第213話:北へ
〜藤嶋浩也 視点〜
ノイマンの町を囲っている壁に近づくと、具体的な形が見えてきた。壁の下部は大きな岩が積み上げられているようで、日本にある城の石垣のようだ。上部には岩を積み上げたような形跡は無く、継ぎ目の無い綺麗な壁だ。
「弓隊―、放てぇー!!」
壁の上からそんな号令が聞こえたかと思うと、壁の上にいた20人くらいの兵士が一斉に弓を放った。放たれた弓は、さっきまで俺たちがいた場所近くに降り注いだ。
そうかと思えば、もの凄い勢いで火炎の渦や水流の渦が壁やその上にいた兵士を襲う。
先ほど掛け声を発していた兵士に水流が命中し壁から弾き飛ばされたのが見えた。反対側の壁の作りは分からんが、あの高さから落ちたら助からない気がする。他にも壁の前にいたところに火炎の渦が当たって死んだと思われる兵士の死体がいくつか転がっている。
そんな様子を見ながらどこから町に入ろうか見渡していると、繰り返し魔法が命中していた壁の上部の一部が崩れ始めた。
実験施設で試された俺の身体能力なら超えられそうな高さだ。
完全に理解しているわけではないが、俺は地球にいたときよりも身体能力が格段に向上していた。いや、魔法使いに手をかざされると一時的に向上する。その状態がどれくらい続くのかは、手をかざされた後にする行動による。
殴られたり蹴られたりするのを受けるだけなら、かなりの時間。指示に従い、人間離れした動きを続ければ短時間といった感じだ。
とはいえ、今の俺の最優先は魔法使いの視界から外れること。そのためには、無茶をしてでも壁を乗り越えて、町の中に入る必要がある。
壁の一部が崩れた場所を目指して俺は走り出す。
走るスピードが段違いに上がっているが、その速度に目が追いつかず、少し気分が悪くなってきた。動体視力は元々良かったが、この状態の時はさらに良く見える。それでも追いつかないほどに、走る速度が速いみたいだ。
それに辺り一面に死体が転がり焼けている。その臭いも漂っているので、とても居心地が悪い。
壁に近づくと一層脚に力を込めてから踏み込む。すると身体が簡単に中に舞い上がった。まだまだ自分の速度や脚力の把握が甘かったみたいで、自分の跳んでいくコースが想定よりも高く遠くなってしまったが、壁を越えるのが目的なので関係ないか。
壁を越えたところに着地した。跳んでいた高さは数メートルを超えていたので、普通なら着地しただけで骨が折れても不思議じゃない。だが不思議なもんで身体が強くなっているので、この程度の高さから降りても怪我1つしなかった。実験施設では10メートル近い高さから蹴り落とされたこともあったが、その時も無傷だったので、今回も大丈夫だろうと思っていた。予想よりも高く跳んだので少し焦ったがな。
「何者だ!」
着地した地点には兵士が数人いた。俺が着地するのとほぼ同時に俺を取り囲み剣や槍を突きつけてくる。
「動くな! 帝国の兵士め!?」
帝国の兵士と呼ばれるのは心外だが、そうしか見えないよな・・・
このままでは捕まってしまう。この兵士たちに恨みはないし、むしろ申し訳なくすらある。しかし俺の目的はこの町の北側に向かい、町から出ることだ。そのために必要なことはやる。その覚悟はとっくにできている。
「悪いな」
そう呟くと、俺は一番近くにいた兵士の鳩尾を殴りつけた。
皮をベースに所々金属が使われた鎧を身に纏った兵士は、腹部の金属製の箇所を陥没させて数メートル後ろに吹き飛んだ。分かってはいたが、とんでもない威力だな。
「「「なっ!」」」
兵士が殴り飛ばされたことに他の兵士が驚き、隙ができた。
それを見て俺は一目散に走り出した。
俺が走り出したのを見て、俺を囲んでいた兵士たちは我に返ったようだが、身体能力が向上している俺に追いつけるはずがない。
追ってくる兵士を簡単に引き離し、建物の影に隠れる。
あちこちから住民と思われる人たちの悲鳴が上がっている。壁に向けて撃たれたものが逸れたのか壁を越えたのか、壁近くの建物では火の手が上がっているものもある。
