第241話:成敗
フェルト商会入り口の混乱は、お客さんや商会の関係者が、早々にこちらの指示に従ってくれたので収まった。
捕らえた男の他に、襲撃者が紛れて逃げようとはしていなかったので、後の処理は近衛騎士に任せて、私たちは中に入ることにする。
私を先頭に商会の中に入るとそこは、ガッドにあるトレイロ商会のお店のように、様々な商品が並べられていた。
それを見ながら、奥へと続く階段を目指す。
階段では、2人の男が私たちを阻むように立っていた。
そして、
「いくら大公と近衛騎士といえど、いきなり商会の建物を捜索する権限などないはずです! こ、これは、懇意にしている貴族を通して厳重に抗議を・・・」
片方がそう言い始めたところで、黙らせた。
素手ではあるが、魔力で強化した右腕を振り抜き、その男の鳩尾を打ち抜いた。
「うごぉ」
言葉にならない悲鳴を上げ、その場にうずくまる男。
もう1人の男は、マーカスが剣を抜いて、首筋にあてている。
「邪魔よ」
それだけ告げ、倒れている男を軽く足でどけると、私たちは階段を上った。
2階には人の気配があまりなかった。
シャロンはしきりに上を指して吠えているし、私の『魔力感知』にも3階に数人いるのが分かった。
グランフラクト伯爵に近衛騎士数名をこの階の捜索と監視に回すように頼み、私たちは3階に上がる。
そうして3階。
階段を上って直ぐ、火の玉がこちらに飛んできた。
「コトハ様!」
慌てるマーカスとグランフラクト伯爵をよそに、『龍人化』した右手で、火球を払いのける。
「シャロン!」
ポーラが叫ぶと、火球を放ったであろう男に向かってシャロンが突進した。廊下の広さの関係で、普段通りの小さい姿のままだが、それでも大型犬よりは大きい。身体の大きさに比例してパワーは落ちるらしいが、男1人を吹っ飛ばす程度、簡単なものだ。
シャロンの体当たりを正面から受けた男は、ピンボールのように跳ねながら、遥か後方の壁に向かって飛んでいき、壁に激突した。生きているかは分からないが、逃げられなければ問題ない。
シャロンの突進を皮切りに、3階の廊下にいた数名の男が剣を抜き、または魔法の詠唱を開始した。
対するこちらは、マーカス率いるうちの騎士が、2体の騎士ゴーレムを先頭に立たせて応戦している。また近衛騎士もマーカスたちと共に、剣を振るっていた。
結果、数分もかからずに呆気なく敵の制圧が完了した。
倒した敵を縛り上げ、1部屋ずつ確認していき、最奥にある少し豪華な扉の部屋を残すのみとなった。
部屋の前には2人の男がいたが、こちらを見るなり鞘ごと剣を捨て、投降した。
その2人を近衛騎士が縛り、マーカスが扉を開ける。
中に入ると、趣味の悪いギンギラギンの調度品が、これまたセンスの欠片もなく置かれている光景が目に入った。
その奥には、1つの大きな机。机の上にはたくさんの書類が置かれている。
そして、机の奥側にて。
「な、なんだ!」
でっぷりとした男が、ツバを飛ばしながら、こちらを睨み、叫んでいた。
こいつが商会の黒幕? 商会長、とかかな?
「黙れ! 大公殿下の御前であるぞ」
と怒るマーカス。
けれど、この男はマーカスの怒りに気づかないのか、パニックで言葉の意味を理解していないのか。
「やかましい! ここはフェルト商会だぞ! 儂を、副商会長のムルゼイスと知ってのことか!?」
と叫んでいる。
いやいやいや。こっち大公だって言ったよね? この状況でそのテンションが通用するのって、自分が王族の場合くらいじゃない?
