第214話:商人との出会い

〜藤嶋浩也 視点〜


計画通りノイマンの町から脱出した俺は、街道をひたすら北へと進んでいた。脚は痛いし腹も減った。幸いなことに、途中で川を見つけて水を飲むことはできたが・・・

ロメイルの話によれば、この街道を北へ2日ほど進んだところに目指すべき町、マカラがある。その入り口前で、デストンという男に助けを求めることになる。


町を出てから数時間も進むと、ちらほらと馬車や旅人などを見かけるようになった。俺と反対に進んでいる人もいるので、ノイマンの町を目指しているのか? いや、よく考えたら、ノイマンの町からこっちに逃げた中では俺が一番進んでいるだろうし、まだ情報がいってなくても不思議じゃないか。

そんなことを考えていると、今度は大きな馬車3台の隊列とすれ違った。


馬車の邪魔にならないように道の端を歩いていると、


「そこの君!」


と、馬車の中から声を掛けられた。

・・・・・・まずいか? 今の俺は、ダーバルド帝国からの侵入者だ。少なくとも、ジャームル王国にとっては攻めてきたダーバルド帝国の兵士と同じに見えるはず。


そう思い身構えていると、馬車からでっぷりしたおじさんがのそのそと降りてきた。こんなに太ってる人をこの世界に来てから初めて見た気がする。


馬車を停め、中から降りてこられれば無視して走り去るのも難しい。馬車の周囲には武装した男もいるので、逃げ出そうとすれば襲われるかもしれない・・・


「な、なんですか?」


おそるおそる声を掛けてみると、


「ああ、すまんなぁー、いきなり声を掛けて。少し聞きたいのだがいいかな?」


と、静かな声で言われた。

頷くと、


「ありがとうなぁー。それで、この道を南から来たということは、ノイマンの町から来たのかな?」

「えっと、はい。そうですけど・・・」

「失礼だが、服がボロボロになっておるなぁー。あの町で、何かあったのか? できれば、教えてほしいんだがなぁー。もちろん、礼はするゆえなぁー」


と言われた。

さて、どうしようか? この男の目的はおそらく、目的地か経由地であるノイマンの町の現状把握だろう。確かに、俺は元々ボロボロだったのに加えて、火の粉が舞っている中を走り抜け、あの化け物みたいな男に蹴り飛ばされた。その結果、着ていた制服は辛うじて身体を包んでいるレベルでボロボロだった。そういえば、先程からすれ違う人たちの視線を感じていたが、これが理由だったのか・・・


少し考えたが、俺にとって一番避けなければならないのは、ダーバルド帝国の関係者だとバレること。そして捕まることだ。この男が何者かは分からないが、ただの旅人なら問題はないかもしれない。けど、この馬車や護衛を見る限り、貴族とかでも驚かない。でっぷりしてるし・・・


「えっと、その前に・・・。あなたは一体・・・」

「ああ、そうだそうだ。これでも結構有名になったのでなぁー。名乗るのを忘れておったわぁー・・・。儂は、クシュル。商人じゃよ」


商人か・・・

裕福そうなのは、儲かっているから、か?


「そ、そうか。悪いな、情報に疎くてな。俺は・・・・・・、ヒロヤだ」


多分、名字を名乗るのはマズいだろう。とっさにそう考えて、名前だけ名乗っておいた。この男のクシュルって名前も、名字なのか名前なのか分からんが、こんな裕福そうな男ですら名字が無いのだったら、俺が名字を名乗るのは絶対にマズいだろうからな。


「おお、ヒロヤ殿だな。それで、質問に答えてはくれぬだろうかなぁー? 先ほども申したが、礼はするのでな」


・・・・・・ここは、素直に答えるのが正しいか。


「そう、だな。俺はマカラって町に急いでるんだが・・・」

「ほう、マカラか。だが、その様子では、かなり疲れておるのであろう? まだまだ距離はあるでなぁ、今日中にたどり着くのは厳しいと思うぞぉ? ・・・そうだな、ノイマンについて教えてくれたら、儂がマカラまで送ってやろう。馬車に乗せてやるゆえなぁー・・・」


馬車に乗せてくれるってか・・・。そりゃあ、魅力的だな。言われるまでもなく、既にかなりしんどい。脚の感覚は無くなってきてるし、腹も減った。それに、1人では野宿するのも簡単じゃないしな・・・


