第274話:お礼
制圧したダーバルド帝国の砦は、騎士団長が麓の砦から呼び寄せた部隊を中心に守っておくらしい。
ドラゴンの群れに襲われた経験から、短期間の間に取り戻そうと攻めてくるとは思えない。ただ念のため、ケイレブを通して数体の『赤竜』に、しばらくの間は近くに留まってもらうように頼んでおいた。周囲の森や山での狩りを認めているので、気ままに滞在してくれると思う。
私たちは、朝早くに砦を出発し、その日の夕方、完全に暗くなる前に、王都近郊の小さな基地に到着した。出発時に、馬車の移動を馬から『赤竜』に交代した場所だ。
『赤竜』たちも慣れた手つきで、衝撃もなく馬車が着陸する。
「各自、馬車の準備を!」
騎士団長を中心に、『赤竜』に運ばせる際にしまっていた器具などを装着し、“馬車”として使えるように戻していく。
一度王都へ戻していた馬たちも予定通り、交代の馬がこちらへ移動しており、順に繋がれていく。
私は、協力してくれたドラゴンたちへのお礼を済ませることにした。
「ケイレブ。言われてたオーラ、『気』を見せるってやつは、今やってもいい?」
「はい、もちろんです」
「おっけー。そしたら・・・、少し離れようか」
「はい」
ホムラにインディゴを預け、『龍人化』をフルに発動した状態で、上空へと移動する。
私のオーラに反応して近くの魔獣・魔物が移動する可能性がある。万が一、王都の方へ逃げてしまうとことなので、王都を背にしておく。
「それじゃあ、いくよ」
オーラを放出することは、もはや慣れた作業だ。特に魔力の流れを意識することもなく発動できる。
しかし今回は、ドラゴンたちへのお礼だ。ケイレブの期待していた目も見ているし、今回は彼らのおかげでこちらに犠牲や被害を出さずに作戦を成功させることができた。
そんなわけで、自分の魔力の流れに意識を向け、集中する。
普段の雑なオーラではなく、全力で。全身の魔力を無駄なく活性化させる。
そして、
「はぁぁぁっ」
短く息を吐き、同時にオーラを解放した。
私を中心に、放射状に広がるオーラ。
それは直ぐに、近くにいたドラゴンに浴びせられていく。
私のオーラを浴びたドラゴンは、
《フォォォォォォォォォォォォォォ》
《ギュォォォォォォォォォォォォォ》
《ドュォォォォォォォォォォォォォ》
と、各々が咆哮を上げる。
ドラゴンたちの咆哮が、私のオーラが広がるのに合わせて広がっていく。マーカスや騎士団長たちには予め、「ドラゴンたちとやることがある」と伝えてあったが、それでもかなり驚いている様子。まあ、何も知らない人が見たら、死を覚悟するような光景なのだろう。ここ数日を経て、ドラゴンたちを味方だと認識している彼らにとっても、衝撃的な光景だったのは想像に難くない。
ドラゴンたちの咆哮は、私のオーラに合わせ、端まで到達した。
そして、
「えっ?」
次は、順に着陸していくドラゴンたち。何だか仰々しい動きで着陸していく。
よく分からずに、私も高度を下げ、地上近くまで移動する。
すると、着陸したドラゴンたちは一斉に頭を垂れた。
戸惑う私に、ケイレブ、ホムラ、そして2体のドラゴンが近づいてくる。
この2体のドラゴンは、私の記憶と目が正しければ、それぞれ『火炎竜族』、『赤竜』を束ねるドラゴンだ。
ホムラはインディゴの手を引いている状態だ。・・・というか、インディゴはこちらをキラキラした目で見つめている。インディゴも私のオーラを、他の人よりは感じる能力に長けているのだろうし、先ほどのオーラを感じて?
「コトハ様。我ら、『古代火炎竜族』及びその配下たる『火炎竜族』『赤竜』は、改めてコトハ様への忠誠を、ここにお誓いいたします」
「コトハ様。私は、いただいた『ホムラ』という名前に誇りをもち、永遠にお仕えいたします」
『古代火炎竜族』の2人が代表して、そう言葉を述べ、後ろにいた2体のドラゴンがひれ伏す。
「・・・うん、よろしくね」
私はそう、言葉をひねり出すので精一杯だった。
♢ ♢ ♢
『赤竜』便から馬車へと切り替えた騎士たちに先立ち、私はホムラとインディゴと一緒に王都へと帰還した。
ホムラと2人なら、各々が人型で飛べば済むが、インディゴを連れていてはそうもいかない。インディゴの背には小さな翼が生えているが、少なくとも今は飛ぶことはできなさそうだ。
そんなわけで、王都ギリギリまでホムラにはドラゴンの姿でいてもらい、その背にインディゴと2人で乗っていた。
王都に近づいたのが夜とはいえ、このまま城へ着陸すれば混乱するのは必然。まあ、いずれ城にドラゴンが着陸する光景を見せることにはなると思うが、いろいろと忙しい今することでもないだろう。
というわけで、残りは私がインディゴを抱いた状態で、城まで飛んでいった。
インディゴは、見た目3、4歳でまだまだ小さい。とはいえ、抱っこしたまま移動するのはかなり疲れた。・・・いや、腕を変化させていなければ無理だったと思う。
ホムラに任せることも考えたが、インディゴが私を希望したので、まあ、うん。
城の中心にある広い庭。カイトが毎朝騎士団と訓練をしている場所に着陸した。
既に日は落ちており、ここで訓練している騎士団は見当たらない。というより、ほとんどの騎士たちが貴族らの調査に駆り出されており、残りは私と一緒だった。
なので、この城には最低限の警備戦力しか残っていない。
「何者だ!」
そんな警備戦力に誰何される。
火がたかれているとはいえ薄暗いし、いきなり城に降りてくるとか驚くよね。
「私は、クルセイル大公。王国西方での任務を終え、帰還した所よ。悪いけど、国王か宰相に取り次いでもらえる?」
私の言葉に目を白黒させる警備の騎士。
不思議な無言が少しの間続き、そして、
「し、失礼いたしました。直ちに!」
と言って、横にいた部下らしき騎士に指示を出していた。
「コトハ姉ちゃん!」
ハールさんか、アーマスさんか。どちらに呼び出されるのだろうと思っていたら、最初に現れたのはポーラだった。いや、後ろにはカイトにキアラ、レーノやフェイたちもいる。
「ポーラ、ただいま。カイトにキアラも」
私に抱きついているポーラの頭を撫でながら、他のみんなにも挨拶をする。
「にしても、よく分かったね。さっきの騎士が気を利かせてくれた?」
「・・・騎士? ポーラが、『コトハ姉ちゃんが帰ってきた!』って飛び出していったから。まあ、僕も感じてはいたけど」
「ああ、そっか」
「それに、少し前に王都の外で、なんか凄いオーラ放ってなかった?」
「ああー・・・」
そりゃ、王都までの距離を考えたら、2人も感じるわな。
「とにかく、お帰りなさい、コトハお姉ちゃん」
「うん、ただいま」
私たちの帰りを喜んでくれるみんな。
だが、そんなみんなの視線は、当然のことながらインディゴに向いている。
「・・・・・・まあ、そうなるよね。ええっと・・・、紹介するね。この子はインディゴ。ダーバルド帝国の砦で助けた『半竜人』の子ども」
そう紹介するも、どうやらピンときていない様子。
いや、フェイとレビンは、種族を聞いて納得している様に見える。
そんな状況下であっても、いやそんな状況でこそ、子どもは爆弾を投下する。
「お母さん。この人たちは、誰?」
つぶらな瞳でこちらを見上げながら聞いてくるインディゴ。
その言葉に、私に抱きついていたポーラが、話していたカイトが、後ろにいたレーノたちが、一斉に目を見開いた。
インディゴの言葉で、その場が驚きに包まれたとはいえ、きちんと経緯を説明すれば、なんと言うこともない話。
カイトとポーラにキアラは、既にお兄さんお姉さん気分だし、レーノは「いつも通りですね」と納得した様子。まあ実際、酷い扱いを受けている状態から助けた子を保護することは、ここ数日繰り返しているし、インディゴもそうなる気がする。
インディゴも、私の弟妹と紹介したからか、あるいは2人から私に似たオーラを感じたからか。カイトとポーラの2人をすっかり兄姉として受け入れている。ポーラは、メイジュちゃんに続き弟ができたとあって大喜びだ。
そしてその2人と一緒にいたキアラとも、少しおどおどしながらも言葉を交わしていた。
インディゴが2人に馴染んだことに安堵していた頃、私をハールさんかアーマスさんのもとへと案内するためのお迎えが来た。
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