第238話:砦の脅威と新たな問題

暫しの沈黙を挟んで一転、会議室は再び騒然となった。


「基地が完成、運用が開始される前に先制攻撃すべきです!」

「いかにも! 完成してからでは、取り返しがつかん!」


という強硬な意見や、


「馬鹿な! 先制攻撃をすれば、みすみす戦争になりますぞ! 今は大事な時期なのですぞ!」

「クラリオル山は暗黙の不可侵地帯。そこに攻め入るなど、恥をさらすおつもりか!」


といった、慎重な意見など、様々な意見が飛び交っていた。



そんな叫び声を聞きながら考える。

正直に言えば、私ならその基地を処理できると思う。

ギブスさんのところでやったように、砦の上空から『隕石雨嵐』でも降らせれば、破壊できるだろう。それに、最近の課題、というか鍛錬中の『龍魔法』。室内にいることが多いので、イメージと魔力の練り上げ、オーラの収束といったプロセスを別個に練習しているのだが、組み合わせたらそれなりの威力になるのは間違いない。それこそ、前にオークジェネラルを消し飛ばしたのとは比べものにならない威力が出るはずだ。それらの実験をするのもいいかもしれない。


相変わらず意見が飛び交っている。

どちらにも一理あると思うが、私は強硬派を支持するかな。

既に砦を建設しているわけで、不可侵地帯など幻想だし、さっきの話によれば砦が完成し運用されるとかなりマズいと思う。それに、砦を破壊したからといって、直ちに全面戦争とはならないと思う。

それこそ、クラリオル山に阻まれて大規模な行軍は難しいし、ジャームル王国経由のルートは、言ってしまえば入り口の町が落ちただけ。クライスの大森林を抜けるルートもあるが、結葉さんたちの話を聞いたかぎりでは、直ぐに行軍できるとも思えなかった。



さてさてどうしたものか。

別に大公が意見を述べても問題ないとは思うが、目立ちすぎるのも違う気がする。というか、ここでそんなことを言えば、「じゃあ、お願いします」となるだけだ。


「ん?」


一瞬、何か感じたような気がして、思考を中断する。

・・・・・・・・・・・・しかし、何も起こってはいないようで、気持ちを切り替える。



本当に必要ならともかく、この国の騎士団や魔法師団が対応可能なら、まずはそちらが対応するべきだろう。

ただ、私はダーバルド帝国からカーラルド王国を守る担当になっている。そう考えると、これも担当な気もする。


私が1人迷っていると、バール侯爵の重く低い声がその場を鎮めた。


「双方の意見、聞くべき点があろう。あの場に設けられた砦の運用が始まれば、麓にある我らの砦はもちろん、クラリオル山に隣接する諸領や王家の直轄領が落ちるのは時間の問題であろう。だが、気になるのはダーバルド帝国がどのように兵を移動させるかだ。山を越えて砦にたどり着くには、かなりの労力を要するが・・・」


と、メルト伯爵を見るバール侯爵。

それに対して、


「申し訳ございません。そこまでは確認できておりません。ですが、砦を発見した諜報員の話では、現在は必要最低限の人員しか配置されていないと思われると」

「ふむ。向こうの予想よりも発見が早かったか?」


と思案するバール侯爵。

そこに、


「もし、砦に向かって進軍中なのであれば、猶予はないな」


と、ダンさんの声が割り込む。


「でしょうな」


と応じるバール侯爵。

続けて、


「クルセイル大公殿下の仰るように、砦の建設に時間を要しないのであれば、必要なときに作ればいいでしょう。砦を目指す兵の数は不明ですが、敵も馬鹿ではない。信じられないスピードで砦を設けるという、一度しか使えない手を、ここで用いた。それには、理由があると考えるべきかと」

「そうだな・・・」


そこに、1人の貴族が手を上げる。ルスタル伯爵だ。先ほど聞いた話では、元冒険者でバリバリの武闘派。家も代々軍事系の家系だそうだ。


「ルスタル伯爵。どうした?」

「はっ。ダン王子殿下とバール侯爵閣下のご懸念は重々理解いたしますし、同意いたします。ですが、カーラルド王国の直属の騎士団は、まだ整備段階。ついこの間、騎士団長が決まったばかりです。魔法師団についても同様。件の砦に近い諸領の領主は、クラリオル山を抜けてくる敵を警戒はしておりますが、敵は想定外のスピードです。各領の騎士団や兵を召集しても、間に合わないかと」


