第271話:疲れる時間と穏やかな時間

〜カイト視点〜


会場に入るとすでに大勢の来場者がいた。

それぞれが、すでに親交のある個人あるいは家同士で集まり談笑し、あるいは初対面ながらも今後関係を深めたいと思っている相手を見つけては挨拶を交わしている。


僕が習った知識では、王家主催のパーティーや王家が参加するパーティーでは、王家の人たちや高位貴族が到着した際に、その到着が大々的に伝えられる。主役の登場というのもあるし、特に身分を強く意識しなければならない場での不慮の事故を防ぐためという理由もあるらしい。・・・確かに、王家の人や高位貴族が到着したのに、それを無視して談笑を続けているのは、いろいろと危ない気がする。


しかし今回は、そういったことはされていない。理由は分からないけど、この場の参加する家的には最高位のうちは当主がいなくて、主宰者はバイズ公爵家だから?

後は、子女が多くて、目的でもある歓談を遮ることを避けたのかもしれない。


「ポーラ。とりあえず、飲み物を取りに行こう」


とりあえず、近くにいたメイドに2人分の果汁を頼み、中へと進む。

僕とポーラもコトハお姉ちゃんの謁見にはついて行っているので、あの場にいた貴族たちには顔を知られている。


正直、あの短時間で、それもコトハお姉ちゃん以外の子どもの顔を覚えているものなのか、と疑問だったが、部屋に入りその答え合わせができた。結論、めちゃくちゃ覚えられている・・・

僕たちが入った扉近くから順に、不気味な静けさが広がっていった。僕らのことを見て、横にいる、おそらくは自分の息子や娘の肩を叩く貴族。少し離れた場所にいた子に目線で合図を送る貴族・・・・・・


昨日ラムスさんに、そしてレーノに言われていたことを思い出し、そしてこれからの展開を悟った。





それからの十数分間は、これまで経験したことの無い、強烈な時間だった。

代わる代わる、貴族たちの自己紹介と息子・娘紹介を受け続けた。幸いだったのは、僕たちのところに押しかけた貴族が多く、自己紹介より先の話を始めることなく、次の貴族へと交代していったこと・・・?

どの貴族も、お互いに牽制し合って、挨拶と自己紹介以上のことはしなかったみたい。


とはいえ開始数分で、この挨拶攻勢に飽きた・・・というか不機嫌になったポーラは、必殺の「食事逃げ」を使った。

そんなポーラに抗議の視線を送ろうとしたが、それを察知してかこちらを振り向くことなく料理を物色しているポーラに、ため息をつくしかなかった。


そんな僕の苦労は、到着した来客の出迎えを終え、最初の挨拶をすべく会場の中央へと移動したラムスさんたちによって、暫しの中断を得ることになった。


「皆さま! 本日はお集まりいただきありがとうございます。この度、新国家が興る運びとなり、ここにいる多くの皆さまが貴族として、あるいは名ある商人として国を支えていくことになりましょう。そして、本日お集まりの子女の皆さん。年齢は様々ですが、皆さんが新国家の歩みを進めていくことになるのです。そんな栄えある皆々様とともに、本日はその友誼を深めていければと思います」


そう挨拶し、お辞儀するラムスさんに、盛大な拍手が送られる。


「それでは、遺憾ながらこれまで皆さまに紹介できておりませんでした息子たちを、紹介させていただければと思います。フォブスとノリスです」

「フォブス・フォン・バイズです。皆さま、よろしくお願いいたします。新国家を支える一員となれるよう、日々精進して参ります」

「ノリス・フォン・バイズです。兄ともに、努力して参りますので、よろしくお願いいたします」


ラムスさんに紹介され、それぞれ挨拶をするフォブスとノリス。

こんな緊張することをやらないといけないとは、大変だな・・・と思っていると、フォブスが再び話し始めた。


「本日は、私たちの誘いに応じ、クルセイル大公殿下の弟妹である、カイト、ポーラも参加しています。弟と、カイトやポーラ、そして同世代の方々と共に、精進していければと思っております。どうぞ、よろしくお願いいたします」


え!?