着の身着のまま家から逃げる人、泣き叫ぶ子ども、慌ただしく移動する兵士・・・
そんな光景を目の当たりにして、これが現実なのだと改めて自覚した。
ただ、申し訳ないが俺にはどうすることもできない。
この町に住む人は気の毒だと思うし、何ならダーバルド帝国相手に一緒に戦いたいくらいだ。けれど、優先順位を違えることはできない。俺はここから脱出し、2人を探さなければならないのだ。
心の中で謝罪しつつ、町の北側を目指して進む。
ボロボロの服装だったことが幸いして、逃げ惑う人々の間に紛れることができた。元々着ている服は制服で、ここに住む人たちとは違うのだが、ここまでボロボロになればそう違いは分からないみたいだ。
進んでいくと、今朝見た不気味な集団の1人・・・、だと思う人が暴れているのが見えた。4本ある腕を振り回し、家を壊し、人を掴み投げている。その奥では建物の上を飛びながら岩を投げ下ろしている奴もいる。1つ1つの岩は小さいが、上空からかなりの速度で投げ下ろされれば、地面を抉り、建物を壊し、人を物理的に潰す。
そんな光景を見て、思わず立ち止まってしまった。
すると、暴れていた不気味な集団の1人がこちらに気づいた。太い脚で周りのあらゆるものを蹴り飛ばしていたそいつは、こちらに向かって走り出した。
一歩一歩が地響きを発生させ、途中にいる人を踏み潰しながらこちらに向かってくる。
俺がそいつを認識し、構えたときには目と鼻の先に迫っていた。
「ぐらぁぁぁー!」
雄叫びを上げながら、回し蹴りを繰り出す・・・男? 見た目は人間の男だが、どう考えても身体のバランスが悪すぎる。足が胴の3倍ほど長く太いのだ。
そんな下らないことを考えていると、男の回し蹴りが俺の肩口に当たり、かなりの衝撃を受けた。
そのまま後ろに弾き飛ばされ、建物の壁に激突した。
「ってぇ・・・」
〔おマエ、しヌ。おれ、タオす〕
「・・・何なんだよ、お前は」
〔おレは、しゅゴシャ。くニを、まもル、ため、ニ、うまレタ〕
「守護者? ・・・どう見ても破壊者だろ・・・」
さて、どうする?
さっき俺に迫ってきた速度や蹴りの速さを考えると、倒すのは無理だ。そもそも、身体能力が向上した状態で数回攻撃する練習をさせられ、耐久性の実験をされただけで、戦闘訓練なんかしたことがない。前世でも、軽い喧嘩ならいざ知らず、戦闘経験なんてあるわけがない。
そう悩んでいると、板倉たちが攻撃していた壁の方から轟音が響き渡った。土煙が舞い上がるのと同時に、兵士の叫び声が聞こえてきた。
「崩れるぞ!」
「下がれ、下がれぇー!」
「前に出るなぁー!」
兵士たちが必死に叫びながら壁から離れているのが見える。そして壁が崩れ、近くにいた兵士が逃げ惑う様子に目の前にいた不気味な男が俺から視線を離した。
今しかない!
そう思いながら、崩れた壁とは反対方向に必死に走った。
少し走ると男が追いかけてこないと分かったので、数回建物の影を経由して安全を確認しつつ、町の北側を目指した。
後方に戦闘音と兵士の叫び声、町の人たちの悲鳴を聞きながら、北へ向かう。
そこでは町の人たちが、避難しようと門へと殺到していた。
「早く開けてよ!」
「出してくれ!」
「助けて!」
そんな叫び声を上げている人々。門を守る兵士は、どうしたらいいのか困っているみたいだ。門を開けて逃がしてやればいいと思うのだが・・・・・・、こっちから敵であるダーバルド帝国の兵士が入ってくることを警戒しているのか?
まあ、俺には関係ないな。
門からは少し離れ、壁の近くの建物のベランダをよじ登った。そのまま屋根へと渡り、助走をつけてジャンプした。
俺に気づいた兵士が何か叫んでいたが、そのまま壁を越え、町から脱出できた。
もうこの町に用は無い。俺はただ、北へ向かって走るだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます