第210話:思い人

〜藤嶋浩也 視点〜


俺は自分の「藤嶋浩也」という名前をぼちぼち忘れるかもしれん。生まれてから18年間付き合ってきたこの名前は、今は名乗ることを禁じられている。今の俺は6番だ。


この前、高3最後の夏の県大会の準決勝で敗れ、小3から始めた野球を引退した。中学になってからは毎日あった朝練に行くこともなくなり、妹の佳織とその親友で俺も小さいときから知っている結葉と一緒に登校することが多くなっていた。


夏休みも終わり、進路について考えるようになり始めていたその日、通学の途中で俺はこの世界へと召喚された。

佳織と結葉も一緒に召喚されたことは把握できたが、その後は兵士や魔法使いに囲まれ、また目の前で同じく召喚された人が痛めつけられ、抵抗することもできずに捕らわれた。


それから数日間、よく分からない言葉を声に出して読み上げろと命じられたり、ひたすら暴行されたりと、死んだ方がマシだと思える日々が続いた。だが、死ぬことはできない。召喚された日以来姿を見ていない、佳織と結葉を探さなければ、そして助けなければ。


それだけを強く強く思い続け、この地獄に耐えていた。それにそもそも、俺たちは自殺することができないらしい。俺たちには、魔法使いに刃向かえないように呪いが掛けられている。その真偽は知らんが、目の前で痛めつけられた男性を見てからは、呪いがあるものとして生きている。


そして昨日。必死に耐えていたが、何時間も人を変えてひたすら殴られ蹴られ続けていた。その際にポロッと、「死んでやる」と言ってしまった。

それに対して、いつも俺の監視をしている男が、「呪いによって自殺はできねーよ。より苦しみたいのなら、試すといい」と、下卑た笑いを見せながら言ってきた。



目的も分からず終わりが見えない苦痛の日々。逃げることはできず、自殺してもできない。そんなある日、いつもとは違うことが起きた。


いつもは俺たちに与えられている・・・、ちがうな、俺たちを収監している小部屋の扉に空いている窓から、朝食のパンが投げ込まれる。

しかし今日は、


「6番、出ろ」


と言われた。

6番、とは俺のことだ。召喚されてから数日が経ったある日、「以後お前を『6番』と呼称する。それ以外で呼ぶことはないし、別の名を名乗ることも禁じる」と言われた。大方、囚人扱いなんだろうな・・・


異世界から人を召喚する、というのは定番のお話で、俺も読んだことがある。大抵が、その世界の人々では対処できない問題に対応するため、とか。典型が魔王を倒すための勇者だ。

ただ、それはあくまでも物語。美人な王女様のサポートも優秀なパーティメンバーもいない。そもそも、俺たちの扱いは実験体というか、研究対象というか・・・。どうにも、俺たちの能力や耐久力を試している節がある。

謎の文章の音読は魔法の詠唱、ひたすらボコボコにされたのは耐久力のテストか? それに首筋に手をかざされ、気持ちの悪い感覚に襲われることもある。


そんなことを考えながら兵士について歩くこと少し、俺たちが召喚された部屋に連れて来られた。

あの日以来姿を見ることはなかった、バトーラ伯爵とかいうクソもいる。


ここにいるのは7人。佳織も結葉もいない。そして、ここにいる全員が俺と同じく番号で呼ばれていた。それも、1番から7番までだ・・・

残りの人はどうなった・・・? あの時は確か・・・、20人弱はいた気がする。だが今は・・・

俺が受けた暴行を、2人も受けていたとしたら・・・


今すぐ2人を探しに行きたいが、直ぐ取り押さえられるのがオチだな・・・

身体能力にはそれなりに自信があるが、本職の兵士に勝てるとは思えない。そもそも、こっちには武器などない。相手は鎧を着込み帯剣して槍を備えているというのに。


一旦落ち着こうと、集められた俺以外の6人を見てみる。男性が2人に女性が4人、か・・・

にしてもこの男・・・・・・







・・・・・・・・・・・・板倉荘介。俺の通ってる高校の2つ上の先輩だ。・・・いや、先輩だった男だ。


俺には中学時代、憧れていた先輩がいた。クラス内で割り当てられる委員会活動。中1の時、俺は図書委員を選んだ。特に理由があったわけじゃないが、それなりに本が好きだったのと、野球部の先輩から比較的仕事が少なくて楽だと聞いたからだ。


