第287話:忌々しい記憶

藤嶋君をここまで連れてきてくれたクシュルさんに礼を言って、会議室を後にする。藤嶋君は、クシュルさんに何度も何度も礼を言っていたが、クシュルさんはクシュルさんで、彼を連れてくることは仕事であり、ダーバルド帝国の情報を得る手段として利用したのだから、と互いに頭を下げ合っていた。


そうしてクシュルさんと分かれ、借りているフロアへ向かい途中、


「・・・先輩。先輩には、伝えといた方がいい話があるんですが」


と、先ほどよりも深刻そうな表情で、周りに聞こえないように声を落として告げてきた。

日本のことを話すとややこしくなるクシュルさんの前でならともかく、一緒にいるのは結葉さんたちやレーノなどうちの面子。

それでも聞かれたくない話って・・・


「ん、了解」



借りている部屋に戻ると、早速人払いして、藤嶋君と2人になる。


「それで、どうしたの?」


問いかけると、藤嶋君の表情が更に曇る。

何度か、口を開き、声を出そうとしては、息を吐くこと数度。ようやく覚悟を決めたようにこちらを真っ直ぐと見つめ、


「先輩は、板倉荘介を覚えていますか?」


・・・・・・・・・・・・なん、て?

板倉、荘介・・・・・・。忘れることが、できるわけがない。・・・いや、ここで幸せな生活を手に入れることができて、思い出すことは減った。けれど、ふとした時に思い出し、吐き気がする相手。前世で私を「殺した」、男。


「・・・覚えてるよ。忘れたいんだけどね。・・・というか、知ってるの?」

「それは、その。それなりに有名でしたから」

「そうなの?」


なんで有名?

残念ながら、私に友だちはいなかったし、アレも有名なタイプでは無かったと思うのだけど・・・

少なくとも、学年が違う藤嶋君に知られている理由が分からない。


「水原先輩が有名ですから。その彼氏ともなれば、それなりに。後は、その。・・・・・・水原先輩が突然いなくなりましたから」


有名、あとは?

とはいえ、そうか。家族はいなかったが、いきなり学校に来なくなれば、騒動?にもなるか。一応、学校は休まず通っていたし、どちらかというと成績も良かった。目立たないタイプの真面目な方。それがいきなり音信不通になれば、少しは探してもらえるか。


「なるほどね。そういえば、結果的に私の扱いって?」


正直なところ、私にも分からない。向こうで死んで、魂?がこの世界に来て、卵に宿った。・・・・・・のだと思うのだが、本当のところはよく分からない。

私の身体はどうなった? 私の失踪が警察沙汰になったのであれば、足取りを辿るのは簡単だと思う。そうすると、あの展望台にはたどり着くと思う。防犯カメラとかあったのかは分からないが、転落した可能性は思いつきそう・・・?


「行方不明、です。警察が捜索したらしいですが、展望台に行ったことまでしか分からず。一緒にいた板倉も話を聞かれたみたいですけど、普通に学校には来てました」


あのクズ・・・。私を売って、目の前で身投げするの見ておきながら、普通に登校してんのか・・・。どんな神経してんだか・・・


「先輩の件は、板倉が何かした程度の噂止まりでしたが、結局、奴は逮捕されました」

「え?」

「といっても、先輩は関係無く、普通に別の学校のヤンキーをボコボコにしたみたいで。それで退学に。その後は分かりません・・・、でした」


ありそうな結末。私を売った相手も、ヤンキーとか半グレとかそんな感じの奴だったし。

・・・って、でしたって?


「俺や佳織たちが召喚された際、板倉も一緒に召喚されたんです」

「・・・は?」


・・・・・・・・・ええっと、どういうこと?

