第278話:これぞ帝国の貴族

私たちは目的の町、ケーリンに迫っていた。

今回はかなりタイトなスケジュールになっている。というのも、ケーリンの他にも2つの目的地、攻撃目標が追加されたのだ。


レーベルの報告は大要、「レーベルたちが最も懸念していた事態には陥っていない。しかし、念のため実験をしている施設と生み出された被検体は1つ残らず始末しておきたい。」とのこと。

被検体、つまり改造を施された魔獣・魔物はもちろん、ミリアさんのように実験の被害者となった奴隷も見つけ次第、ということだ。


レーベルがどうしてそこまで気にするのか。詳しくは教えてくれなかったが、私の感覚で行くと、「外来種が生態系を壊す」というのに近いのだと思う。

複数の生物の部位が無理矢理融合された生物が、野に放たれる。ピンキリだろうが、中には他の生物より物理的に強かったり、環境に適応できたりするものがいるだろう。既存の種では、競争に勝てない。他には、既存の種と改造された種とが交わることで、種としての形が変容する可能性もある。


細かいことはさておき、複数の生物を無理矢理融合して化け物にすることなど即刻辞めさせるべきだと思うし、生み出された魔獣・魔物は始末するのが正しいと思う。

奴隷については、即断できないが、ミリアさんのことを思えば、できるだけ苦痛を感じさせないように、速やかに葬るのが正しいとも思える。


そんなわけで、ケーリンで用事を済ませた後、レーベルが把握している2つの実験施設を完全に消滅させる。

幸いなことに、2つの施設はいずれもダーバルド帝国の端、クライスの大森林との境界線にあった。

詳しい地理は分からないが、人里離れており、実験材料が豊富だったのだろうか・・・?



 ♢ ♢ ♢



ホムラとケイレブと一緒にケーリンへ向かう。

レーベルは、何度か見たことのある異空間移動的なやつで近くまで行けるそうなので、先に行ってインディゴの種族がいないかを確認してもらっている。望みは薄いが、レーベルなら調べるのも早い。


私たちの後ろには、慣れた様子の100体近いドラゴンが飛んでいる。

ドラゴンの言葉は分からないが、ホムラとケイレブによると、どのドラゴンも一様にテンションが高いらしい。・・・・・・その、私のために働けるからだそうで、ありがたい限りだ。

内心、こんな立派なドラゴンたちに、人を脅す手助けをさせているのは申し訳ない気持ちが拭えない。しかし、彼らが私からの指示だからと、誇りを持ってくれている以上、その気持ちは封印して、できる限りのことをすべきだと言い聞かせる。



そんな道中、クラリオル山・・・山脈の中でも最も高い山を越え、終わりが見えてきた頃、山を駆け上がっていく一団を発見した。数は200から300人ほど。先頭にいる集団はお揃いの武具に身を包んでいるのに対して、後ろに続いている連中が身に付けているのは、バラバラな装備。


少し速度を落としつつ、高度を下げる。一緒に降りるのはホムラだけ。

ケイレブたちには高度を維持したまま待機を命じた。

近づき、様子を観察する。


「・・・・・・あのマークって」

「・・・この前の砦に掲げられていた旗と似ていますわね」


ホムラの言うように、砦にあった旗と同じ。

ということは、


「ダーバルド帝国の軍勢か」


そりゃあ、そう。

こんな山、しかも方角的には進路はカーラルド王国。そこを行軍しているのなんて、砦を取り返しに向かうダーバルド帝国だけだろう。


「始末して参りましょうか?」


ホムラが聞いてくるが、どうしたものか。

砦に近づけることはできない。敵の数は多く見積もって300ほど。確か現在砦を守っているカーラルド王国の兵の数は100とかそこらだった気がする。一般に、砦は守る方が有利だとしても、味方に大きな被害が出る可能性は高い。


「・・・とりあえず、帰宅を促してみるよ。ここで皆殺しにしても、次のが来るだけだろうし、できれば恐怖を植え付けてお帰りいただきたいからね」

「畏まりました。それでは、愚かにもコトハ様の警告を無視した段階で、上にいる同胞数体を呼び出しましょう」

「うん、お願い。それじゃあ、行ってくるね」

「お気をつけて」



ホムラに見送られ、高度を下げる。

近づくにつれ、前後で雰囲気が違う集団の様子が見えてくる。


集団を率いているのは、一際豪華な装備に身を包んだ男。見たところ、貴族かな。この世界において、軍を率いるのは貴族にとっては名誉なことであり、義務。なので、部隊を率いているのが貴族であっても当然だ。


そして、その後ろにいる40人ほど。統一された装備に身を包み、鎧の胸元にはダーバルド帝国を示すマークと見たことのないマークが記されている。おそらく、先頭の貴族に仕える騎士団だろう。帝国の証と・・・、この貴族の証? 後者の方が目立つ気がするけど・・・


その後ろに続くのは、騎士の5、6倍近い数のバラバラな装備の集団。騎士とは対照的に、防具も武器もそれぞれ違う。槍を持っているのがいれば、剣を携えている者もいる。身なりも、騎士が髭を剃り、髪を整えているのに対して、無精髭を生やしボサボサの髪。


「おーい、聞こえるー!?」


・・・・・・いや、「おーい」はないって。

何て声を掛けるか迷ったあげく、完全な間違いを引いてしまった。

心の中で突っ込みを入れながら、観察する。


「何者だ!?」

「飛んでるぞ!」

「敵襲!」


騎士や後ろの連中・・・・・・、傭兵かな?が、口々に叫ぶ。


「これより先に行くことは認めない! 直ちに引き返して!」


とりあえず、決定権を持っていそうな先頭の男に向かって警告を発する。


「いたぞ!」

「翼・・・、魔族か!」


相変わらず口々に叫ぶ後ろの連中。

そんな中、先頭の男がようやく口を開いた。


「その翼、魔族であるな!? 下賤な存在で、我に話しかけるなど言語道断! 恥を知れ!」


・・・・・・とのこと。

なんともまあ、ご丁寧に、自分がダーバルド帝国の貴族であるとの自己紹介をいただいた。


「・・・あんたが誰か知らないし。それに奴隷を使わないと何もできないようなお前らの方が、よっぽど下賤だと思うよ」


言っても詮無きことだが、ここ最近のダーバルド帝国や奴隷関連の話には、ほとほとうんざりしている。こいつに言っても、何にも響かないとは思うが、言いたいことは言っておく。


「奴隷相手にしか威張れない。奴隷がいないと国が維持できない。奴隷前提の政策しかできない。そんな連中が率いている国。そのうち滅ぶよね」


最大限煽る。

私の一言一言に、騎士や後ろの傭兵が怒声を上げている。ただ、驚いたことに先頭の男は何も言い返しては来ない。


「・・・ふむ。『エルフ』や『魔族』が下賤な存在であることは疑いようが無い。ただ、奴隷中心では国が滅ぶというのは一理あろう。貴様、何者だ? 卑しい種族の分際で、そのことに気付くとは・・・」


・・・ん?

今のって、皇帝の政策を批判しているのでは・・・? カーラルド王国のような緩めの国でさえも、国王の政策を大っぴらに批判するのは危険だ。

それが帝国なら。皇帝の権力を考えると、カーラルド王国の貴族が国王を批判するのに比べて、遥かに危険な行いだと思う。

奴隷って、皇帝の中心政策のはずだし、皇帝の政策のはず。それを批判する貴族って・・・


「あなたは貴族じゃないの?」

「・・・ふむ。本当に私を知らぬのか? いいだろう。名乗ってやろう。本来はお前のような者が言葉を交わすことが適わぬ存在であると、思い知るがいいわ! 我こそは、ダーバルド帝国東方を治める、ブンドー・プロイ伯爵である! 伏して控えよ!」


と、名乗ってくれた。丁寧な身振り付きで。もはや、滑稽だったけど・・・

で、・・・プロイ伯爵、でいいのか。「伏して控えよ」って、こっち飛んでんだわ。なんでわざわざ着陸した上で、ひれ伏さなきゃならんねん!


「・・・伯爵、ね。後ろの連中はあなたの部下?」

「・・・そうであるが」


名前を聞いても、伯爵と聞いても、私が一切動じないことに不思議そうにしながら、自らの言葉に反して応えてくれるプロイ伯爵。


「そう。最終警告ね。今すぐ引き返しなさい。さもなくば、生きて帰れる保証はないわよ」

「・・・何を」


私は、右手を前に出し、魔力を溜めつつオーラを混ぜ込む。それは直ぐに、小さな球体状になり、こぶし大の大きさ、そしてスイカほどの大きさになる。


「じゃあ、サヨナラ」


そう言い、集団の後方に球体を投げつける。

投げた球体は、集団の後方に着弾すると同時、轟音と光を放ち、衝撃が放射状に伝わる。


私的には大して魔力を込めたつもりはなかったが、その衝撃波は、一瞬のうちに集団の後方、4分の1くらいを巻き込み、後ろにいた傭兵を跡形も無く消し飛ばした。



「なっ!?」


その光景を呆然と見つめるプロイ伯爵や騎士たち。

続いては、上空から迫る膨大な魔力の持ち主。


「今度は、この子たち」


そう言うと、ホムラを先頭に4体のドラゴン、『赤竜』が急降下し、呆然としている騎士や傭兵に体当たりを開始した。


「ホムラ。先頭のやつは捕らえて」


忘れずにプロイ伯爵の捕縛も命じておく。

こうして、300人ほどの集団は、ものの数分で瓦解し、散り散りになりながら、ケーリンの方へと敗走した。


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