そして図書委員の活動で、水原先輩と出会った。委員会の活動は、中3から中1までが各1人ずつ、3人1組で行うのだが、俺たちの班の中2の男はサボりがちだった。そのため、同じ班の中3だった水原先輩と2人で仕事をすることが多かった。


最初は物静かそうな、クールな人といった印象だった。話せばそれなりにラフな感じだし、冗談を言ったり笑ったりもする。けど、その奥には、隠しきれない暗さが見えていた。最初は少し怖いとすら思った。

だが、俺はそんなミステリアスな水原先輩に惹かれた。いや、惹かれていたと気づいたのは、夏休みが終わって新学期になり委員会の活動が終わってからだった。定期的に水原先輩と会い、昼休みや放課後の時間を過ごしていた日々は、幸せなものだった。大切なものは失ってから気付くものというが、その通りだった。


そして、更に時間が経って、俺は水原先輩に恋をしていたのだと気がついた。けれど遅かった。中3だった水原先輩は卒業し、俺は中2になっていた。それからは、野球に打ち込んだ。野球をしているとモテるのか、同級生や後輩、先輩にも告白されることがあったが、そんな気持ちにはなれなかった。もしかしたら、どこかで水原先輩と比べていたのかもしれない。


そして中学を卒業し、高校に入学した。ありがたいことに他県から野球でスカウトを受けていた。しかし、俺は実家から離れるつもりはなかった。親父は俺がガキのころに病気で死んだ。母親は女手1つで俺と妹の佳織を育ててくれていたが、俺が中3の頃に同じく病気で亡くなった。

両親を亡くした俺たちは、児童養護施設に預けられる予定だった。しかし、母親の学生時代の友人が、後見人になって面倒を見てくれた。その人とは一緒に住んでいるわけではなく、定期的に様子を見に来てくれていた。そのため、俺は佳織と2人暮らしだった。そんな中で俺が県外へ行けば、佳織が1人になる。なので、実家から通える高校、というのが必須条件だった。


幸いなことに実家から通える公立の高校は、比較的野球部が強かった。なので、迷いも無く入学した。

そしてそこで、水原先輩と再会した。


再会といっても、姿を見ただけだ。ただ、うちの高校の制服を着ていたし、校内で見たこともある。

水原先輩を見つけて喜んでいた俺だったが、すぐに辛い事実を知った。水原先輩には彼氏がいた。水原先輩は間違いなく美人だし、クールな雰囲気は人気が出ると思う。だから驚きはしなかったが、ショックだった。せめて告白して振られたかった。


そう思い、水原先輩を諦めたのだが、少しして更に辛い出来事が起こった。水原先輩が行方不明になったのだ。

女子から聞いた話では、いきなり学校に来なくなったらしい。思っていたとおり、その見た目から校内でそれなりに人気があった。故に、後輩でも知っている人が多くいた。そして、水原先輩がしばらく学校に来なくなったことで話題になったわけだ。


水原先輩の家を知っているわけでも、連絡先を知っているわけでもない。だから、無事であってほしいと願いながら、いろいろ聞いていた。そんな時だった。

板倉荘介、という男が水原先輩の彼氏だったと知った。そしてこの男が、水原先輩を殺したのだと、校内でささやかれ始めていた。


さすがに妄想が過ぎるだろうと思っていた矢先、板倉は逮捕された。未成年だったので報道なんかはされていなかったが、同じ学校に通う生徒から完全に情報を遮断することはできない。どうやら、水原先輩が行方不明になったことを警察が捜査し、板倉に行き着いたらしい。しかし、水原先輩がどうなったのか、それこそ亡くなったのかどうかも分かっていなかったらしい。だが、そんな最中、板倉が仲良くしていたヤンキーが暴行事件を起こした。そこに板倉もいて、加勢していた。


結局、板倉は退学となり、その後どうなったのかは知らない。

けれど、「板倉が水原先輩に何かした」というのは、俺たちの学校では真実として扱われていた。

そしてあれから2年が経過し、何故か異世界に召喚され、板倉に出会うことになった。


まあ、板倉と面識はない。こっちが勝手に知ってるだけだ。面倒になるだろうし、特に接触する気は無いが、とても仲良くなれるとは思えないな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る