第256話:『赤竜』便

ケイレブたちと話していると、続々と馬車が到着し始めた。

所定の場所に馬車を止めた後は、素早く準備を始めている。


まずは、ここまで馬車を引いてきた馬たち。馬たちは、ここで待機していたラーダらと一緒に王都へ帰る。

1台あたり2頭の馬が馬車を引いていたので、20頭の馬を連れて帰ることになる。ラーダたちの方は人員も限られているので、今はその準備をしている。


そして馬車の準備。昨日の緊急改造で取り付けた、『赤竜』が掴む用の取っ手部分を展開し、御者台など邪魔な部分を取り外す。また、馬車の扉がしっかり固定できているかの確認もかかさない。万が一、空中で馬車の扉が開けば事だ。


そんな中、王宮騎士団騎士団長、王宮魔法師団魔法師団長、そしてマーカスがこちらへやって来た。


「コトハ様、遅れました」

「ううん。こっちが先に着くのは分かってたし」


そう言い、ここまで問題が無かったことの報告を受ける。

それが終わると、


「マーカス殿。久しいな」


と、ケイレブがマーカスに声を掛けた。

それを皮切りに、ケイレブと弟さん、マーカスたちの間で挨拶や今回の参加への感謝、詳細についての確認が行われた。



そうしていると、


「馬車の準備、完了です」


と、王宮騎士団の騎士から報告が上がった。


「よし。それじゃあ、時間も勿体ないし、早速やろうか。・・・あーでも先に。ホムラ。『赤竜』を1体下ろしてもらえる?」

「畏まりました」


ホムラは、私にそう応じると、空中に向かって魔力を放った。呼んだ・・・?


次の瞬間、1体の赤い大きなドラゴンが、慌てた様子で降下してきた。

ホムラは、上空数メートルに滞空するドラゴンを一瞥し、


「コトハ様。アレが『赤竜』を率いる個体です。何なりとご命じくださいませ」


と微笑んだ。

いろいろツッコみどころはあるが、気にしたら負けか・・・


「分かった。それじゃあー・・・、そこの馬車を持ってみてもらえる? 壁の所に取っ手が付いてると思うんだけど、そこを握る感じで」


と伝えると、私の方をジッと見つめる『赤竜』。

暫しの沈黙を経て、軽く頷く。


そして、馬車の上空にゆっくりと近づき、そして降下する。

馬車に取り付けられた取っ手を大きな手でガシッと掴むと、数度大きく翼をはためかす。そして、ゆっくりと高度を上げていった。


「おおー!」

「・・・あれに乗るのか」

「落ちないよな?」

「大丈夫に決まってんだろ!」


等々、様々な感想が見ている騎士や魔法士から漏れている。

厳密に言うと作戦の批判に当たるのだろうが、彼らの常識外のことが起こっており、また私も、正直なとこ2割ほど疑っていた。


まあ、彼らは騎士団長や魔法師団長に睨まれているので、それ以上はスルーしておこう。そりゃー、疑いたくもなるわな。


「オッケー! 降りてきて」


飛び上がった『赤竜』に着陸を指示すると、ゆっくりと降下し、馬車を着陸させた。

昇降はゆっくりした速度だったが、どうしても飛び上がる瞬間や着地の瞬間は衝撃を抑えきれないようで、それなりの音がしたし、見た感じは馬車も揺れていた。

今回の馬車、というかこの世界の馬車にはサスペンションなど付いていないようなので、揺れについてはお察しだが、移動時間が短縮されることを考慮し、乗り込む騎士たちには我慢してもらおうと思う。


「問題無さそうですな」


その様子を見ていたマーカスがそう告げ、私も応じた。



「では、コトハ様。移動を」

「うん。それぞれ乗り込んで、馬車の扉をロックして。乗り込みが完了したら、私が『赤竜』に指示を出すから」

「はっ。聞いたな、お前たち! 各自、所定の馬車に乗り込み、準備せよ」


マーカスの号令を受け、騎士たちが一斉に動き出す。

今一度、馬車の中に積まれた物資を確認し、順次乗り込む。そして、全員に乗り込んだのを確認したら、馬車の扉を内からロックする。


ロック機構は、閂のようなもので扉が開かないようにするだけだ。本当はもっと厳重にするべきかとも思ったが、この状態でも開く可能性は低いし、そこまで考えて設計している時間が無かった。今後の課題かな。


馬車のロックが完了したことを確認し、


「それじゃあ、お願い」


『赤竜』のリーダーに指示を出す。

それを受けて『赤竜』のリーダーが、一鳴きする。すると、上空から次々に大きなドラゴンが降下し、順々に馬車を抱え、飛び上がる。


10台の馬車全てが『赤竜』によって持って飛ばれたことを確認し、私やホムラ、ケイレブたちも空へ向かった。



 ♢ ♢ ♢



ここから、目的地であるクラリオル山の麓にあるカーラルド王国の砦までは、半日あれば到着する。王都を出てから麓の砦まで、普通に向かえば3、4日は要するらしいので、かなりの時短になる。


とはいえ、『赤竜』に馬車を持たせて飛ぶというのは初めての試みだし、無理に速度を出せば、中に乗っている騎士たちが乗り物?酔いするのは間違いない。これから戦いに向かうというに、わざわざ騎士たちのコンディションを落とす理由も無い。別に、一刻も早くってわけではないからね。


そんなわけで、比較的落ち着いた速度で飛行している。

とりあえずは自分の力で飛んでいる私が、景色を楽しみ、考え事をする余裕がある程度には。



馬車を持っている10体のドラゴンが『赤竜』であることは分かっている。と言っても、これは「馬車を持っているドラゴン=『赤竜』である」と知っているからであり、『赤竜』を見て、それが『赤竜』だと判別できているわけではない。ああ、『鑑定』は除いて。魔力量は結構違うのも分かるけど・・・


『赤竜』に『火炎竜族』、そして『古代火炎竜族』。この3種の竜の見た目は、大きく変わらない。例えばワイバーンやツイバルドであれば、独立した翼があるのではなく、前脚と翼とが一体化し鳥のような構造になっている点で、竜と大きく異なる。ツイバルドは、首2本だし・・・


では、『赤竜』、『火炎竜族』、『古代火炎竜族』の違いは?

身体の大きさ・・・は、同じ? というか、単に成長の問題な気がする。色にしても、もちろん個体ごとに赤色の濃さや模様はそれぞれ異なる。これは種族差というよりは、個体差だろう。それ以外の鱗や身体から生えている棘 —鱗が変じた物かもしれないが— の長さや向き、角の形や太さ、その他身体的特徴は、個体差と見るべきだろう。

魔力の量が違うのも分かるが、馬車を持っている『赤竜』10体の魔力量にも差があるのだし、個体差に過ぎない・・・のか? にしては差が大きい?


まあ、本人たちに聞けばいいか。


「ケイレブ。質問していい?」

「もちろんでございます」

「失礼な質問だったら申し訳ないんだけどさ・・・、『赤竜』、『火炎竜族』、『古代火炎竜族』の違いについて教えてもらいたいの。私の目には、少なくとも外見的な差異は見つけられなくて」

「なるほど。確かに、外見的な差異は無いと思われます。体格差は成長速度、身体の模様などは単純に個体差ですので」

「やっぱり、そうか」

「はい。ご質問にお答えいたしますと、『古代火炎竜族』と『火炎竜族』に明確な違いはございません。以前ご説明いたしましたが、我らの祖たる『古代龍族』の眷属と同等の力を持っているかどうか。具体的には、身体の魔素親和度、そして保有魔力ですね」

「それは聞いた覚えがあるな・・・。ということは、『火炎竜族』から『古代火炎竜族』になることも、その逆もある?」

「『火炎竜族』から『古代火炎竜族』になる例は稀に。逆は無いかと。身体の魔素親和度が減殺することはなく、保有魔力量の低下は、死を意味しますので」

「そうか・・・。それじゃあ、『赤竜』は?」

「『赤竜』は、『古代火炎竜族』、『火炎竜族』が生み出した、眷属の末裔です。最初は、今のように我々と似た姿の個体だけでなく、様々な個体がいたようですが、やがて似た姿のみに。その眷属がやがて『赤竜』として1つの種となりました。見た目はともかく、魔素親和度や保有魔力量は、『火炎竜族』の足下にも及びません。そして何より、知能レベルが大きく異なります」

「知能レベル?」

「はい。『古代火炎竜族』や『火炎竜族』は、コトハ様とこうして意思疎通が図れる様に、人型種と同等かそれ以上の知能レベルを有しております。一方で『赤竜』の知能レベルは、一般的な魔獣・魔物よりは高いものの、我々や人型種には及びません」

「指示は伝わったけど・・・」

「あの程度であれば問題はないですが、例えばホムラの様にコトハ様のお側にお仕えするのは無理でしょう」

「ふーん。『赤竜』は『人化術』は使えない?」

「使える個体は見たことはないですね。おそらく、魔力量が足りないかと」


つまり『古代火炎竜族』と『火炎竜族』は個体の能力差。『赤竜』だけが、全く別ってことか。『赤竜』は魔力量が大きく劣るってことだけど、私の感覚もまだまだってことかな・・・


『火炎竜族』が『古代火炎竜族』になるケースも稀らしく、基本的には親と同じになる。たまに、『火炎竜族』と『古代火炎竜族』が番になった場合に、産まれた子がギリギリ『火炎竜族』として生まれ、成長するにつれて『古代火炎竜族』となる場合があるんだとか。


そして、そんな『火炎竜族』と『古代火炎竜族』の違いは、当人たちには感覚的に分かるらしい。それが鑑定に反映されているのは、この前考えた『鑑定』の仕組みと同じだろうか・・・

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