第242話:捕らわれた人たち

「私が先に」


そう言ってジョナスが先頭に移動する。

私が先頭でも危険は無いだろうが、護衛としてはそうもいかないのだろう。

ジョナスに続いて、階段を降りていく。途中で入り口からの明かりが届かなくなったので、『光魔法』で小さな光球を作り、懐中電灯代わりにする。


1階から2階、2階から3階に上るよりも、この階段は倍近い長さがあった。

下に到着すると、入り口からの明かりは完全に届かず、光球が無ければ何も見えない。

ふと思いつき、先ほどの望遠鏡のようにしたのと同様、目に魔力を込めてみた。すると、薄らと周囲の状況が見えるようになった、光球を出したり消したりして比べた結果、不鮮明ながらも周囲の状況が見えていたようだ。質の悪い赤外線カメラを使った感じ? これも今度、練習しておこう。


全員が地下室に降りると、再びシャロンとホムラに周囲を調べてもらう。

その結果、


「ワッフ!」


とシャロンが吠えるのよりも早く、ホムラが「見つけました」と伝えてきた。何故かホムラが、シャロンに向かってどや顔をしているように見えるのだが、気のせいだろうか。先ほど、シャロンが導線まで発見したことが、悔しかったとか?


とりあえず、2人の案内で地下室を進んでいく。

私も『魔力感知』をしてみるが、2人が示すのと同じ方向に、おそらく5つの反応が確認できた。


地下室は地上の建物よりも広いようで、地上では庭になっていたであろう部分まで、広がっていた。

2人に続いて慎重に進むこと数分、私たちを照らす光球に何かが反射した。


反射したのはおそらく金属。ということは、剣?

そう思い、それぞれが身構えるが、現れたのは全く違うものだった。



「・・・・・・あれって、鉄格子?」


私の呟きと同時に、


「ひぃっ」


と、女の子の悲鳴のような声が聞こえた。

その方向へ光球を向ける。


するとそこには、鉄格子の奥で鎖に繋がれた、ポーラよりも幼い女の子がいた。


「だ、大丈夫!?」


慌てて駆け寄るが、それを見て、尻餅をついてしまう女の子。

しまった、驚かせてしまった。


「ごめん・・・。怖くないよ。助けに来たからね」


そう、なるべく優しく、ゆっくりと告げる。

事情は分からないけど、こんな幼い子を捕らえている理由なんて、良からぬことに決まっている。特にここは、あのデブが管理していた建物なんだし。


ジョナスに視線で合図し、他の鉄格子も調べさせる。


私の言葉に、理解が追いついていない様子の女の子は、


「助け、る?」


と、私の言葉を繰り返す。


「そうだよ。今、助けてあげるからね」


そう言いながら、鉄格子を確認する。

それなりに頑丈だが、問題無さそうだ。


両手を『龍人化』させ、軽く力を込める。そしてゆっくりと、2本の鉄棒を手前に引いていく。

鉄格子は、天井と床との間に設置されているので、鉄棒を無理矢理引き抜くことで天井が崩れないとも限らない。

それだけ注意しながら引っ張ると、やがて2本の鉄棒を外すことができた。天井も問題ない。


鉄棒を引き抜いたことでできた穴は、ギリギリ私が通れるくらい。ジョナスたちでは無理だろう。


「中に入ってもいい?」


この子を助けるには鎖を外さなければならない。そのためには中に入る必要があるのだが・・・


鉄棒を引き抜いたことに呆然としていた女の子は、少し・・・、いや最初よりも怯えながら頷いた。

よく考えたら、鉄格子をぶち破る女とか、怖いよね・・・


なるべく笑顔を向けるように心がけながら、中に入る。

女の子に近づき、よく観察する。元は白かったのであろう麻っぽい服が、土がむき出しになっている地下室の床や汚れで黒く変色していた。むき出しになっている手や足はすり切れ、いくつか痣も見えた。

特に、右足首に鉄製の輪っかが付けられ、それが鎖で壁に繋がっている。右足首の周りは、鎖を引っ張った際に圧迫され、痣や擦り傷が酷く、紫色になっていた。


とりあず、壁に繋がれた鎖を、女の子に衝撃が伝わらないように両手で掴んで破壊する。

それから、


「少し痛いかもしれないけど、我慢してね。それ、外しちゃうからね」


そう言って、女の子の頭を優しく撫でる。

そして、『龍人化』させた両手の人差し指と親指で輪っかを摘まみ、引きちぎった。


「よし、外れた」


右足首を確認するが、痣と擦り傷。たぶん、それほど重い怪我ではないと思う。けれど、幼い女の子の身体にあっては痛々しく、見過ごすことのできない怪我だった。


女の子は、私が破った鉄格子や千切った鎖を順々に見て、何かを言おうとしてそれを飲み込む。

怖がらせちゃった、かな?

