第258話:ダーバルド帝国の砦

予定通り、クラリオル山の麓にあるカーラルド王国の砦にはその日のうちに到着することができた。

まあ、到着時には少しややこしいことになりかけたが・・・



砦に配属されている騎士は、当然のことだが砦の周囲を見張っている。

背後にあるクラリオル山からはダーバルド帝国が攻めてくる可能性がある。砦が位置しているのは魔獣・魔物が多く生息する地域にほど近い。砦は強固に作られてはいるが、警戒のために砦の外に出ている者もおり、砦の壁の上にある見張り台から、迫り来る魔獣・魔物を早期に発見することは必要だ。


そんな見張りの騎士、歩哨が最初に見つけたのは、遥か上空から砦に向かって一直線に進む複数の飛行物体。

馬車を抱えた『赤竜』は遠くからでも視認できるし、そもそもが竜は大きい。『赤竜』便以外の竜もその周辺を飛んでいるのであり、砦に近づくにつれ、さぞ目立ったことだろう。道中は下から見られるのを防ぐために、それなりの高度で飛んでいたが、目的地に近づくにつれて、高度を下げていた。


そうして、迫る竜の大軍を発見した歩哨。

瞬く間に、砦は厳戒態勢に入った。いや、そもそも直ぐ近くにダーバルド帝国の砦が建設されたことで、この砦の重要性、そして緊張感は跳ね上がっていた。そこに、竜の群れの襲来だ。

よくパニックにならず、訓練通りに戦闘態勢を整えることができたと褒めるべきだろう。現に、彼らの上司である王宮騎士団長は褒めていた。


結局、王宮騎士団長を乗せていた馬車を、砦から少し離れた場所に下ろし、彼が自分で砦まで歩いて事情を説明。砦の厳戒態勢を解かせ、砦の中に馬車の着陸できるスペースを用意させた。



「コトハ様。確認が終わりました。全員、問題ありません」

「そう、了解」


着陸し、馬車から降りてからは、必要な物資を馬車から降ろし、ダーバルド帝国の砦まで移動する準備を行っていた。

それが終わったようで、マーカスが報告に来た。


「騎士団長、ありがとうね。危うく面倒なことになるとこだったよ」

「いえ。『赤竜』に馬車の移動を頼むことは、ここまで伝わってはおりませんでしたので。用意しておりました」

「そっか」


これから騎士や魔法士は、ダーバルド帝国の砦近くまで徒歩で移動する。

夜間の移動、それも山道の移動は危険だと思うのだが、魔法士により灯りが確保され、また足場が悪い場所は『土魔法』で補強しながら進むとのことで、危険は少ないそう。

灯りは目立つような気もするが、敵に視認される可能性がある距離に近づく頃には、夜も明けるそうだ。まあ、向こうの砦も火はたいているだろうし、その辺は慎重に行動するだろうから、彼らに任せよう。


私とホムラは、この砦で夜は過ごし、明朝移動する。

夜の山道を一緒に歩くのは遠慮したかったし、先に飛んでいっても待たなきゃいけない。今回の作戦指揮は、マーカスらに任せている。私の仕事は、まずはホムラに頼んで竜たちを呼ぶこと。そして、砦への侵入時のサポートだ。基本的に、私はマーカスの指示に従うだけ。軍事行動にも冒険者の行動にも慣れていない私が一緒に歩くのは、足手まといもいいところだろう。



 ♢ ♢ ♢



明朝、ホムラと2人で、それなりに高度を上げて飛行する。

私はもちろん、ホムラも人型。背中に翼を出して、飛行をコントロールするために尻尾を出している。

ケイレブら他の竜たちは、敵に気づかれないように散開している。周辺での狩りを認めたので、各々自由にしているのだろう。砦の大まかな位置を伝え、見つからないように注意してある。


「コトハ様。味方が見えました」


飛んでいると、ホムラが山道を行くマーカスたちを発見した。

事前に聞いていた予定に照らすと、問題なく進んでいるようだ。

ここで合流しても、再び飛び立つことになるので、ひとまずスルーして先に進む。



そのまま飛び続けること少し、前方に大きな建造物が見えてきた。

おそらくは正方形。4つの頂点が出っ張っており、塔のようなものが立っている。

砦の周りには、堀のようなものは無い。こちら側に大きな門があるのも見える。


「ホムラ。せっかくだし、砦の周りを見て回ろっか。侵入ポイントとか見つけたいし」

「はい。・・・そうですわ。先に、ここが目的地であると皆に伝えておきますわね」

「いいけど・・・、敵に気づかれない?」

「心配ございませんわ。薄くした魔力に気を乗せて送りますので。魔法が使える程度の人型種には、気づかれませんわ」

「そっか。ならお願い」

「はい」


一瞬、ゾワッとした気がする。黒板を爪で引っ掻いた音を聞いたような、そんな感じ。

ホムラを見ると微笑まれたので、そういうことだろう。



敵の歩哨に気づかれないように注意しながらダーバルド帝国の砦の周りを飛んだ結果、想定よりも砦の規模が大きいことが分かった。

各辺が100メートルかそれ以上。砦を囲う壁の厚さは5メートルくらいあって、その上には結構な数の敵兵が見える。カーラルド王国に面する東側には、大きな装置?が複数並んでいる。横に大きな岩が積んであることからすると、あれは投石機ってやつかな。