と、辛い現実を突き付けた。

そういえば、騎士団長とか魔法師団長とか、会ったことが無い。いや、会ったことのある人物の方が少ないのだけれど・・・



再び会議室を沈黙が支配し、ダンさんがそれを破った。

なぜか、一度私の方を見てから、


「皆の意見はよく分かった。ことは急を要する。一方で、国の今後を大きく左右する事案だ。軍部としては、攻撃することを第一の選択肢と考えるが、その方法については未確定だ。これを、父上・・・、国王陛下にお伝えする」


そう宣言した。

一斉に頭を垂れる出席者たち。出遅れた私は、ダンさんの方を向く。

すると、再び私の方を見るダンさん。


「クルセイル大公。バール侯爵。2人も、出席してくれ」

「はっ」


いきなりそう言われ、直ぐ横でバール侯爵の重たい声が聞こえた。


「了解」


そう絞りだす。

次に、


「ルスタル伯爵」

「はっ!」


ルスタル伯爵の名前を呼ぶダンさん。


「騎士団長、魔法師団長に事態を伝え、出陣を含めあらゆる準備をさせよ」

「お任せを!」


ダンさんはそれを聞いて頷き、


「サイル伯爵」

「はっ」

「クラリオル山周辺に領地を構える領主にも事態を報告。用意可能な戦力を確認せよ。そして、出撃の用意をするように、自領へ命じさせるのだ」

「承知」


と、ギブスさんには貴族への指示を命じる。


「それでは散会とする。クルセイル大公。バール侯爵。今から陛下に事情を伝え、場を用意する。少し時間が掛かるが、王城内に待機していてくれ」

「はっ」

「分かった」


それだけ告げると、ダンさんは部屋から出て行った。



 ♢ ♢ ♢



私も、ギブスさんやレンドン子爵と挨拶し、ルスタル伯爵と朝のことを話してから部屋に戻った。


部屋に戻ると、既にポーラが帰ってきていた。

町の外に行ったにしては帰りが早いけど・・・


「ポーラ、早いね」


そう声をかける。振り返ったポーラはいつも通り、ではなく、少し怒っているようだった。見れば、ジョナスも憤慨している様子だ。


「何かあった?」


そう聞くと、


「町でね、襲われたの」


と何でも無いように、とんでもない報告をされた。



ポーラの適当、というか簡単すぎる報告に戸惑っていると、慌ててジョナスが説明してくれた。

ジョナスによれば、王都の町並みを見ながら、王都の入り口を目指していたうちの馬車が人混みを避けて迂回路に入ったところで、いきなり前後を馬で塞がれたそうだ。ジョナスがこちらの身元を明かして退くように求めると、それぞれの馬車の中から複数の男が降りてきた。そして、剣を抜き襲いかかってきたと。


ジョナスたちが応戦し、大体は制圧したが敵の数が多かった。敵の2人がジョナスたちの横を抜け、馬車に迫った。異変に気づいたポーラたちは、ジョナスの静止を無視して馬車から降りた。そして目の前の光景に、激怒した。厳密には、ポーラがキレて、それにシャロンが同調した。


仲間のジョナスや騎士を襲っている、町並みを楽しんでいたのを邪魔された、せっかく町の外で楽しく遊ぼうと思っていたのに水を差された。そんな理由でポーラがキレて、『人龍化』をフルで発動し、オーラを全開にした。そして、ポーラの従魔であるシャロンも、ポーラの怒りに同調し、身体の大きさを元に戻してオーラを全開にした。


だが、それだけで勝負が付いた。

ポーラたちに近づいていた2人は、シャロンがひと吠えすると、腰を抜かして座り込んだ。それをシャロンが、それぞれ前脚で払いのけるように一蹴し、壁に向かって吹き飛ばした。2人のうち、1人は壁に身体を強く打ち付け死亡し、もう1人はいろいろ折れていたようだが、拘束された。


結局、その様子に恐れおののいた襲撃者たちは、ジョナスらに制圧されて拘束された6人を除き、5人ほどが逃走したらしい。


「とりあえず、それを探さないと・・・」


そう呟くと、ホムラが何やらアピールしてきた。

聞いてみると、逃げた先は把握しているとのこと。


「そうなの?」


とジョナスの方を見ると、


「はっ。ですが、少しややこしい場所でして・・・。ひとまず、戻ってきた次第です」


とのこと。

どうやらポーラの不満の最大の原因は、逃げた敵を追いかけて捕まえようと意気込んでいたら、ジョナスに「一度戻ります」と、連れ戻されたかららしい。

完全にジョナスが正しいので、ポーラを宥めておく。


「それで、その逃げた先って?」


私の質問に、ジョナスが困ったように答える。


「それが・・・、フェルト商会の建物なのです」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る