いきなり名前を呼ばれ驚いたが、そういえば挨拶の中で紹介はされると言われていた。ちゃっかり、「私たちの誘いに応じ」とか呼び捨てにしているあたり、抜け目ない・・・。たぶんラムスさん・・・か、グレイさん。

まあ、僕やポーラの方を指したわけでもないし、話は直ぐに流れたのでこちらに注目が集まることは無かったが、もう暫くは休まらないのだと思い知らされた。



以前、コトハお姉ちゃんが初対面の大勢から次々に自己紹介されても覚えきれないと文句を言っていたが、その意味が分かった気がする。

最低限の予習をしていた貴族の人たちでさえ、顔と名前を覚えるので精一杯で、それ以上を覚えるのは・・・無理だったと思う。今は覚えていても、別の場所で会ったとして・・・


「カイト君!」


聞き覚えのある声がして、振り向くとそこには僕やコトハお姉ちゃんの数少ない貴族の知り合い。サイル伯爵家の長女であるサーシャさんがいた。


「サーシャさん! お久しぶりです」


初めましての貴族と当たり障りのない話をするのに疲れていた僕にとって、サーシャさんと会えたことは思っていたよりも救いだったのかもしれない。

サーシャさんは、見たことのない男性と一緒にいた。サイル伯爵本人やサーシャさんの兄弟ではない。


「ああ、そうよね。カイト“君”なんて呼んじゃいけないわよね。カイト大公弟殿下」

「・・・からかってますか?」

「いいえ?」


微笑みながら返すサーシャさんに、こちらの表情も和らぐ。


「コトハお姉ちゃんのお友だちなんですし、この間の呼び方でいいですよ」

「ふふっ。じゃあ、そうさせてもらうわね」


どこかコトハお姉ちゃんに似た雰囲気を感じる。


「カイト君。今日はコトハは来てないの?」


僕が「この間の呼び方」と言ったことを受けてか、あるいはコトハお姉ちゃんが許していたからか。サーシャさんがコトハお姉ちゃんを前と同じ呼び方で呼んだことで、更に注目を浴びた僕たち。

まあ、気にしたら負け。コトハお姉ちゃんがよく、考えすぎると疲れるとぼやいていたけど、その気持ちがよく分かった気がする。サーシャさんはコトハお姉ちゃんのお友だちなんだし。


「コトハお姉ちゃんは仕事で出てるんです」

「あら、そうなの?」

「はい」


少し残念そうにするサーシャさん。


「サーシャさんは最近王都に?」

「ええ。コトハやカイト君、ポーラちゃんたちのおかげで、いろいろ片付きはしたのだけど、まだバタバタしててね。今朝到着したのよ。今日のパーティーに参加できたのはラッキーだったわ」


サイル伯爵領は、異形の姿となったエルフの女性、ミリアさんと彼女に従っていた?魔獣・魔物の群れに襲われていた。

コトハお姉ちゃんを中心に、クルセイル大公領の騎士団が協力してその問題を解決したわけだが、後始末が大変そうだったのはいうまでもない。


見た感じサイル伯爵本人は来ていないようなので、まだ領で仕事をしているのかもしれない。


「サーシャ。悪いが、私を紹介してくれないか?」


僕とサーシャさんが話すのを、静かに眺めていた男性が、僕らの会話が途切れたのを見て、そう頼む。


「あら、忘れてたわ。せっかくだし・・・、カイト君、ポーラちゃんはいる?」

「はい。・・・ポーラ!」


絶賛「食事逃げ」を継続中のポーラは、幸い近くにいたので手招きし、呼び寄せる。


「サーシャ姉ちゃん!」


ポーラがサーシャさんを見て嬉しそうに近づき、ポーラの頭を撫でるサーシャさん。それを見て再度会場がざわつく。

果たしてサーシャさんが狙ってやっているのか、偶然か。領での印象や、今の感じを見ている限りでは、狙っているとは思えない。純粋に、友だちの妹を可愛がっているように思える。


「カイト君、ポーラちゃん。紹介するわね。この人が私の許嫁・・・、じゃなくて婚約者。バロナム伯爵家の三男のヤートンよ」

「大公弟殿下、大公妹殿下。お初の目に掛かります。ヤートン・フォン・バロナムと申します。サーシャが大変お世話になっております」


とても綺麗な、お手本のようなお辞儀をするヤートンさん。

その様子をニコニコしながら見つめるサーシャさん。お似合いのカップルに思える。


「何よりも、サイル伯爵領での件。お二人はもちろん、クルセイル大公領の騎士団の皆さま。そして何より、クルセイル大公殿下に、心よりの御礼をお伝えくださいますよう、何卒お願い申し上げます」


と、先ほどの挨拶よりも深々と頭を下げるヤートンさん。その様子だけで、ヤートンさんが誠実な人だとよく分かる。

サーシャさんの婚約者ということは、コトハお姉ちゃんと会う機会もあると思う。多分だけど、コトハお姉ちゃんの嫌いなタイプではないと思う。


ヤートンさんは、現在はバイズ公爵領の文官として働いているらしい。

僕とポーラは、貴族の挨拶攻勢から逃れ、サーシャさんとヤートンさんと話すことで、暫し穏やかな時間を過ごすことができた。


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