『魔力感知』によれば、この砦の中には少なくとも200人くらいはいると思う。うちが70人くらいなことを考えると、かなりの戦力といえるだろう。もちろん、ケイレブたちは除く。

少し気になったのは、いくつかの気配。複数の人が集合しているだけかもしれないが、かなり強い魔力の反応があった。うちでいう魔法士なんだろうか。それにしては、魔力の反応が強い。うちの魔法士は、『エルフ』や『魔族』の血を引く者がほとんどだが、『人間』以外の人型種を差別しているダーバルド帝国の兵士に、そういった者がいるのだろうか・・・。それとも奴隷? あるいは、目的の『異世界人』?


「ホムラ。どう?」


ホムラには砦の中の気配を探ってもらう。


「ほとんどが『人間』。『人間』とは違う魔力を持つ者が、少しいますわね」

「『エルフ』や『魔族』?」

「そこまでは・・・。申し訳ございません。」

「ううん。気にしないで。それで、侵入経路は・・・」


それからホムラと2人で、砦の周りを飛び回り、侵入経路として適しているのはどこか、『異世界人』が捕らえられているとしたらどこか、敵の指揮官はどこにいる可能性が高いかを調べていった。



 ♢ ♢ ♢



クラリオル山の麓にあるカーラルド王国の砦から、目的のダーバルド帝国の砦までは、それなりの規模の軍勢で攻め入るために行軍すれば、3日ほどかかるらしい。もっとも、今回の参加人数は70人ほど。しかも、マーカスやランパルドといった冒険者経験豊富な者に加えて、若くしてプラチナランクの冒険者となったライゼルさんも参加している。


結果、出発から約1日で、合流地点である林に到着した。

合流地点は、ダーバルド帝国の砦から1キロほど離れた場所にあり、その間には小さな丘がある関係で、砦からこちらの様子が見えることはない。その逆もしかりなのだが、既に数名の騎士が敵の動きを監視するべく、丘に出ている。


林の一角に設けられた複数のテント。その1つ —テントの中では一番大きなやつ— の中に、私やホムラ、マーカスにジョナス、騎士団長と魔法師団長、そしてライゼルさんが集まっていた。後は、ケイレブもいる。


「・・・・・・ってのが、私とホムラが砦を見てきた感じかな。思ってたよりも規模が大きかったんだよね」


ひとまず、みんなに私たちが偵察してきた内容を報告する。


「コトハ様、ありがとうございます。侵入経路については、事前にある程度は想定していましたが、魔法で無理矢理階段を作るしかないでしょう。ですが、思っていたよりも敵兵の数が多いのが難点ですか・・・」

「そうですね。敵兵が少数であれば、ダーバルド帝国側の西側には敵兵の配置が少ないと考えていましたが・・・。侵入前に、ホムラ殿たちに見える場所を飛んでいただいて、敵の注意を逸らすべきかと」


私の報告をマーカスがまとめ、王宮騎士団長が補足する。


「ドラゴンに近くを飛んでもらうの?」

「はい。ドラゴンが姿を見せれば、敵の砦は警戒態勢に入るでしょう。東側を飛んでもらえば、敵の兵力が集中する場所もコントロールできます。後は、その投石機の威力ですかね」

「威力?」

「潜入班を回収する際にしろ、敵の注意を引く際にしろ、投石機の性能が不明では行動しにくいです。できれば、ドラゴンに向けて投石機を使用してくれれば・・・」


なるほど。

確かに、地上を歩いて進む騎士や魔法士に向かって投石機を使われるよりは、飛んでいるドラゴンに向けて使われる方が安全か。


「ケイレブ、どう?」

「お任せを。念のため、最も頑丈な同胞を向かわせます」

「分かった、お願い」


ケイレブが大丈夫というのなら、任せよう。


「投石機は破壊する?」

「できれば、確保したいですね」


と、王宮騎士団長が応じる。


「奪うの?」

「というよりは、敵の投石機の性能を正確に把握したいですね。敵の技術レベルは、貴重な情報ですから。できれば破壊せずに押さえたいです」

「うーん。でも使われると危険だよね・・・」

「コトハ様。横に積んであった岩を破壊すればよろしいのでは? 飛ばす物が無ければ、ただの装置ですわ」

「そうだね。岩だけ狙って攻撃できる?」

「容易いことですわ」


自信満々のホムラの様子から、任せることにした。

後は細部を確認し、夜明けと共に行動開始だ。


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