自分の状況が理解できていない男、ムルゼイスの怒声にこちら側が怒り・・・、というか最早戸惑ってしまった。
こんな気色の悪い部屋に長居したくもないし、こいつの顔を見ているのも気分が悪い。
さっさと終わらせよう。
「やかましい。あんたが、ポーラを、クルセイル大公の妹を攫うように命じたの?」
単刀直入に聞いてみた。
「何だと? ああ、それでここに来たのか? ふんっ」
何故かニヤつくムルゼイス。
気色の悪い笑みを浮かべながら、机の前に出てくる。
そして、
「どうやら失敗したようだがな。クルセイルとかいうぽっと出の貴族のところのガキを誘拐し、人質にするか奴隷として売り払うか。そうすれば、儂らの商売の邪魔をする馬鹿な貴族も・・・」
ついさっきマーカスが私のことを紹介したのに、あろうことか私に向かって誘拐を企てたこと、そしてその目的を話し始める始末。
私はそれ以上、こいつに喋らせることはしなかった。
密かに右手に込めていた魔力とオーラ。それをできるだけ収束させ、小さな球体状にしてあった。
右手を前に翳し、ピンポン球程度の大きさになった魔力とオーラを込めた球体から、エネルギーを解き放つ。
解き放たれた光は、レーザー光線のように細く鋭い光となって、ムルゼイスの右肩辺りに命中した。
すると、ムルゼイスの右肩辺りが爆散し、やつの右腕が「ぼとっ」と血の混じる音と共に落下した。
使ったのは『龍魔法』。けれど、以前とは違って魔力やオーラの流れ、収束をコントロールして、いたずらにエネルギーを放出するのではなく、自分なりに制御できるようになったものだ。実践するのは初めてだったが、上手くいってよかった。まあ、威力が足りなくても、暴発しないことは確認済みだったんだけどね。
一瞬、何が起きたのか分からず、ムルゼイスは黙って自分の右肩を見つめていた。状況が理解できていないのはマーカス以下うちの騎士や、グランフラクト伯爵以下近衛騎士も同様で、不思議な静けさがその場を支配している。
そして、それはムルゼイスの下品なわめき声によって破られる。
「う、うぎゃあぁぁー! 腕が、儂の腕がぁー!」
と、右肩を抱える様に蹲るムルゼイス。
「黙れ。こちらの質問に答える以外に口を開くな」
と言って黙らせようとしたのだが、変わらず喚いているムルゼイス。
面倒なので、
「黙れって」
そう言いながら、蹲っているムルゼイスの顎を下から蹴り上げた。
歯が数本折れたようで宙を舞い、ムルゼイス本人も放物線を描きながら後ろに綺麗に飛んでいき、そして机の上に背中から落下した。
落下後も、僅かな呻き声を出しながら身体を左右に振っているあたり、辛うじて意識はあるようだ。
思ったよりタフだね・・・。あの全身を覆っている脂肪が、クッションの役割でもしてるの?
「マーカス。あれを拘束して。腕は焼き切ってるから、出血はないと思うけど、今は死なせないようにね」
「お任せを」
そう言うと、直ぐにムルゼイスを拘束した。
重くて、机から下ろすのが大変そうで、最後は残っている左腕を無理矢理引っ張って地面に引きずり落としていたが・・・
♢ ♢ ♢
この場における、フェルト商会のトップと思しき男を拘束したことで、フェルト商会の抵抗は無くなった。
こちらの指示に従い、全員が武装を解除し、建物から出てくる。
マーカスやグランフラクト伯爵たちが、ムルゼイスの部屋やその横の部屋などで、大量の書類を確認し、犯罪の証拠を押さえようとしている。
ポーラを襲った襲撃者は、現場から逃走した4人全員を拘束した。どうやら3階に行った際に、攻撃してきた中に残りはいたようだ。
捜索はマーカスたちに任せて、私は、ポーラ、シャロン、ホムラとジョナスらうちの騎士3人を連れて、建物の中を歩いていた。
というのも、先程からまだこちらで把握できていない微弱な魔力を感じるのだ。私の『魔力感知』は、水平方向と垂直方向を区別して、空間座標において対象の位置を把握することまではできておらず、水平方向で該当の場所に近づくことで、その付近の地形も相まって、垂直方向の検索もできるようになる。ここが残された改良点であり、どうにも難しい点だった。魔力を探るのと同時に地形も探るか、私を起点に新たな感知を行うか、改良と訓練が必要だ。
それはさておき、感じる魔力だ。
何となくの場所に来ても、特に見当たらず、しかし魔力を感じる。これ以上、私の『魔力感知』に期待はできそうにないので、2人の感覚を頼ることにした。
「ホムラ、シャロン。この近くで何か魔力を感じるんだけど、分かんない?」
そう聞くと、感覚を研ぎ澄ます2人。
少しして、ホムラが自分の真下を見つめ、シャロンが階段の方へ進もうとした。
・・・・・・2つ捉えたの?
いや、それとも・・・
「ホムラ。この下って意味?」
肯定するホムラ。
次に、
「シャロン。下に行く方法が分かったの?」
同じく肯定するシャロン。
やはり、同じものを感じたのだろう。制圧後、窓から入ってきたホムラと違い、私たちと一緒に階段を上ってきたシャロンには、行き方も分かるということらしい。
「分かった。シャロン、案内して」
私がそう指示すると、一気にかけ出すシャロン。
シャロンを追っていくと、大きな棚が4つ並んだ場所に到着した。
左から2つ目の棚を前脚で、「ガシガシ」と叩くシャロン。
・・・これって、悪い組織とかでお決まりの、アレ?
そう思い、
「ジョナス。シャロンが指してる棚、動かせないかやってみて?」
と指示する。
そしてジョナスたちが棚を調べること少し、棚が扉のように左向きに開いた。
その奥には、階段が見える。
「隠し部屋、ね」
どうやら、フェルト商会の隠し部屋を見つけたようだった。
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