第162話:穏やかな日々は続かない

とても敵うとは思えないドラゴンが襲来し、どうにか領民を逃がすことを考えていた。そんな古代火炎竜族が訪れるという特大事件は、結局新たな仲間を迎える形で幕を閉じた。

新たに従魔になったホムラは、23歳ではあるが、ドラゴンにとってはまだまだ幼いらしく、領都内を楽しそうに飛び回っている。簡単に聞いた話では、住んでいたという火山島は、木などはほとんど生えておらず、一帯がゴツゴツした岩肌で、木々が生い茂る森は初めて見たらしい。それに領民たちもホムラを歓迎し、子どもたちと一緒に遊んでいるのをよく見かける。


そうしてホムラを迎え、再び日常生活に戻ってから1ヶ月弱、フォブスたちを迎えてから概ね2ヶ月が経とうとしていた。

私たちの生活はこれまで通り。訓練や狩りをするカイトたちに騎士たち。領民が増えたことでフル稼働状態の服飾工房。騎士団の武具を調整しながら魔鋼製ゴーレムの開発に勤しむドランド。


そして、日々仕事が増えて忙殺されているレーノにヤリス。レーノに言われて文官志望の子どもを鍛えてはいるが、まだ戦力たり得るとは言えず、2人の負担が日に日に増している。私もゴーレムをいじる時間を削って一緒にやっているが、追いつかないのが現状だ。2人の労働時間を見れば完全なブラックだし、どうにかしないといけない・・・

そう悩んでいたときカイトに、


「レーノの仕事、僕たちが手伝おうか?」

「・・・僕たちって、フォブスと?」

「うん。そのための勉強をしてきたんだし、少なくとも子どもたちよりは仕事ができると思うよ」


・・・・・・確かに。

カイトに勉強させたのは将来のためだったけど、現状これ以上ない戦力かもしれない。

けれどフォブスはどうだろう。一応領の中枢の仕事なわけで、他の領の人、しかも領主家の人に見せるものではないような気がするけど・・・・・・

魔法武具にゴーレムを見せた時点で今更か。


「オッケー。カイト、ありがとう。フォブスもね。2人ともお願い」

「「はい!」」



そうして、2人を加えてどうにか仕事を回せるようになった。

ちなみにレーノたちの仕事が増えていた主な理由は、魔法武具の売り出しに向けた準備、建国式典が行われ正式に「領」として成り立つことに伴い、他領との交流に向けた準備、領内の諸制度の準備などだ。



 ♢ ♢ ♢



カイトとフォブス、そして見かねて手伝いを申し出てくれたマーカスら騎士団の中である程度の事務処理能力がある者たち、レーベルたちのおかげで、どうにかレーノたちの仕事も落ち着きを見せ始めていた。

その他には大きなトラブルはなく・・・・・・、ホムラが魔獣を狩ろうとして『火炎魔法』の火炎放射のようなものを使って森林火災一歩手前になったことはあったか。とにかく、ある程度の平和が続いていた。


そんなある日、割り当てられた書類仕事を処理し終え、レーベルにお茶をお願いしていたときだった。

血相変えた騎士団第1中隊長のジョナスが私の部屋に飛び込んできた。


「コトハ様!」


そう叫びながらドアを開けてきたジョナスに、横にいたレーベルは不快そうな顔をしている。確かに領主の部屋に、ノックもせずに飛び込んでくるのは失礼かもしれないが、逆にあのお堅いジョナスがそんなことをするのだから・・・・・・



「レーベルいいの。ジョナス、どうしたの?」

「はっ。ご無礼をお許し下さい。領都の南東、直線距離で1キロ弱の場所で人間の死体を複数発見しました」

「・・・死体? 冒険者とか? でも南側って・・・」

「はい。冒険者が活動しているのはバイズ公爵領と我が領の境目付近。領都から見て北側です。南側に冒険者が入る可能性は低いかと」

「じゃあ・・・」

「数日前から、南側に設置してあるゴーレムと対のゴーレムの左の棒が度々上がっておりました」


設置してあるゴーレムとは、元は魔石を連動させたもので、既知の魔獣が通ったときは右側の棒を、それ以外の生物が通ったときは左の棒を上げるようになっている。つまり左側の棒が上がったときは、魔獣ではなく人の可能性もあるのだけど・・・