藤嶋君や佳織さん、結葉さんは、ダーバルド帝国の謎の召喚魔法によってこの世界に召喚された。それで、酷い扱いを受けて、逃げ出したわけだけど・・・

え、まさか・・・


「板倉も、召喚され、同じ扱いを受けたんだと思います。自分が戦力として駆り出されたノイマンという町での戦闘に、奴も参加を」

「・・・戦う力があった?」

「はい。自分とは違い、魔法を使う方にいました。もの凄い勢いの、炎や水流が放たれていたので、そのどれかを撃っていたのかもしれないです」


・・・・・・うん、情報量が多い。


「それと、ノイマンを攻める前日、板倉と少しだけ会話をしました。会話、というか奴が他の6人に一方的に言い捨てたんですが」

「うん」

「『俺は英雄になる』んだとか、なんとか」

「・・・・・・ノイマンって町で、大勢を殺して?」

「だと思います。ダーバルド帝国の連中には、殺した兵士の数で評価すると言われていました」

「・・・本当に死ねばいいのに」

「です、ね」

「それで、その後は?」

「ノイマンでの戦闘中に、自分は逃げ出したので、どうなったかは分かりません。ただ、ノイマンという町が、ダーバルド帝国に攻め落とされたのは間違いないので・・・」

「まだ、生きてるかもってことね」

「はい」


ふー・・・・・・

まさか、この世界に来ても尚、アレに悩まされることになるとは・・・


「教えてくれてありがとう。できれば、二度と顔も見たくないけど、うん。ここまで来ると、どっかで鉢合わせても驚かないかもね」

「先輩・・・」

「さっき話したとおり、私は、まあ、アレに殺されたようなもん。この世界に来たこと自体は、前向きに捉えてるし、今は幸せだけどね」

「はい」

「だから、まあ。けど、万が一、遭遇したら、そのときは・・・」

「・・・・・・」

「まあ、成り行きかな。ダーバルド帝国の兵士を1人始末しても、何の問題も無いとは思うけど、一応貴族だからね。なんかの間違いで、平和的な状況下で、いきなり攻撃するわけにもいかないし。ただ、アレを許すつもりはないし、目の前にいたとして、無視できる自信もないかな」

「・・・・・・」


藤嶋君からは、何も返ってこない。

まあ、不思議もない。私は、アレを「殺す」と宣言したに等しいのだから。

別に私も、わざわざダーバルド帝国まで出向いて、アレを探して殺すほどのモチベーションはない。そんなことに時間を掛けてやる価値も無い。

ただ、藤嶋君が聞いたというアレの発言。そして、ダーバルド帝国で戦力として、喜んで町を攻撃している状況。目の前にいれば、躊躇わずに殺す自信がある。


自己弁護するわけではないが、この世界で暮らすこと2年以上。敵対する相手への対応として、前世では考えられないような強硬な手段を選択する場面も多くあった。この世界ではそれが普通。甘い顔を見せれば、自分の大切な人が傷つけられる危険もある。

・・・と、まあ、言ってはみるが、ただの復讐だ。誰かに認めさせる気も無いし、正しい自信も無い。ただ、私がアレを許すことは無い、というだけだ。



 ♢ ♢ ♢



少し重い雰囲気になってしまったが、この場では情報提供という形で話を終えた。

藤嶋君も、最後の私の様子に言葉を失ってはいたが、少しして再起動した。そして、「俺は、水原先輩の判断を尊重します」と、覚悟を決めた様子で言ってくる始末。


応援してくれるのはありがたいが、彼には別の役目・立場がある。彼は今後、妹とその親友を守らなければならない。3人を守るのは私の役目だが、2人を守るのは彼の役目になる。

ひとまず、マーカスに投げて、鍛えてもらう予定。


「購入した屋敷の準備が整いました」


とのレーノの報告を受けて、今後についての相談中

ついでに、藤嶋君をカイトたちにも紹介した。藤嶋君の能力は、カイトに似た部分がある。さすがにカイトの方が強いと思うが、いい訓練相手になるかも?


「とりあえず、引き取った5人は、領に連れて行く予定。私も近々帰るし」

「本格的な利用は、カイト様とキアラが学院に通い始める、1年後頃でしょうか」


基本的に運用等はレーノに投げる予定だ。自分で飛ぶか、『赤竜』便を使えば、王都へは簡単に行けるので、定期的に行くつもりではあるが、やはり森の方が落ち着く気がする。それに、そろそろ領に帰って、ゴーレムや魔法武具の開発がしたい。


「そうだねー。2人は、しばらく住むことになるんだよね。だから、その準備? 人雇ったりとか」

「はい。サイル伯爵領で引き取ったアルスらは、王都の屋敷で働く予定になっております。こちらで訓練するか、一度連れ帰るか。レーベル殿と検討中です」

「了解。任せる」

「コトハ様。冒険者のライゼル殿、ラヴァの娘より、それぞれ申し出が」


今度はマーカスから。


「何?」

「いずれも、クルセイル大公領に活動の拠点を移したいとのことです」

「・・・おお。それは、冒険者として?」

「はい。ライゼル殿は心機一転。ラヴァの娘は、コトハ様、ユイハ殿たちと出会ったことをきっかけに、新たなチャレンジをしたいとのことです。冒険者が活動拠点を移すのは自由ではありますが、優秀な冒険者たちとは良い関係を築いておくのが吉かと。コトハ様が、クルセイル大公領内での活動を公認することで、向こうは公認冒険者としての自由な活動を、こちらは有事の際の援軍を期待できます」

「なるほど・・・。マーカスは賛成なのね?」

「はい。下手な冒険者に公認を与えるのは、こちらの評判を傷つけますが、ライゼル殿もラヴァの娘も優秀かつ誠実ですから。賛成です」

「オッケー。なら、任せる」

「はっ」


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