第244話:人望の無い貴族

ドムソン伯爵邸には、ドムソン伯爵領の騎士団かなにかは分からないが、警備の兵がいた。

それは当然だが、彼らはうちの騎士ゴーレムが突入したのを見ると、一目散に逃げ出した。屋敷を囲う塀に向かって走り、それを乗り越えて逃げようとしている。

もちろん逃がすはずもなく、1人残らず引きずり下ろして拘束した。だが、まさか警備の兵が逃げ一択だとは思わず、驚いた。


屋敷の外にいた兵を一掃すると、屋敷の中央にある豪華な両開きの扉を開け、中に入る。

屋敷のメインロビーでは、屋敷で働いているのであろう執事やメイドが、右往左往していた。何やら書類の束を抱えて走る執事もいれば、何か箱のようなものを抱えているメイドもいる。


「全員! その場から動くな」


グランフラクト伯爵の指示が大音声で響き渡り、執事やメイドは動きを止めた。

若い執事やメイドたちは、フル装備のこちらを見て、戦々恐々といった感じ。

そんな中で、1人の老執事が前に出た。


「お初にお目にかかります。このお屋敷の管理を仰せつかっております、チャックと申します。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」


と、極めて執事然とした振る舞いを崩さないチャック。


「ドムソン伯爵及びその長男に、違法奴隷の取引、人身売買の容疑がある。ダン王子殿下、クルセイル大公殿下の命により、この建物を捜索する。こちらも、手荒なまねはしたくない、ご協力願えるか?」


と、問いかけるグランフラクト伯爵。

後ろの執事やメイドは、チャックの返事によっては猛ダッシュで逃げ出しそうな様子。こちらはこちらで、返事次第では直ちに戦闘になることを覚悟している。


しかし、


「畏まりました。みなさん、持っている物を置いて、その場を離れましょう」


そう指示した途端、後ろにいた10人余りの執事やメイドが、手に持っていた箱や書類を床に置き、また数名が武器のようなものを地面に置いて、壁際へと移動した。


「協力、してくれるのか?」


驚いているのは私だけではなく、グランフラクト伯爵もだった。良くてチャックと名乗った執事と数名が大人しくなる、その程度に考えていたのだが・・・


「ええ。ダン王子殿下にクルセイル大公殿下の命令を前にすれば、ドムソン伯爵など塵芥に等しいですから。それに、ここにいるのはドムソン伯爵やその家族に使い捨てのような扱いを受けてきた者たちのみ。潰れるクズのために、その身を危険に晒すような愚かな真似はいたしませぬ」


そう言うと、頷く後ろの皆さん。

・・・・・・いや、ドムソン伯爵ってどんだけ酷い主だったのよ。いくら、ドムソン伯爵がお先真っ暗といえ、こう全員が全く躊躇わずに見限るとか・・・


まあ、こちらとしたら都合がいい。


「正しい決断だと思うよ」


グランフラクト伯爵の「何か言ってください」との視線を感じたので、一言だけ言っておく。


「あ、貴方様は?」


と聞かれたので、


「今、名前が出たクルセイル大公よ。協力してくれるのね?」


こういう場面でのお約束。とにかく、仰々しく、偉そうに。それだけ意識して問いかける。


「は、はい」

「分かった。それじゃあ、ドムソン伯爵とその家族の居場所に案内して。それから、自分の意思では無くここに連れて来られた人はいる?」

「はい。ご案内いたします。それと、最後の件ですが、地下にドムソン伯爵とその息子2人に、その・・・・・・」

「いるのね?」

「・・・はい」


生きているの!? レビンの話では、売られた奴隷の子はもう亡くなったって・・・

いや、他にもいるのかもしれない。とにかく、急いで確認、保護しなければ。


「グランフラクト伯爵はドムソン伯爵とその家族の捕縛を。抵抗したら、無理矢理でいいから」

「はっ」

「マーカスは私と一緒に。ジョナスはここをお願い」

「承知」

「お任せを」

「それじゃあ、案内して」


矢継ぎ早に指示を出し、チャックと数名の執事に案内を命じる。残った者たちには、ジョナスが聞き取りをしてくれるだろう。

にしても警備の兵が一目散に逃走したことといい、チャックら執事の決断の早さといい、ドムソン伯爵はよほど人望が無かったのだろう。

人ごとではなく、誰かの上に立つ以上、部下と呼ばれる者がいる以上、私も愛想を尽かされないように努力しなければ。



 ♢ ♢ ♢



チャックに案内され、ドムソン伯爵邸の地下室に入った。

フェルト商会の建物にあった地下室と比べて、簡単な作りだった。フェルト商会の建物では、地下室の存在や地下室の中を隠そうという意図が見えたが、こちらはそんな様子はない。捜索されるなんて、想定もしていないのだろうか。


