第239話:落ちた商会
町中でポーラたちが何者かに襲われた。それだけ聞いたのなら、私は激怒して、あるいは冷静さを失って、飛び出していたかもしれない。
けれど、その話を、無事に帰ってきているポーラやジョナスから聞いたので、いくらか冷静に話を聞くことができている。
しかし、襲撃者を許したのか、怒っていないのかと問われれば、答えは「ノー」だ。
むしろ、逃げた先がどこなのか聞き次第、空を飛んで突入してやろうとすら思っている。
そして、その逃げた先。それが、フェルト商会、だとジョナスは言った。
もちろん聞いたことはない。
「フェルト商会って?」
と聞いてみると、横にいたレーノが答えてくれた。
「フェルト商会とは、旧ラシアール王国で最も大きな商会でした。人々の生活に欠かせない食料や衣服、日用品から冒険者の武具や薬、そして貴族が愛用する豪華な品々まで、全てを扱っていました。『困ったらフェルト商会に行け』なんて、言葉があるくらいに飛び抜けた商会でした」
なるほど・・・。でっかいコンビニみたいな感じ? いや、百貨店?
身分に関係なく、職種に関係なく、誰でもそこで買い物をするって感じなのか。
・・・ん?
「レーノ。商会、でしたって?」
「はい。旧ラシアール王国時代は圧倒的だったフェルト商会ですが、その懇意にしていた貴族の多くは、先の内乱にて排除されております。カーラルド王国での、王家やその高位貴族との関係が薄く、急速にその力を落としているといいます」
「それで過去形なわけね」
私が納得していると、マーカスが引き継いだ。
「ですが、懇意にしていた貴族で、カーラルド王国の貴族になっている者もいくらかはおります」
「そうなんだ」
マーカスの説明の意図が分からない。
そう思って首をかしげていると、
「例えば、ドムソン伯爵やゾンダル子爵ですかね」
それを聞いて、思わず固まってしまった。
ここまで説明されれば、マーカス、レーノ、そしてジョナスが危惧していたわけが分かった。
「謁見でのことが絡んでる?」
私の質問は、3人の無言の首肯によって、確かなものになった。
♢ ♢ ♢
「つまり、謁見のときのことを根に持ってたドムソン伯爵やゾンダル子爵が、フェルト商会を使って、ポーラを襲おうとしたってこと?」
「おそらくは。あるいは・・・」
「ポーラ様を誘拐し、何らかの要求をしようと考えたか・・・」
マーカスとジョナスが言いにくそうに、説明してくれた。
考えられそうだと思いつつ、気になることもあった。
「でもさ。ドムソン伯爵やゾンダル子爵が私と喧嘩したいのかはさておき、フェルト商会はなんで私に喧嘩を売るの? 初めて聞いたくらいなのに。貴族に頼まれたから?」
私の疑問に、今度はレーノが答えてくれた。
「いえ。先ほども申しましたように、フェルト商会の業績は下がり続ける一方です。依然として、店のある町では多くの人々が訪れ、買い物をしていますが、特に増えたりもしていません。反対に、冒険者や貴族からの需要は大きく下がっています。それには、コトハ様、といいますか、クルセイル大公領も関係がありまして・・・」
「関係?」
「はい。当然ですが、他に魅力的な商品があれば、客はそちらに流れます。現在、北の砦を通して、多くの魔獣・魔物の素材が、バイズ公爵領の領都ガッドに流れています。その結果、ガッドに拠点があった、中小規模の商会が一気に売り上げを伸ばしています」
その後もいろいろ説明を受けたが、要するにうちの領による魔獣・魔物の素材の販売や、森の恵みの販売、量は少ないが魔法武具の販売によって、そして貴族の勢力図の変化により、ラシアール王国時代の商会間のパワーバランスが大きく変動した。
当然、フェルト商会も時代の変化に対応しようと試みたが、これまでの貴族との繋がりから、カーラルド王国の高位貴族が治める領地には大規模な店舗が多くはなく、また商会の流通網も整備が不十分だったらしい。
結局、どんどんシェアが奪われ、今後もそれが拡大していくことが目に見えていた。
「なるほどね。簡単に言えば、私、というかうちの領が邪魔なのか。だから協力したと」
「はい」
状況は把握できた。
もちろん、フェルト商会の事情など知らん。というか、時代の変化に合わせて、そして将来を見据えて動いていくのが商人なのであり、フェルト商会はそれに失敗しただけだ。
この世界の商会にとって、貴族との繋がりや関係性がどれほどの意味を持つのかは知らないけど、それも含めて商会の経営戦略だ。
それらに失敗したからといって、私たちを恨まれても困る。あまつさえ、ポーラにまで手を出そうとした。それは決してやってはならない暴挙であり、私が許すことはない一線を越えた。
「ジョナス。そのフェルト商会の建物には見張りを付けてるよね?」
「無論です。それほど大きな建物でもありませんので、3人の騎士に出入口を見張るように指示してあります」
「よし。それで、襲撃者を見れば、そいつだって分かる?」
「3人は。顔も見ておりますし、傷を負わせておりますので。残り2人については・・・」
と、ジョナスが言いよどむと、
「シャロンが分かるよ」
と、ポーラが口を挟んだ。
その横で私を見つめて「うんうん」と頷くシャロン。そして、シャロンの身体の上にはホムラが乗っており、ホムラも「私も分かります」と伝えてきた。
まあ、この2人なら匂いを覚えたりも簡単か。
「分かった。それじゃあ、クズを始末しに行こうか」
と私が呟くと、慌ててレーノが、
「お、お待ちください、コトハ様。まさか、上空から攻撃を・・・」
「方法は建物見てからだけど、突入して襲撃者と商会の関係者をふん縛るつもりだけど?」
「い、いやいや。そもそも、王都のフェルト商会の建物はそれなりに大きな店です。ある程度は客もいるでしょうし、いきなり突撃しては大混乱になります。いくらコトハ様でも、王都の民を攻撃すれば・・・」
「いや、攻撃はしないよ!?」
「分かっております。ですが、混乱の中、怪我人が出れば、それを理由に突き上げを受けるかもしれません。どうか、バイズ公爵かダン王子殿下に相談の上、騎士団を伴って行動するべきかと」
「でも、それだと時間掛かるでしょ?」
どうにか、私を宥めようとするレーノだが、襲撃者に、そしてその後ろにいるフェルト商会の者に逃げられることはあってはならない。
しかし、
「それでも、後々の事を考えますと・・・」
と食い下がるレーノ。
レーノがそこまで言うのなら、もう少し慎重になるべきか・・・
けれど、王宮の騎士団って、まだ整備段階って言ってなかった? それに、今さっき出陣準備って命令が出てたし・・・
まあ、他の部隊とかもあるかもだし、聞くだけ聞いてみるか。
「分かった。なら、ダンさんにお願いしよっか。けど、逃げられるのは困るし・・・。そうね、マーカス。騎士を連れて、その商会を見張ってて。話を付けたら直ぐに向かうから。それからホムラも。上空から見張っててくれる? 仮に襲撃者が逃げたら、攻撃していいよ。ただし、関係ない人を巻き込まないように注意すること、いい?」
「はっ」
短く返事をすると、直ぐに部屋を出て行くマーカス。
そしてホムラも、「お任せを」と伝えてから、飛んでいった。そういえば、最近、ホムラの言いたいことが、これまでよりもよく分かるようになった気がする。まるで、本当に言葉を話しているような、そんな感覚になる。
♢ ♢ ♢
私はレーノとジョナス、ポーラを連れて、ダンさんの執務室に向かった。
私たちがあまりに急いで向かうものだから、先導してくれていた近衛騎士が焦っていたのは申し訳ない。それに、道中ですれ違った貴族たちにも驚かれた気がするが、まあ、いい。
先導の近衛騎士が部屋を守っていた近衛騎士に何かを伝えると、何やら部屋の中に確認した後、直ぐに扉が開かれた。
礼を言って部屋に入ると、そこにはダンさんの他に、アーマスさんとバール侯爵がいた。
私を見て驚く3人に対して、
「いきなりごめんね。誰に頼んだらいいのかわかんなくてさ」
と、話し始める。
「構わないが・・・、どうかしたのか?」
と、戸惑いながら応じるダンさんに、
「うん。悪いんだけどさ、騎士団の一部か警備部隊みたいなのを貸してほしいんだよね。ポーラを襲ったフェルト商会とやらに突撃するから」
と、言った途端、驚き目を見開くダンさんとバール侯爵。一方のアーマスさんは、私の様子から何かを察していたのか、動じることなくお茶を口に含んでいる。
「悪いがコトハ殿。最初から話してくれるか?」
再起動したダンさんがそう求めたのは、少し間が空いてからだった。
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