第277話:町の最後
〜ダーバルド帝国、ケーリンの町のとある文官視点〜
「はぁー・・・」
町長に、予算に関することで相談があったのだが、部屋の外まで聞こえる嫌みの応酬に、扉をノックする気が失せた。
俺と同様の理由で、同じく表情を暗くしている別の担当が他に2人。
それぞれ目配せして、場所を移す。
「・・・ったく、いつまでやってるんだかな」
「おい、聞こえたらどうする」
愚痴をこぼす同僚に、口だけは窘めながらも、表情では完全に同意しているもう1人の同僚。
俺たちが頭を悩ませているのは、この町の町長と1人の貴族の間で行われている非難の応酬だ。
この町は皇帝陛下の直轄領であり、その管理は皇帝陛下が直々に任命した町長が行っている。ケーリンはクラリオル山を東に見据え、反対側にある現カーラルド王国に対応する要衝であるばかりか、周囲には肥沃な土地が広がっており、ダーバルド帝国の食糧供給を支えている。つまり、皇帝陛下にとっては決して失うことのできない、重要な町になる。
それは貴族からすれば、どうにかして手に入れたい町、という意味に他ならない。
ケーリンのある直轄領の北側を治めるプロイ卿。その爵位は伯爵位だが、20年ほど前に大規模な鉱山が発見されたことで、その地位は跳ね上がった。下手な侯爵、帝室に連なる公爵家と比べても、見劣りしないほどの財力を持つようになった。その財力に物を言わせ、多くの優秀な傭兵を雇い入れて私兵とし、領都や周辺の町の守りを固めた。本来は、その様な動きを帝都が察知すれば、力を付ける前に対策を講じるのだが、プロイ卿の動きが素早かったことに加え、皇帝陛下肝いりの政策に失敗が相次いでいたことで、初動が遅れた。
結果、皇帝陛下であってもプロイ卿に強くものを言うことが難しい状況になっていた。
そして、次にプロイ卿が狙うのはこの町。ケーリンを押さえることで、帝国東側での勢力を確固たるものとして、帝都での覇権を狙っている。
一方の町長。皇帝陛下から、何があってもプロイ卿の影響力をケーリンから排除せよと命じられている。実際問題、それはどだい無理な話ではあるのだが、町長としては頷くほかない。しくじれば、皇帝陛下に罰せられるのは言うまでもない。それに、町長は町長で、長きにわたりこの町を治める中で、この町に関係する多くの利権を確保している。皇帝陛下から罷免されるにしろ、プロイ卿に飲み込まれるにしろ、その利権を失うことはできないのだろう。
プロイ卿は、ケーリンの町との協力・友好関係の構築、という笑えない冗談をひっさげて、頻繁に訪れては、町長とやり合うのだ。
町長も間違っても引くことはできず、結果、町長の決裁が必要な仕事に遅れが生じ、ますますケーリンの運営は滞る。
「・・・もはや、この町を立て直すのは無理だろうな」
不意に漏れてしまった言葉に、2人は無言で首肯する。
俺たち3人は、同じ時期に働き始め、今ではそれぞれ別の部門で管理職に就いている。つまり、問題が発生するごとに情報を整理し対策まとめ上げ、最終的には町長へ報告と決裁に向かう。
今もそのつもりで来たのだが、この様子では当分の間は町長に話をするのは無理そうだ。
そう思い、自分の仕事場へと向かっていたのだが・・・
廊下の端、下へ降りる階段へ続く道から、こちらに向かって走り来る3人の男。それぞれ、俺たちの直属の部下だ。3人が3人とも、顔色を悪くし、息も絶え絶えな様子でこちらに走ってくる。
そして同時に、
「「「ユラウン砦が陥落しました!」」」
と、心から「勘弁してくれよ」と叫びたくなった報告をしたのだった。
♢ ♢ ♢
ユラウン砦。ダーバルド帝国が対カーラルド王国の最前線かつ最初の前線基地として、クラリオル山に築いた砦。
新開発された魔力の集積装置と多くの奴隷を用いて、常識外のスピードで完成させた砦だ。
ユラウン砦は、その立地からケーリンの町を、砦の建設・完成後の運用を通して補給拠点としている。俺はその補給任務に関わっていたこともあり、ユラウン砦陥落の一報にかなりの衝撃を受けた。
幸いなことに、ユラウン砦は最重要の機密事項であり市井の民はその存在すら知らない。なので、ほど近い距離にある砦が陥落したとしても、パニックになることはなかった。
だが、どういうわけか砦から敗走してきた兵らが、阿鼻叫喚といった様子で暴れ回り、騒ぎ回った。やれ、「ドラゴンに襲われた」だの、「大軍で押し寄せてくる」だの・・・
