第273話:常識にとらわれると
〜カイト視点〜
ポーラを泣かしたと思われる男。サイル伯爵であるギブスさんによればニムル伯爵というらしい。横にいる僕より少し年上に見える彼の息子は、ニムル伯爵よりも困惑している様子。
ニムル伯爵に話を聞いたところ、ポーラがシャロンを従魔にした経緯について、ポーラの説明を理解せず、というか勝手に間違った理解をした上で、その理解を前提にポーラやコトハお姉ちゃんを褒めたらしい。
・・・つまり、ポーラが言っていた、「コトハお姉ちゃんがシャロンのお母さんを殺した」という内容で。その内容で2人を褒めるということは、コトハお姉ちゃんがシャロンのお母さんを殺したことを褒めるってことで、僕らにとっては侮辱以外のなにものでもない。
ポーラの話を理解せず、あまつさえ2人を侮辱するような発言を繰り返した男に対して怒りが込み上げてくる。
というか、弁明のつもりなのか、今も「褒め」続けている。どういう理由かポーラの説明を誤解した上、その件で僕やポーラが怒っているのが分からないことに、怒りを通り越して恐怖すら感じる。
いい加減、男の話を聞き続けるのも不愉快なので一度黙らせる。
「もういいです。これ以上、姉や妹を侮辱しないでいただけますか?」
無意識にオーラが漏れてしまったことに、言葉を発してから気付いた。突然、浴びる視線の数や質が変化した気がするので、漏れたオーラに反応した貴族がいるのだろう。貴族の中には魔法が使える者も多いし、外の人よりもオーラを感じやすいのかもしれない。
僕自身、コトハお姉ちゃんとポーラを侮辱されたことに、思いのほか怒っていたみたいだ。
「ぶ、侮辱など・・・。私は、クルセイル大公殿下の素晴らしい・・・」
「ですから、黙ってください。これ以上、2人を侮辱する言葉を聞きたくないです」
再度の僕の言葉に、相変わらず訳が分からないといった様子の男。
これ以上、この男と話をするのは時間の無駄な気がする。それに、心情的にも話したくない。
こういう事態を一応想定はしてあったので、準備しておいた対応を選択する。
「これ以上は結構です。今回の件、妹の言葉をねじ曲げ、姉や妹を侮辱したことについては、後日正式に抗議します。では」
短く終わりを告げ、ギブスさんと一緒にポーラのもとへ戻る。
ここから見る限り、ポーラはサーシャさんと楽しそうに話しているから、少しは回復したようにも思える。けれど、ポーラにとってシャロンもコトハお姉ちゃんも大切な家族だ。そんな家族を侮辱されたポーラがどれほど怒り、悲しんでいるか。僕も怒っているし、あの男の考えが理解できない
後ろからは、何やら引き留めるような声が聞こえてくるが、もうあの男に用は無い。
それにしても、どうしてこんな誤解をしたんだろうか。
ポーラの説明が完璧だったかは分からない。けれど、この話で重要な、シャロンのお母さんが亡くなった経緯、というか出会った際に既に息を引き取っていた点についての説明を違えることはあり得ないと思う。
そうすると、ポーラの説明を聞いて、ニムル伯爵が勝手に勘違いしたとしか考えられない。
まあそれ以上に、僕の試みた誤解を解く作業を邪魔するかのように、「シャロンのお母さんを殺した」との話を前提にして、話を続けるので嫌になった。
話を戻して誤解した理由。
思い出されるのは、従魔契約に関する常識的な話。
僕も結論だけは聞いたことがあった、従魔契約は難しいという話。コトハお姉ちゃんに出会ってからはその常識を疑うようになり、そしてレーベルの話で従魔契約の原理を知り事情を理解したあの話。後は、ガッドでも主に貴族家の運用について聞いた覚えがある。
従魔契約とは、主となる者の魔力に従魔となる魔獣・魔物の魔力を適合させたうえで、名前を与えて繋がりを構築するもの。一般に従魔契約が難しいとされているのは、この適合過程だという。両者の魔力が離れていればいるほど、適合化させるのに必要な魔力は増え、また技術面の問題もあるらしい。これについては、コトハお姉ちゃんに聞いても、「なんとなくできた」とのことで、詳細は分からなかった。
そして、どうやら成体となった魔獣・魔物よりも、子どもの状態の魔獣・魔物の方が、適合させやすいらしい。未熟な個体の方が、適合化させるのに必要なエネルギーが少ないのだろうと思う。
軍などで運用されている『フェイヤー』と呼ばれる魔獣。それなりの飛行速度と体力があり、手紙を持たせて離れた場所との連絡役として活躍している魔獣がいる。
軍や貴族家で『フェイヤー』を従魔にする方法として主流は2つ。1つは、既に従魔になっている『フェイヤー』同士の子に、幼い時に複数人の魔法使いが従魔契約を試し、成功した人が主となる方法。この方法だと、親の主が成功する確率が高いらしく、複数の『フェイヤー』を従えて、重宝されている士官がいるらしい。
もう1つは、親を殺して子を手に入れる方法。1つ目の方法で子が確保できない場合に、森などで野生の『フェイヤー』を探し、子持ちの『フェイヤー』を見つける。一応親と従魔契約を結ぶことができないかを試した後、親を殺して子を従魔にするらしい。
この方法は、『フェイヤー』以外にも多数の成功例があるらしい。有名な冒険者が従えている魔獣が、その冒険者が討伐した魔獣の子であるケースは珍しくはないとのこと。
ニムル伯爵家は、カーラルド王国の北側に領地を持つ貴族だ。
領地は伯爵領としては小さい方だが、大きく2つの特徴がある、らしい。
1つ目は、鉱山。国全体の採掘量に占める割合は中位だが、立地や安全性から重宝されている鉱山らしい。といっても、近年は産出量が減少しつつあり、鉱山の寿命ではないかと言われているとか。
2つ目は、従魔軍。ニムル伯爵領の騎士団には通称従魔軍と呼ばれる部隊があるらしい。部隊といっても、従魔を従える50人程度の魔法使いや騎士と、それに従う70体前後の従魔の集団。従えている魔獣はバラバラだが、比較的大きく強い魔獣を従えている者もいるらしく、その戦闘力は高い。
今回、ニムル伯爵が従魔であるシャロンの件でポーラに接触したのは、そういった背景があると思われる。
・・・というのが、ギブスさんの推測だ。
パーティー会場の横にいくつか設けられている休憩室に、ポーラやサーシャさんたちと移動している最中に教えてくれた。
「・・・じゃあ、シャロンを従えた方法を聞いて、というか自分たちもシャロンの種、ベスラージュを従えようと思って?」
「推測ですが」
「・・・だったら、なんでポーラの説明をねじ曲げたの?」
「ねじ曲げた、というよりは、自身の常識に照らし、都合良く解釈したのではないかと。コトハ様が親を殺し、従魔とした上で、ポーラ様を守るように命じた。これが、彼・・・というか、従魔契約に詳しい者には納得しやすいですからな」
・・・それは、分かる。けれど、本当にベスラージュを従魔にしたいと思うのなら、その方法の所を逃せば意味が無いと思うんだけど・・・
「後は、コトハ様が素晴らしいことをした、という風に称えやすくなりますから。鉱山が枯れ始め、一層従魔軍にかける思いが増しているニムル伯爵にとっては、多くの従魔を従えていると噂のコトハ様との繋がりは、喉から手が出るほど欲しかったでしょうから」
それは、そうかも。
コトハお姉ちゃんは、『オリジンスライム』、『スレイドホース』、そして『古代火炎竜族』・・・ドラゴンを従魔にしている。ついでに、シャロンもコトハお姉ちゃんの従魔だと勘違いしていたのなら。
コトハお姉ちゃんが、その、“効率的な”方法で従魔を増やしていると思っていたのであれば、ポーラの話をねじ曲げて理解し、こちらにとっては不気味なくらいに褒めてくることも、不思議な話ではないのだろうか・・・?
どうにかポーラを通してコトハお姉ちゃんとコンタクトを図ろうとしていたのなら、ポーラの説明を適当に聞き流し、自分の話を続けたとしても納得・・・・・・できるか?
「まあ、これ以上は考えても仕方がないです。ギブスさん、サーシャさん、ありがとうございます。ロッドさんにもお礼をお伝えください」
「いえいえ、当然のことをしたに過ぎませぬ」
「そうよ、カイト君。2人に何かあれば、コトハに顔向けできないもの」
そう微笑む2人にお礼を伝えつつ、機嫌が回復したポーラには、このままこの部屋にいるかを確認した。
ポーラがそれを望んだので、待合室からレーノを呼んできてもらい、2人にはこの部屋で終わりまで待機してもらうことにした。
パーティーは終わりかけだが、先ほど話の途中でフォブスたちから離れているし、最後に挨拶くらいはしておきたい。
そう思い、パーティー会場へと戻った。
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