「南東側だと魔獣だと思うよね・・・」

「はい。北側は冒険者やバイズ公爵領の関係者の可能性、西側はダーバルド帝国の可能性があることから、左側の棒に反応があるごとに調査をしていましたが、東側、南側は魔獣だと判断しておりましたので・・・」

「そういう運用を決めたのは私だし、ジョナスが気に病むことはないよ。それで、発見した死体は?」

「はい。伝令に戻った騎士隊以外の発見した小隊がその場に残っており、現在、運搬用ゴーレムを派遣し、回収を行っております」

「了解。マーカスは?」

「現場の把握のため、運搬用ゴーレムに同行しております」

「分かった。回収した死体はあんまり領民の目に触れないように、騎士団本部近くに運んで」

「承知致しました」

「それから、これからは左の棒が上がったときはできるだけ調査をお願いね。もちろん、無理をする必要は無いし、そういうときは私たちを頼ってくれたらいいからね」

「はっ!」


そう言うとジョナスは、騎士たちに指示を出すべく走って行った。





それから騎士団が慌ただしく動き回り、発見された5体の死体を回収し、騎士団本部近くの倉庫の1つに運んだ。最初に発見されたのは3体だったが、その近くを調べた結果、もう2体発見されたのだ。といっても、発見された死体はどれもバラバラで、頭部や胴体の数から死体は5体であると判断された。


私とレーノ、レーベル、そしてマーカスら騎士団の幹部が集まった。


「それじゃあ、マーカス。状況を教えてくれる?」

「はい。発見したのは、領都より南東方向に直線距離で1キロほどの地点です。発見場所は開けた場所ではなく、木々が普通に生えている場所でした。少し離れた場所に、戦闘の痕跡と剣が2本落ちていましたので、そこで魔獣と戦い、敗れたのだと思われます」

「・・・・・・なるほど。何か身元を示すものは?」

「ありませんでした。冒険者であれば冒険者ギルドのカードを所持していると思うのですが見当たりませんでした」

「・・・落としたり、魔獣に食われたりした可能性は?」

「5人ともとなると、可能性は低いかと」

「だよね。じゃあ、この人たちは?」


分からない。冒険者なら、距離の疑問は残るが迷い込んで魔獣に殺されたとしても納得できる。けれど、それ以外となると・・・



「ダーバルド帝国の可能性は? 大きく回って調べてた、とか?」

「・・・・・・否定はできませんが、可能性は低いかと。そもそも我が領のことはほとんど知られていないでしょうから、それを避けてというのは不自然です。領を調べるにしても、西側から来るか、どうにか国に入り北側から来るでしょう。それに、ダーバルド帝国であればなおさら、冒険者のフリをすると思われますので、カードを持っていないことは不自然です」


私の考えは、マーカスに否定された。

確かに、私たちを警戒して迂回するほど知られているとは思えないし、素直に調べたけりゃ西か北、それに冒険者のフリをするのが一番自然だ。

うーん、分からん。



「コトハ様。カーラルド王国の貴族の可能性はございませんか?」


私が唸っていると、レーノがそんなことを言い出した。


「貴族?」

「はい。他の貴族に先んじてコトハ様と友誼を結びたいと考えた貴族が、使者を送った可能性です」

「・・・・・・何でそんなことをするのか分かんないけど、根拠はあるの?」

「はい。まず死体のうち、1体だけ他の4体と違い痩せています。他の4体は、鍛えていたことは分かりますし、格好も戦闘向きです。この1体は、動きやすい服ではありますが、比較的高級な素材の衣服ですし、少し地位が高いように思えます」

「・・・・・・使者と、4人の護衛ということか」


マーカスの呟きに、レーノは頷いて返す。


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