地下室に入り進むこと少し、さっき見たのに近い鉄格子で囲われた牢のようなものが見えてきた。

『光魔法』で照らすと、4つある牢の2つに1人ずつ、2人入っているのが見えた。


「早く開けて!」


そう叫びながら、手前の牢を破壊した。

中に入ると、


「ひぃぃ・・・」


と、怯えられる。


「大丈夫、大丈夫だから・・・。もう大丈夫だからね。助けに来たよ」


そう諭すように囁きながら、拘束の有無や身体の状態を確認する。

鎖とかは無いようだが、そもそもこの女性は服を着ていなかった。土か石がむき出しの地面に、裸で座らされている。身体は痣だらけ。顔にも殴られたような痕が複数。


震える彼女に、騎士が持ってきたマントを掛けてあげる。


「もう大丈夫、大丈夫だよ」


そう言いながら、背中を撫で、震える彼女を抱きしめた。

嗚咽しながら涙を流すのを見ながら、マーカスの動きを確認する。


その頃、もう1つの牢が開けられた。鍵はここには無いようで、鍵を無理矢理破壊した。

そして・・・、中に入り倒れている人に駆け寄った騎士が、俯きながら首を横に振った。



2人を地下室から出し、馬車まで連れていく。

先に上がった騎士が、ジョナスに状況を伝えており、身体を隠すものを用意してくれていた。

近くに来ていたレビンに、後を任せる。男ばかりの騎士と一緒では、怖い思いをしてしまうだろうし。


レビンたちを見送った私は、近くにいた執事に指示して、ドムソン伯爵の執務室を目指した。

階段を上ると、近衛騎士の姿が見え、そして怒声が聞こえた。


怒声のする部屋に入ると、


「何度も言っておろうが! 速やかにこの場を立ち去れ! 国王の計らいで伯爵位を得たそうだが、貴様のような下賤な・・・」


そこまで言ったところで、私が顔面を殴った。全身を『龍人化』させ、目一杯力を込めて。


「ぐっ」


と、短い声を残して、叫んでいた男の首がもげた。

力の余り殴りつけたことで、首の骨と筋肉、皮が耐えきれなかったようだ。生首が部屋の隅へと飛んでいき、残った胴体はその場に倒れ伏した。


「コトハ殿・・・」


グランフラクト伯爵が驚いたように声を出しているが、無視して話し始める。


「さて、と。そこのゴミがドムソン伯爵だよね。そっちの2人が、ドムソン伯爵の息子?」


睨みつけながら聞くが、答えない2人。


「どうなの?」


イラッとしてグランフラクト伯爵に聞けば、


「左様です。向かって左が件のボンデン。右が次男のオメイル」

「そっ」


2人に近づくと、


「く、来るな! 化け物め! 俺は由緒正しき・・・」


ボンデンが何かを言い始めた。

殺そうかとも思ったが、確認する必要がある。

だが、このクズに聞いても答えそうに無い。


私はボンデンの左肘から下を『龍魔法』で焼き切ると、右にいるオメイルという男の方を向く。


「質問に答える気は?」

「・・・・・・」

「聞いてんの?」

「・・・・・・」


目を合わせず、答えようとしないオメイル。

仕方がないので、見た目重視でこぶし大の『龍魔法』の魔力とオーラの球体を練り上げ、オメイルの顔近くに持っていく。


「ひぃっ・・・」


と、小さな悲鳴を上げ、


「こ、答えます」


と言った。


「地下にいた女性。あの人たちは?」


私の質問に、再び目を逸らすオメイル。

・・・・・・もう、いいか。

だが、最後に1つだけ。


「あの人たち以外に、あんたたちが監禁している人はいるの?」


との質問には、


「い、いません。あの2人だけ、です・・・」


と、力なく答えた。

この場で嘘をつく胆力も無さそうだし、チャックもそう言っていた。信じるわけではないが、私の『魔力感知』にもホムラの感覚にも反応は無い。

被害者は多いだろうが、助けられたのは彼女だけか。


「そう、分かった。もういいわ」


そう言うと、何か呟きながら腕を押さえて蹲っていたボンデンの首を焼き切って殺し、オメイルの腹を殴って気絶させた。

一応聞くこともあるかもしれないので、オメイルだけは残しておく。

別に全部片付いてから始末するだけだし、問題ない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る