結局、市井の民の多くが何らかの異常事態を察知し、知られると面倒だと思っていたプロイ卿にもユラウン砦陥落の情報が知れ渡ってしまった。
つまり、この非常事態にも関わらず、町長はプロイ卿への対応と民への対応に追われることとなり、ユラウン砦の陥落に関する正確な情報を把握することや、近隣の都市へ警告し応援を要請すること、帝都へ報告することまで手が回らなかった。
プロイ卿は、隙あらばとでも考えていたのか、ケーリンの近くにそれなりの数の私兵を移動させており、町長と一通りやり合った後、砦奪還を掲げて出撃した。
当然、状況の把握が済んでいない状態での勝手な行動は止めるべきだが、今の町長や我々に、そのような余裕は無かった。
およそ300の手勢を連れて、プロイ卿はクラリオル山へと登っていった。
町長と対応を協議したが、対処不能、と結論づけざるを得なかった。
ユラウン砦から逃げた兵士で、ケーリンに逃げ付いたのは40人ほど。砦に配置されていたのはもっと大勢だったはずだが、昼夜を問わず2日にわたって山々を越え、逃げている最中に、滑落したり魔獣・魔物に襲われたり・・・
そして、逃げ抜いたどの兵士も口を揃えて、ドラゴンの大群と口にする。
その中で最高ランクは、小さな部隊を率いる部隊長だったが、彼も同じ報告。砦の司令官は行方が分からず、実質的に兵を率いていた将軍は、道中で魔獣に襲われ命を落としたとのこと。
司令官は下らない貴族の子息であり、生きていようが死んでいようがどうでもいいが、将軍は惜しいことをした。何度か顔を合わせているが、できたお人だった思う。
♢ ♢ ♢
そして、ユラウン砦陥落の一報から2日後、どうにか状況の把握が進み落ち着いてきた時だった。
ケーリンの町、その四方八方に設置されている、敵襲を知らせる鐘。その全てが、けたたましく鳴り響いた。
「今度は何事だ!」
町長が怒鳴り散らしながら、階段を駆け上がっていく。
ここは、ケーリンの中央にある行政区画の中で、最も大きな建物。そこに、町長の部屋や、俺たちの仕事場所がある。
「分かりません。突如、鐘が鳴り響き・・・」
俺にも状況が分からない。
部下数人と一緒に、ひとまず屋上へ上がり状況確認をしようと走っていたところだ。
屋上へ上がり、人混みをかき分けて落下防止の策がある橋へと近づく。いや、近づこうとした。
人混みをかき分けた途端、目に入ってきたのは、町の周りをグルグルと飛び回る、無数のドラゴンだった。
「・・・・・・ドラゴン」
誰が呟いたのか、もしかしたら俺かもしれない。
ここ数日、ユラウン砦から逃げてきた兵士から、幾度となく聞かされた光景。ドラゴンの大群が、砦の周りを飛び回り、攻撃してきたという話。
ユラウン砦で起きた惨劇が、今度はケーリンで起ころうとしていた。
「・・・な、な、な、何だあれは! どうなっている!? 直ぐに攻撃しろ!」
町長が叫ぶのが聞こえる。
よく見ると、ドラゴンが迫る町の防壁の上で動き回っている様子が見える。町に配備されている部隊だろう。
ケーリンの重要性から、それなりの数の帝国騎士団とその配下の兵士が配備されている。
その様子を確認し、先程までの恐怖が少し和らいだ。
・・・・・・いや、そんな気がしただけだった。
次の瞬間、下から矢や魔法を浴びせられていた1体のドラゴンが、壁に向かって急降下した。
それなりに強固に作られているはずの壁が、砕け散る。ここからでも分かる大きさの穴が空き、そこから粉塵をまき散らしながらドラゴンが飛び出てくる。壁の上で攻撃していた騎士や兵士は・・・、助からなかっただろう。
その攻撃を皮切りに、複数のドラゴンが、攻撃している騎士や兵士に向かって、体当たりをし、腕や尾でなぎ払い、口から火炎を吐き出した。
町の全方位でドラゴンによる攻撃が始まり、町を守る部隊は瞬く間に壊滅した。
当然、この光景は民にも見えているが、目の前で騎士や兵士が粉々になる様子に、パニックになることすら忘れて、呆然と立ちすくんでいた。
一部、逃げ出した者には容赦なくドラゴンの攻撃が加えられる。その攻撃は、民を狙ったものではあるが大雑把で、近くにあった建物を破壊し、民から逃げる気さえも奪い去った。
そうして、町の終わりが始まったのと同時、我々がその様子を眺めていた屋上近くに、2人の女と1人の男が飛来した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます