第224話:難癖

ハールさんの提案に、後ろの貴族の反応は二分された。

好意的な視線、否定的な敵対的な視線の両方を浴びせられる。


他人の視線を感じることができるようになったのは、王都までの道中で『魔力感知』を使い続けた結果だ。視線を向けるという行動には、その者の意思が込められている。その中に、微弱な魔素が含まれているようで、強い視線、例えば殺意を込めて睨んだり、獲物を狙ってジッと見つめたりすると、それを感じやすいのだ。今回感じた視線から察するに、不快そうな苦々しげな視線が多いが、いくつかは殺意のようなものが込められた視線もあった。その方向から、視線の主は判明しているので、警戒しておこう。

名前は分からないんだけど・・・・・・



集まる視線は不快ではあったが無視して用意してあった返事をする。


「うちの領を守ることが、国の南側を守ることに繋がるのならそれはいいよ。けど、命令を受ける気も無いし、他の貴族や軍がうちの領に居座るのを許す気も無いよ?」


こちらの要求を突き付けると一気に剣呑な雰囲気になる後ろ側。

だが、ハールさんは気にもせず、


「ああ。分かっておる。こちらから頼み結んだ約定を違える気など無い。南方の守護は、クルセイル大公領に任せる。情報の交換・共有は密に行いたいとは思うが、こちらから誰かを送って居座らせるようなことはしないとこの場で約束しよう。もちろん、必要な場合には国の方に援軍を求めてくれて構わない」


と応じてくる。

それを聞いて、若干困惑顔の貴族たち。

ただ、私たちは淡々と話を続ける。


「・・・分かった。じゃあ、私の役目としては、うちの領に入ってくる敵から領を守るだけでいいんだよね。それで、その情報をハールさんたちに伝える」

「そういうことだ。後は、クルセイル大公領では砦を建設する予定があると聞いているが・・・」

「ああ、そうだね。領都の北側に砦を作ったんだけど、似たようなもんを西側にも作ろうとは思ってるよ。前にもダーバルド帝国の奴隷商人が森を抜けようとしてたことがあったし、見張り用にね」

「ふむ。それは、是非頼みたい。必要なら費用も援助しよう」

「分かった。また相談するね」

「ああ」


予め決まっていた内容なだけあって、流れるように会話が進む。

それを聞きながら、何やら考え込んでいる貴族も数名いるが、多くの貴族は話を理解するので一杯一杯のようだ。

私との関係やうちの戦力を端的に示させた上で、南方防衛担当への就任を依頼し、承諾させる。貴族連中の横やりに警戒してハールさんが立てた戦略は上手くはまったようだ。


しかし、中にはどうにか食い下がろうとする、ある意味では根性のある貴族もいる。

後ろの貴族連中の中から、声が出た。


「陛下! どうか、発言の許可をいただきたく存じます」


後ろの方にいた貴族の1人がそんな風に奏上した。

先ほどハールさんも言っていたが、後ろの貴族にはこの場での発言権が無い。それにも関わらず発言の許可を求める貴族。

一応、本当に緊急の場合やどうしてもこの場でなければならないような特段の事情があれば、例外的に許されることがあるらしいが、そんな危険を冒す貴族はいないと聞いていたのだが・・・


当然のごとく、ハールさんは顔を顰め、後ろの王子たちもその貴族を睨みつける。そしてアーマスさんは、今にも怒鳴りつけそうな様子だ。そして何より、その貴族の周囲にいた近衛騎士が、動き出そうと身構えているのだ。見れば、近衛騎士の騎士団長グランフラクト伯爵が近くにおり、指示を待っている様子だった。


発言を禁じられた謁見の場での不規則発言、しかもこれまでの反射的な反応や一言二言程度の感想であれば目こぼしされる。しかし、ここまでハッキリと指示に背けば、不敬行為として、爵位剥奪や刑に処されることもあるのだ。


当然、その貴族もそんなことは百も承知しているはずだ。仮に私に対しての行為であれば、単に私を舐めているだけなんだと一応納得はできるが、国王相手にするとは思えない。

同じことを思ったのか、ハールさんが疑問を投げかける。


「ゾンダル子爵に問おう。余の出した発言禁止の命に背いてまで、発言すべき事があるのか?」


初めて見る鋭い雰囲気のハールさん。返答次第では、待機しているグランフラクト伯爵に捕縛を命じそうな様子である。


しかし、ゾンダル子爵は動じない。


「はっ。陛下の命に背いていることは承知しております。そのことについては、如何なる処分であっても受け入れる所存です。しかし、クルセイル大公殿下が王国の南方守護を担うことについて、どうしても確認すべきことがあると愚考いたします」


と、言い切る。

そういえば、ゾンダル子爵ってどっかで聞いた覚えがある。確か、王都への道中で会えなかった貴族だっけ? レーノや騎士がキレてた覚えがある。


「ほう。余はもちろん、軍務卿に就く予定のダンも最善と考える策であるが、疑問があると?」

「はっ。畏れながら、クルセイル大公殿下の説明については、何ら裏付けがございません。確かに、そこに並ぶゴーレムの威容には目を見張るものがございますが、その性能については大公殿下の説明のみ。大公弟殿下を引き合いに出されておりましたが、それも判断の材料としては難しいものと思われます。そのような段階で、現在の最懸案であるダーバルド帝国対策を、クルセイル大公殿下に一任するというのは、危険ではないかと考えます」


と、相変わらず真っ直ぐと言い返すゾンダル子爵。

一方で、ハールさんの表情も変わらない。というか、この場で発言をしている云々の謁見に関する儀礼面はさておき、ゾンダル子爵の言ってることは至極真っ当だ。私の説明だけで、しかも貴族たちにはよく分からないであろうカイトを用いた説明で、騎士ゴーレムの性能を理解しろというのは難しいだろう。それに、ダーバルド帝国対策がカーラルド王国の最重要課題というのもその通りだ。そんなわけで、彼のいちゃもんは的を射ているわけだ。


さぁ、ハールさんはどうするのか。私に関する話題とはいえ、もはや会話の当事者ではなく傍観者としての立場で2人のやり取りを眺めていた。

ハールさんがこの場でゾンダル子爵の行いを罰するようには見えないが、こういうのって例外を許すのは控えるべきだとも思う。悪しき前例を大事な時期に残すのは良くないだろう。一方で、騎士ゴーレムの性能やうちの戦力に対する疑問を持つ貴族が多いことも事実だろう。先程から、色んな視線を浴びている。


「さて、どう思う? コトハ殿」


ふっざけんなぁー!

私が傍観者に徹していると、あっさりと私を巻き込みにきたハールさん。いや、どこかで話が来るとは思ってたけど、こんなに早く!?


「いや、私に言われても・・・。・・・・・・・・・いっそのこと、誰かと戦ってみる?」


百聞は一見にしかず。特に戦闘能力なんて、いくら口で説明しても分かりにくい。腕が認められている誰かと模擬戦でもしてみれば分かりやすいだろう。


「ふむ。それは面白そうだな。ゾンダル子爵よ。どう考える?」

「はっ。よいお考えかと。有名な騎士や冒険者と、クルセイル大公殿下のゴーレムとの模擬戦を行い、その性能を試すのが分かりやすいと思われます」


そう言いながら、笑みを浮かべるゾンダル子爵。

ところで、ゾンダル子爵の狙いは何なんだろうか・・・。もの凄く善意に解釈すれば、戦力が未知数なうちの領に南方の守護を任せることを危惧し、国のために処罰覚悟で問題を提起したとも考えられる。

だが申し訳ないが、それは無いと思う。先程から感じる不快な視線。その主はゾンダル子爵なのだが、どう考えても国を憂いる者の視線ではない。むしろ、私を敵視した視線。先ほどの可能性であれば、うちの戦力が話の通りであれば、南方守護を任せることに異論は無いはずだ。しかし、どう見てもそうではない。


ということは、私の説明が嘘もしくは誇張されていることを主張して、私を蹴落とすのが目的か? そういえば、ハールさんに南方の守護を担う役職に就きたがっている貴族がいると聞いた気がする。そこに、私が就く形になったことで、その目論見が外れたのだろうか・・・


ハールさんは少し考え、それから後ろの王子たち、特にダンさんと何かを話していた。

そして、


「良かろう。コトハ殿の提案でもある故な。クルセイル大公領の戦力がどれほどのものであるか、実演してもらうこととしよう。それで構わぬな?」


と宣言するハールさん。

もうここまで来たら、圧倒的な性能を見せつけてゾンダル子爵の鼻っ柱をへし折ってやる。


「いいよ。なめられんのもムカつくし、難癖付けたことを謝罪させてやる」


私が挑発的に、見下しながら言うと、


「無論、そのときは謝罪いたします」


と応じるゾンダル子爵。だがその顔は、私の話が誇張だと確信しているように思える。

その顔もムカついたので、


「そうだ。ハールさん。ゾンダル子爵の難癖が、ただの言いがかりだったと証明されたら、発言が認められてないこの場で発言したことや、無駄な時間を取らせたことをしっかり罰してね」


と笑顔で提案する。

どうやらハールさんもそのつもりだったようで、


「無論だ。この場での発言には責任を持たねばならぬ。ましてや、余の命に背き、大公に食ってかかったのだからな」


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