そう思っていると、


「あ、ありがとう、ございます」


と、細々とした、けれどこちらを見つめしっかりとした声でお礼をいってきた。

それだけで心が温かくなるのを感じながら、頭を撫でてあげる。もちろん、手の変化は解いてある。


「どういたしまして。私はコトハ。この子は」

「ポーラだよ!」


元気よく割り込んでくるポーラに苦笑しながら、


「あなたのお名前は?」


と確認する。


「私は、メイジュ、です」

「メイジュちゃんね」


そう言いながら、彼女の頭を撫でていたときに触れたものを確認する。

領都にいるヤリスさんやフラメアの頭にもあったもの。そう、角だ。

まだ小さく、彼女の綺麗な銀髪に隠れているので触るまで気がつかなかったが、彼女には角があった。ということは、彼女は『魔族』なんだろうか。


考えていると、ジョナスたちが戻ってきた。


「コトハ様。これと同様の鉄格子に囲まれた牢が、他に5つございます。中に人が入っていたのは2つ。それぞれ、大人の女性と子どもらしきペアでした」


とのこと。

メイジュちゃんをポーラとシャロンに任せ、私はホムラと鉄格子の場所に向かう。

そこでは、メイジュちゃんと同様に足に鎖を繋がれた、おそらく親子であろう2人ずつが捕らわれていた。



全員を救出したが、メイジュちゃん以外の4人は、気を失っていた。大きな外傷があるわけではないが、同様に小さな痣や擦り傷を負い、服や髪もボロボロ。それに酷く痩せ細っていた。


ひとまず地上にいたグランフラクト伯爵に、このことを伝える。

メイジュちゃんはポーラから離れそうにないので、ポーラとシャロンにはメイジュちゃんを守るように頼んでおく。


「クルセイル大公殿下。地下で見つけた人たちとは・・・」

「詳細は分かんない。親子らしき女性と女の子のペアが2組で4人。それから女の子1人で牢に入れられてた子がいるから、合計5人」

「左様ですか・・・」

「その1人だった女の子は、『魔族』だね」

「ということは・・・」


あの後、申し訳ないがメイジュちゃんを『鑑定』した。予想通り『魔族』の女の子で、年齢は5歳。魔法の才能はありそうだが、それを除いて特出した点はなかった。

『鑑定』のことを伝えるか迷ったので、他の4人については伝えていないが、こちらは『人間』だった。


そして、『魔族』と聞いて、グランフラクト伯爵が考えているのであろうことは、私もまず考えたことだ。というか、あの状況を見れば、他に考えようがない。


「知ってるやつに聞くか」


そう言うと、グランフラクト伯爵とマーカスが深く頷いた。



 ♢ ♢ ♢



所変わって、私は地下牢にいる。

地下牢といっても、フェルト商会の地下ではない。あそこよりも設備が整えられた場所で、牢の中にいるのは罪の無い女性や女の子ではなく、クズ共だ。生きる価値もないゴミクズが、ここに押し込められているのだが、その中の1人に用があった。


とある牢の前に立ち、中に向かって話しかける。


「ムルゼイス、だっけ? 質問に答えなさい」


牢の中にいる、1匹のゴミに向かって告げる。


「ひ、ひぃぃ」


私を見るなり、悲鳴を上げているが、そんなのは必要ない。


「ドンッ!」


鉄格子を蹴り上げ、ムルゼイスを睨む。


「黙れ。質問にだけ答えろ。それ以外の言葉を発すれば、次は左腕を消し飛ばす」


私のその言葉に、ムルゼイスは完全に沈黙した。



ここは王城の敷地内にある近衛騎士団の本部。その地下にある、地下牢だ。中にいるのは先ほどフェルト商会で捕らえてきたクズが20人ほど。他に収容されている人はいない。


フェルト商会を制圧後、メイジュちゃんたちを連れて王城に帰ると、ダンさんに呼ばれた。

けれど私が、メイジュちゃんたちの話をムルゼイスに聞くのが先だと言うと、


「この件はコトハ殿に任せますので。済んだら、私の部屋にお願いします」


と、疲れた表情で言われた。

ムルゼイスは貴族を誘拐しようとしたのであり、行き着く先は死刑。そのため、拷問でもなんでもお好きに、と言われ、グランフラクト伯爵にここまで案内してもらった。

別に拷問したいわけではないし、そんな経験も訓練も受けていないが、聞きたいことを喋らなければ、腕を消し飛ばすことくらいは躊躇わない。



そんなわけで、できるだけ冷たく、重たい声で宣言する。


「フェルト商会の建物。地下にいた女性や女の子たちについて説明しなさい。包み隠さず、全て」


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