「分かった。そういうことなら。俺の知ってることを話そう」

「おお! それは助かるでなぁー・・・。では、馬車に乗ってくれ。中でゆっくり聞くでなぁ。だけど先に・・・」


そう言うと、クシュルはそれまでの見た目通りのほんわかおっとりした感じから、いきなり苛烈な鋭い感じに雰囲気を変えた。


「先に教えてください。ノイマンの町が攻められたのですか?」


その鋭い眼差しに気圧される。なんでか分からんが、もの凄いプレッシャーを感じる・・・


「あ、ああ。そうだ。ダーバルド帝国が攻めてきた。町を囲っている壁が壊され、中に兵士が侵入している。建物には火の手が上がり、住民が逃げ惑っている」


と、答えた。


俺の答えを聞くと、


「やはりそうですか・・・。全員! 馬車を反転させなさい! マカラに戻ります! ベードとウォルシュは、馬でノイマンの様子を確認してきてください。無理はしないように。安全距離を確保して、可能な限りの情報を集めてください。終わり次第、マカラの私の店に!」

「「はっ」」


そう叫んだ。

それを受けて、馬車から人がわらわらと降りてくる。そしておそらくベートとウォルシュと呼ばれた2人の武装した男が、馬に乗ってノイマンの道を目指して走り出した。

馬車から降りてきた人たちは、馬車に繋がれた馬を誘導しながら、馬車の向きを変えている。


「さて、ヒロヤ殿。詳しい話をお願いします。馬車へ乗ってください」


俺はクシュルの指示に従って、馬車へと乗り込んだ。



 ♢ ♢ ♢



俺は見たままの光景を話した。もちろん、俺がダーバルド帝国に召喚され、戦力として放たれたことは隠してある。一応、俺はあの町で誰も殺していない。兵士数名を殴り飛ばしはしたが、生きているのは確認している。しかし、ジャームル王国の人からすれば、そんなことは関係ないだろう。だから、旅をしていてたまたま滞在していたことにした。宿が燃え、着の身着のまま脱出した。その際に服は燃えた。今は、マカラにいる知り合いの冒険者に頼ろうと思い向かっていた。と


「・・・・・・そうですか。情報、感謝します。約束通り、ヒロヤ殿をマカラまでお送りします」

「ああ、助かるよ」


そういって俺は、馬車に揺られながらマカラを目指した。



 ♢ ♢ ♢

〜クシュル視点〜


さて、どうしますかねー・・・

ジャームル王国とダーバルド帝国の小競り合いの様子を調べ、今後の展開を予測すべくジャームル王国内を回り、国境沿いの町であるノイマンを目指していたのですが、まさか既に戦端が開かれていたとは・・・


明らかに異質な存在であった、ヒロヤ殿を見つけて話を聞けたのは僥倖でした。着ている服は見たことが無い服であるし、黒目に黒髪というのも珍しい。それに何よりもヒロヤ殿の魔力。かなり乱れていましたが、その身体に秘める魔力はかなり強大で、私でも感じることができました・・・


話が終わると直ぐに、ヒロヤ殿は眠ってしまった。まあ、ボロボロであったし、疲れていたのでしょう。おそらく彼は、ダーバルド帝国の関係者。兵士だったのか、もしくは戦闘奴隷? いずれにせよ、ノイマンの町を攻める際に使われ、運良く逃げ出せた。町から出た後もひたすら逃げていたのでしょう・・・


私は馬車を一度止め、後ろの馬車へと移りました。


「ファリオン、どう思いますか?」


その中で寛いでいた同僚のファリオンに声を掛けます。


「ふむ・・・。ノイマンが陥落、少なくとも大打撃を負ったのは本当だろう。彼の話に嘘は無い・・・、いや彼自身の話以外に嘘は無いだろうな」

「そうですね・・・」

「急ぎ本国へ連絡するべきだと思うが?」

「ええ、分かっています。ベードとウォルシュと合流したら、『フェイヤー』を飛ばして王都に向かわせますよ」

「ああ。このまま全面戦争になるのか、一旦落ち着くのかは分からんが、我が国も急ぎ準備する必要があるからな」

「はい。それで、ヒロヤ殿のことはどう思いますか?」

「髪の色や目の色は『魔族』っぽいが、特徴的な角なんかがない。隠しているのかもしれんが、そんな様子は見られない。それに魔力は『魔族』のそれと違う」

「・・・・・・あなたが言うのなら、そうなのでしょうね」

「体内の魔力が乱れているのは、無理な使い方をしたからだろう。まあ、そのうち落ち着くと思う。それよりも、彼が話した内容に気になることがある」

「気になることだらけですがね。まずは、異形の『人間』ですかね」

「ああ。聞いた話が本当なら、腕が4本ある『人間』や、胴体の数倍の太さと長さの脚を持つ『人間』がダーバルド帝国軍にいることになる。人体実験でもしやがったのか?」

「さぁ。それを考えるのは私たちの仕事では無いです。本国に知らせて任せましょう」

「そうだなぁー・・・。もしかしたら、あの人なら何か知っておるかもしれんな」

「ん?」

「ソメイン様だ。俺が王宮魔法師団にいた際の師団長よ」

「ああ、ソメイン殿ですか。あの方なら、そういった不思議な術に詳しくても驚かないですね・・・」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る