第245話:国王の苦悩
〜ハール・フォン・カーラルド視点〜
「ダンよ。これは真なのか? ・・・・・・いや、無駄なことを聞いたな。いやはや、どうしたものか・・・」
ダンからあげられた、耳を疑いたくなるような報告を聞き終え、思わずそんな疑問が、願いが、漏れてしまった。
「本当だぜ、親父。さっきのコトハ殿は、なんというか、怖かったな」
「そうか・・・」
ダンがそれなりの腕をもった戦士であることは、親である私が十分理解している。いや、武に疎い私には、理解できていないレベルなのかもしれない。
そんなダンが、「怖い」と感じる存在。
もちろん、カーラルド王国最高位の貴族、クルセイル大公ことコトハ殿だ。
フェルト商会の王都にある店を制圧し、ドムソン伯爵邸を制圧した。結果、ドムソン伯爵とその長男は死亡。次男が拘束され、近衛騎士団の詰め所にある牢に入れられているとか。コトハ殿は次男についても、調べ終わったら殺すと宣言しているようで、ドムソン伯爵家の断絶必至だ。
それは、いい。あんな俗物、権力と金、女に溺れた害悪が滅びようと、益にこそなれ害などない。
けれど、思っていたよりも、いや分かっていたのだが、目を逸らしていたのか・・・
コトハ殿がキレた際の、周りへの影響が大きい。
ダンが退出するのを見送り、アーマスに問いかける。
「アーマス。コトハ殿を、カーラルド王国の貴族として迎えるという決断は、正しかったと思うか?」
為政者は自分の決断を悔いてはならない。決断に責任を持ち、常に最善を考える。だが、理解はしていてもそれは難しいものだ。
「今更だな。コトハ殿が自分から貴族位を返上する未来は容易に想像がつくが、それ即ちコトハ殿を制御できなくなるということだ」
痛いところを突かれ、返す言葉が無い。
「あの時は、これが最善だった。現に国の防衛力は向上し、邪魔な貴族が消え、必要な貴族の領が救われている」
「そうだな」
「最低限の関わりに留める選択肢もあったが、それで馬鹿な貴族が手を出していれば、既に国が滅んでいたかもしれない」
「ああ」
「今考えることは、コトハ殿をどうにか留めつつ、できるだけ怒らせず、そして自由にさせる方法だろう」
完全にアーマスの言う通りだ。それは理解している。
だが、その内容が難しいのだ。
「今後もコトハ殿の逆鱗に触れる貴族や商会、犯罪組織が出てくることは容易に想像がつくな」
「そうだな。犯罪組織はともかく、貴族や商会を、証拠も無く断罪されては説明ができない」
「ああ。いくら大公といえども、証拠も無い場合は難しいな」
「そうすると、貴族位を返上し、敵対する者を自由に始末するという結論に行き着く可能性もあるわけだ」
そう、それが恐ろしい。
現状、コトハ殿に武力で勝る者はいない。少なくとも私の知る限りはいない。私にとってダンと並ぶ武の象徴であったウェイン、現在はグランフラクト伯爵としたあの男も、「彼女は次元が違いますよ」と検討を放棄した。
「そうなれば、貴族ということである程度の自制がされ、また部下が諫めている現在よりも悲惨な結果になるな」
アーマスの懸念に返すが、とても恐ろしい未来だ。
「現状は、レーノを中心に、ある程度は貴族社会の常識を説いているようだが・・・」
「レーノというと、コトハ殿のところの文官トップか」
「ああ。元はラムスの右腕となろうグレイの副官として期待していた男だからな。貴族社会のことも、領主としての仕事のことも、理解している男だ。コトハ殿の奇想天外な発想さえも取り込み、領の運営に携わっているようだが・・・。レーノも、所詮は我々の常識で動く。コトハ殿の出自や出会う前のことは知らんが、彼女の常識や優先順位と比べれば、異なる点も多い。今は、貴族社会を知る者として、その意見に耳を傾けているようだが、それすら無くなれば」
「考えたくもない、な・・・」
今日の出来事だって、別に近衛騎士団の戦力を求めたわけではないだろう。後々の面倒の回避、あるいは我々への配慮。
レーノという男が、助言をし、あるいは諫めたのであろう。
「先ほどのダンの説明によれば、そもそもダンに話を通すこと、そして煮え切らないダンの態度に、コトハ殿は相当不快な表情をしていたそうだ。・・・時間の問題かもな」
