直ぐに会えますか?」
「はい。同行していた諜報部の者も、宰相閣下への簡単な報告は済んでおりますので、一緒に」
「分かりました。レーノ。結葉さんと佳織さんの2人を呼んできてもらえる?」
「承知いたしました」
案内された会議室に入ると、2人の男性が待っていた。
綺麗な身なりをしたでっぷりとした男性1人と、・・・・・・・・・日本人が1人。というか・・・
「・・・・・・藤嶋君?」
いや、まさかの知り合い・・・
「・・・水原、先輩?」
変な時間が流れてしまった。
藤嶋君は呆然としているし、もう1人の男性やうちの護衛たちも、私たちが知り合いであることはやんわりと理解したようだが、それ以上を把握することができず停止中。
そんな中で、
「コトハ様。ユイハ殿とカオリ殿をお連れいたしました」
レーノが2人を連れて入ってきた。
そして、
「お兄ちゃん!」
部屋に入るやいなや、そう叫びながら藤嶋君に抱きつく佳織さん。結葉さんも続き、3人で抱きしめ合う。
いきなりこの世界に召喚され、惨い仕打ちを受け続けた。2人は命からがら逃げ出し、更に命を賭けてこの国を目指した。1人は、2人を探すために行動して、解決の糸口を自らの手で掴み取った。
それぞれの命を賭けた、勇気ある行動の末に、この兄妹は、友人は、再会を果たすことができた。
私は私で、説明すればそれなりに同情を集めそうな死に方をして、この世界に来ている。しかし、この世界に来てからのことで考えれば、3人の苦労には到底及ばない。
さてさて。
兄妹の、友人の再会を果たし、一応の状況確認が済んだ。
結葉さんと佳織さんの2人が高校の後輩なのは知っていたが、まさか面識のある後輩までもこの世界に来ているとは・・・
話すのは、中学以来だと思うが、高校で見たこともあるので、同じ高校なのは知っていた。
「それじゃあ、水原先輩は、貴族・・・・・・?」
「まあ、そうだね。ああ、要らないからね? 変に畏まったりとか」
「は、はい・・・」
呼び方すらも困った様子の藤嶋君に、念押しをしつつ横の男性にも話を聞く。この男性が諜報部の人。諜報部のエージェントといえば、もっとスラッとした、カッコいい感じの人を想像していたのだが、どちらかといえば・・・・・・、いや、全然違った。貴族や商人に近い見た目をしていると思えば、案の定。普段は、複数の国に展開している商会の会長を装う、というか会長として活動しているらしい。営む商会自体、それなりに名のある商会なんだとか。
藤嶋君は、この諜報部の男性と彼が率いる商隊・・・に模した部隊、そして冒険者3人と共に移動してきたらしい。
ただ、その冒険者たちには、ややこしい事情があるようで、
「現在は、諜報部の監視下で待機してもらっております。出自が出自ですので・・・」
なんと、3人ともダーバルド帝国の貴族家の出身。それも、現当主の息子や娘であり、リーダー男性は、ダーバルド帝国の公爵家の出らしい。
そんな彼らが、藤嶋君の脱出を手助けしたと。彼らは、今の国のやり方に不満があるらしいが・・・・・・
まあ、藤嶋君を最後まで送り届けることは、彼らが決めたことらしい。諜報部の男性、クシュルさんや藤嶋君は、ジャームル王国との国境沿いで、別れることも提案したが、最後まで行くと。ここに来れば、拘束される可能性があることも理解した上で。
・・・本人たちが決めたのならとやかく言うことではないが、一度会ってみたいと思った。
「それで、これからはどうするの?」
一通り、藤嶋君が受けた仕打ちについてや、クシュルさんの話を聞き終え、2人に確認する。
「バイズ公爵閣下は、ヒロヤ殿については、クルセイル大公殿下にお任せすると」
「私の判断って・・・。前に、私が保護するとは言ったけど。藤嶋君はそれでいいの?」
「えっと、とにかく佳織と結葉を探すことしか考えてなくて。それが、まさか2人が水原先輩に助けてもらってるとは・・・。正直、それより先のことは考えてなくて・・・」
そりゃ、そうか。
ただ、2人と離れる選択肢は無いのだろうし、2人はこのまま領に連れ帰る予定だ。可能性は低いにしろ、ダーバルド帝国に追われている可能性がある。それに、2人の事情を知って、それとなく接触を試みる貴族がいる、らしい。王家やレーノ、護衛を任せている“ラヴァの娘”の5人がガッチリ守っているので、未然に防げているが。
そう考えると、彼も連れて行くのが無難か。
「今後のことはさ、ゆっくり考えたらいいと思う。ただ、日本に帰る術を私は知らない。2人も連れて行く予定だったし、うちの領に一緒に行かない? 一応、貴族やってるし、3人のことを守れるからさ」
「ええっと・・・。お願い、します。その前に、水原先輩。2人を、佳織と結葉を助けてくれて、ありがとうございました」
そういって、立ち上がり、深々と頭を下げる藤嶋君。
「気にしないでいいよ。それに、2人を直接助けたのは、森から脱出して、魔獣に襲われているところを見つけて、魔獣を追い払って、ここまで連れてきてくれた“ラヴァの娘”っていう冒険者の5人だから。後で会えると思うから、彼女たちにね」
「はい!」
「それで、一緒に来るってことでいい?」」
「はい。よろしくお願いします」
再び頭を下げる藤嶋君。
「うん。ところでさ、藤嶋君は戦えるの? さっきの話だと、道中で鍛えたってことだけど」
「はい。お世話になった冒険者のデストンに、『身体強化』という力の使い方を教えてもらいました」
「なるほど・・・。結葉さんと佳織さんの2人は、特段の能力が無いって言われたんだよね?」
ダーバルド帝国の連中が望んだ能力を身に付けていなかった。それが、2人が殺されそうになった理由だったはずだ。
「はい。何日もテスト?をされて、何も無いって」
結葉さんが代表して答えてくれた。
・・・・・・・・・本当に? 少なくとも、そこらにいる騎士よりかは、魔力があるように思えるけど・・・
「この世界だと、戦わないといけない場面はあるからね・・・。2人も、最低限の護身術?みたいなのは、訓練してもいいかも。幸い、そういうの得意なのは、いっぱいいるから」
マーカスの方を眺めながら、そう伝える。
「そしたら、ボードさん、クシュルさん。藤嶋君も私が引き取りますね」
「よろしくお願いいたします」
こうして、後輩を引き取ることになった。
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