「そうだな。簡単なのは、動きを制限しないこと。幸いコトハ殿は、基本的に理性的だ。キレている場合でも、無関係な民を巻き込まないように努めたり、被害者の救出など重要なことを忘れたりはしない」
「故に、自由を認めることも可能ではあるわけだな」
「ああ。最も簡単なのは、ダンと結婚させ、王族の名の下に力を振るってもらうことか。領主という立場上、ダンが婿入りすることになるかもしれんが、それでも国王の血を引くことに変わりはない。多少強引に力を振るおうが、敵を始末しようが、どうとでもなる。コトハ殿の行動理由は、貴族的な考えを抜きにすれば、至極当然なのだからな」
「だな。ただ、こちらからそれを提案はできない。ダンは満更でもなさそうだが、コトハ殿は明確に、政略結婚を忌避している。こちらから、喧嘩を売るなど論外だ」
コトハ殿がダンと結婚する。国にとっても王家としても、これ以上ないシナリオだが、それを提案することはできない。
幸いコトハ殿とダンの関係は良好に見えるが、コトハ殿がどう思っているかは分からない。下手をうって、コトハ殿の逆鱗に触れれば、国が滅びかねない。
「熟々、厄介であり、頼もしいな」
コトハ殿がクライスの大森林に住んでいたことは偶然か、必然か。少なくとも、カーラルド王国を建国することを決めた時点で、避けては通れなかった。
では、ラシアール王国が健在ならば。その場合は、当時は大勢いた馬鹿な貴族が彼女の逆鱗に触れ、国が滅んでいた未来が見えてくる。
「やはり、それなりの特権を与えるのが無難だな」
何度も考え、必ず行き着く結論を口にするアーマス。
異論はない。
「そうだな。貴族の監視・制裁権、あるいは独立した治安の維持権、か・・・。どちらも本来は王家に専属すべき権限だが、これが最善か。一層のこと、コトハ殿が王になってくれれば簡単なのだがなぁー」
「それは考えたが、無理だろうな。独立した治安の維持権、というのが良い気がするな。馬鹿な貴族や商会を成敗しても問題なく、ある程度は動きに制限をかけられる。少なくとも、無辜の民は守られるし、真面目な貴族や商会が矢面に立つことも無い」
「うむ。コトハ殿が最も怒る、身内が攻撃された場合や何かを強制された場合、後は奴隷関連か。いずれにせよ、コトハ殿が自由に動いても、問題は少ない。証拠がない場合は厳しいが、手当たり次第ということは無いだろうから、何らかの証拠はあるはずだ。後は精々が、馬鹿な貴族が滅んだ処理に悩むくらいか」
「だろうな。建国後というのもあって、ドムソンやゾンダルの処理に比べれば手間だろが、コトハ殿と事を構えるのとは比べるまでもないな」
本来的には国王が、そして各領においては領主が行使するべき治安維持権。つまるところ、犯罪者を裁き治安を維持する権能なわけだが、それをコトハ殿、クルセイル大公にも認める。クルセイル大公領以外でも、だ。
その結果は、コトハ殿に喧嘩を売った貴族や商会の滅亡、あるいはコトハ殿が知った犯罪の中で彼女が見過ごさないものの処理だろうが、問題はない。むしろ、国が綺麗になるのであり、有益とすらいえる。
コトハ殿にストレスを強いることも減るであろうし、混乱も少ないだろう。少なくとも、しがらみの中でコトハ殿がキレることよりは、遥かに穏便に事が進む。
・・・・・・だが、
「だが、これは俺たちが目を逸らしている事実を、眼前に持ってこさせるのと同義だ。建国に際し、ランデルと運命を共にしなかった貴族のうち、明らかに咎のある貴族は除外するか処理したが、グレーなだけの連中は放ってある。それこそ、ドムソン伯爵やゾンダル子爵だな。そういった連中の悪事にひょんな事から気づき、断罪する可能性がある。そして、それは必ずしも国の益となるとはいえない」
「・・・そうだな」
アーマスの言葉に静かに応じる。
「けれど、やるしかない。コトハ殿を敵に回すのはもちろん、味方でなくなるのも看過しがたい情勢だ。であるならば、彼女の行動について、できる限りのサポートが必要であろう」
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